第11話 束の間の休息

 コンテナの搬出作業が終わったクルー達4人を連れて、クァンが用意した高級リムジンに乗り込むとアシュレー達は一路ホテルへと向かった。変わった形の高層ビルが立ち並ぶ近代的な街並みだったが、惑星ゴルドも元はデスパダール人の植民地であり、資源埋蔵量も低かったために今ほど栄えてはいなかったらしい。


 エイリアン大戦の終結後、人口700万人の経済都市に成長させたのも、一重にクァン・リー財団の力に依るものだった。政治・経済・武力の面で多大な影響を与え、この星の興隆に一役買ったのは想像に難くない。


 一党独裁の政治だった事もあり、レアメタル・アンオブタニウムの使い道は恐らく軍事利用と推察されたが、アシュレーはそのことに対してとやかく言うつもりはなかった。この商売は信用の元に成り立っている。そのルールを遵守するクァンのような相手なら尚更だ。


 あとは戦争が再び起きないよう祈るばかりである。と、窓の外を見ながら物思いに耽っていたアシュレーを見て、向かい合うボックスシートに座ったミアが声をかけてきた。


「艦長どうしたんすかー?怖い顔しちゃって」


 アシュレーは頬杖を解いてミアを見た。


「ああ、いやいや何でもない」


「ダメっすよそんな顔してちゃ!五つ星っすよ五つ星!ホテルちょー楽しみっす!!」


 ミアが拳を振り上げて喜んでいる様を見て、ソフィー・クロエ・カティーも同意する。


「ええ、どんなすごい所なのかしらね」


「多分プールとかあるんじゃない?」


「私はアンドロイドなのに、そんな高級なホテルに止まってもいいのかしら...」


「何言ってるんすかカティーっち!いいに決まってるじゃないっすか!!ソフィーっちとクロエ姉さんも何か言ってやって!」


「そうよカティー。この二泊三日、楽しまないと損よ?」


「銀河の端から端までを旅したんだ。ゆっくり疲れを取ろうじゃないかカティー」


「そ、そうですか?でしたら遠慮なく」


「うんうん!ディナーは何が出るっすかね〜、きっと豪勢な食事っすよ多分!はぁ〜よだれが出ちゃう」


 はしゃぐ乗員たちを見て、アシュレーはため息をつき苦笑した。


「お前らあまりハメは外しすぎるなよ?しっかり休むことも仕事のうちだ。それにクァンさんのご厚意で頂いた休暇なんだ、みっともない真似だけはしないようにな」


「分かってるっすよ〜艦長!男漁りもほどほどにしておきますって」


「フフ、どうだか。まあお前らの人生だ、その点は好きにしたらいいさ」


 そう言うとアシュレーは、広いリムジンの車内に設置されたクーラーボックスからボトルを一本取り出した。それを見てソフィーが顔をしかめる。


「ちょっと艦長、もう飲むんですか?!ミカちゃんもいるんだし、ホテルについてからでも...」


「バーカ、祝杯上げるんだよ...うひょー見ろお前ら!超高級シャンパンのルイ・ロデレール・クリスタル・ブリュットだぞ!さすがクァンさん、センスがいいねえ」


「そ、そんなに高級なんですか?」


「ああ。こんなレア物、そうそう飲めるもんじゃない」


「何すかそれ、美味しそう...」


「確か、地球でしか生産されていない希少なシャンパンでしたよね?」


「そうだ、よく知ってるなクロエ。どうだ、お前らも飲んでみるか?」


「コ、コホン。それじゃ少しだけいただきます。祝杯と言うことで」


「飲みたいっすー!艦長お墨付きのお酒は全部美味いっすから!」


「では私もご同伴しましょう」


「あの艦長、私も飲んでいいですか?」


「もちろんだ、遠慮するなカティー」


「パパー、あたしのはー?」


「ミカにはまだ少し早いからな。いろいろあるけど、ジンジャーエールでいいか?」


「うん!」


 アシュレーはグラスを皆に手渡すと、シャンパンボトルのコルクが飛ばないようタオルを被せて、グイッと力を込めた。


 (シュポン!)と小気味良い音を立てて栓が開くと、車内に芳しい葡萄の香りが染み渡った。ボトルの底を掴み、四人のワイングラスに並々と注いでいく。そしてミカの分のジンジャーエールもグラスに注ぎ、準備は整った。アシュレーは皆の前にグラスを掲げる。


「今回の大仕事、皆よくやってくれた。途中メイナードの邪魔も入ったが、それも切り抜けて無事にコンテナを届けられた事を嬉しく思う。まあ、その何だ、お前たちのおかげでアシュレー商会の株も一層上がることだろう。ありがとうな」


「お!珍しく艦長が褒めてくれたっすよ?」


「全くね。雨でも降るんじゃないかしら」


 ミアとソフィーが毒づいてきた事で、アシュレーは顔を赤面させた。


「ま、まあとにかくだ!今日という日を祝して、乾杯!」


『カンパーイ!』


 クルー達はそっとグラスに口をつけた。すると皆口元を押さえてアシュレーを見る。


「やだこれ、美味しい...」


「ぷはー!仕事の後の美味い酒は格別っすね!!」


「葡萄の渋みの後に来るほのかな甘みと奥深さ、これは美味い」


「口当たりのいいお酒ですね艦長。ついつい飲みすぎてしまいそうです」


「ハハ!お前らクァンさんに感謝しろよ?こんな美味い酒、滅多に飲めるもんじゃない」


 アシュレーもグラスを仰ぎ、ルイ・ロデレールの味を堪能した。隣に座ったミカが興味を示し、アシュレーの膝の上に乗っかってグラスに入ったシャンパンの香りを嗅いできた。


「ね〜パパー、これってそんなに美味しいの?」


「ミカにはまだ美味しいとは思えないよー。ミカが20歳になったら、パパと一緒に飲もうな」


「ん〜、分かった」


 ミカはアシュレーの背に持たれて、ワイングラスに注がれたジンジャーエールを飲み干した。すると前部の運転席から、アシュレーに声がかかる。


「アシュレー様、そろそろホテルに到着致します」


「ああ分かった、ありがとう」


 窓の外を覗くと、広大な面積を持つロータリーの敷地に入った。目の前には地上300メートルはあろうかと思われる銀色に輝く高層ホテルがそびえ立っていた。エントランスの前に車が止まると、運転手は素早く降車して回り込み、アシュレー達の座る後部座席のドアを開けた。


「どうぞ、アシュレー様」


 運転手に促され、アシュレー達6人は車を降りてエントランスに立った。まるで地球のラスベガスにあるMGMグランドホテルのように豪華な佇まいだ。白色の大理石で出来た神殿のような柱が、シンメトリーに立ち並んでいる。ソフィーに至っては開いた口が塞がらないといった様子で、その光景を見つめていた。


 アシュレーは別段驚きもせずにエントランスを進んだ。運転手がトランクに詰まったスーツケースを取り出しアシュレーとミカについてくるが、残りの四人はソフィーと同じくエントランスの迫力に気圧されていた。

その様子を見てアシュレーは皆に声をかけた。


「おい何突っ立ってる!さっさとチェックインするぞ」


「い、いやしかし艦長、これは...」


「ふわぁ〜、凄いっす!想像以上っす!」


「これほどまでとは...」


「ほ、ほんとに私が泊まってもよろしいのでしょうか?」


「いいに決まってるだろうが。ほら、みんな行くぞ!」


 そしてアシュレー達はエントランスを進み、ホテル内へと入っていった。


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