第9話 デスパダール人


 貨物トレーラーへの荷下ろし作業はソフィー達に任せて、アシュレーとミカは一足先にイーライ宇宙港の到着ターミナルへと足を運んだ。周囲のゲートは旅客機専用となっている為、広い通路とはいえ人の往来が激しい。


 ゲートを潜ると斜向かいにフードコートが見えたので、アシュレーは左で手をつなぐミカに声をかけた。


「ミカ、お腹空いてないか?」


「ソフトクリームが食べた〜い!」


「よしよし、パパはチーズバーガーが食べたいから、買いに行こうか」


「うん!」


 二人はゲートを抜けて歩き出したが、ふと右から視線を感じてアシュレーはその方向を見る。するとそこには灰色の肌を持ち、足元まである長い黒色のローブを身にまとった者がこちらをじっと見つめていた。


 そこに立っていたのはエイリアンだった。一番の特徴は細長い首で、首だけでも50センチはあろうかという長さだ。その上にある頭部は人間と比べて小さく、ギョロリと黒光りする大きな目が異様さを醸し出している。


 アシュレーが気づくと、音も立てずにそのエイリアンが歩み寄ってきた。一見すると無表情のようにも見えるが、口元には淡い微笑を湛えていた。


 エイリアンは握手の手を差し伸べると、アシュレーも笑顔でその細い手を優しく握る。


「イニクォイアム(こんにちは)、ウェーブライダー」


「これはクァンさん!わざわざお迎えに来ていただいて、ありがとうございます」


 外見だけ見ると性別が見分けづらいが、透き通るような高い声からクァンは女性だと判別できた。アシュレーの手を離すと、クァンは腰をかがめて隣にいるミカにも握手の手を差し伸べた。


「イニクォイアム、ミカお嬢様。お待ちしていましたよ」


「イニクォイアム、クァンお姉ちゃん!」


 その挨拶を聞いて、アシュレーは目を丸くした。


「ミカ、お前宇宙標準語が分かるのか?」


「うん、今ちょうど学校で習ってるんだ!」


「ハハ、そうかそうか。クァンさん、今荷下ろし作業中ですので、もうしばらくお待ちください。それと現地までの貨物警備に関してですが...」


「ご心配にはお呼びませんアシュレー様。私共の方で既に手配済みです。長旅でお疲れでしょう、この宇宙港で一番のレストランを予約してあります。そちらへ参りましょう」


「あー、せっかくなんですが、娘がソフトクリームを食べたいと言っているもので」


「フフ、何でもご用意させますよ。さ、行きましょう」


「そうですか。ではお言葉に甘えて」


 三人はフードコートの横にあるエレベーターで5階に上がり、ひときわ静かなフロアに降り立った。割烹料理店や寿司屋といった高級料亭が並んでいたが、クァンを先頭にしばらく歩くと、奥まったところに薄暗い店舗の入り口がポツンと開いていた。


 看板を見ると、店の名前は(フォルクローレ)と記載してあり、宇宙港でありながら”完全予約制”との文字が一際目立っていた。(何とも強気な商売だな)とアシュレーは心の中で呟いたが、入り口をくぐると黒いスーツを着た人間のウェイターが、頭を下げて通せんぼするように出迎えてきた。


「いらっしゃいませ。お客様、ご予約は頂いておりますでしょうか?」


「ええ、予約したクァン・リー・フォウです」


「これはお待ちしておりましたクァン様。こちらへどうぞ」


 ウェイターに案内され、三人は一番奥にあるVIPスペースの個室に案内された。店内にはまだ早い時間か、客は一人もいない。


 VIPルームにはベロア仕立てのソファーがL字型に置いてあり、天井と壁際に光る間接照明がゴージャスな雰囲気を演出していた。部屋の角には大きな窓ガラスがあり、展望フロアと言っても差し支えないほど宇宙港を一望できる。店内にはジャズが緩やかにかかっており、洒落た演出も欠かさない。


 そこへウェイターが静かに入室してきた。


 「お客様、お飲み物はいかが致しましょうか?


 「シャトー・ル・パンの2430年物を。あとこちらのお嬢様には、ソフトクリームのチョコバナナパフェとオレンジジュースを」


「畏まりました、只今お持ち致します」


 アシュレーはそれを聞いて慌てた。地球産のシャトー・ル・パンと言えば、超高級ヴィンテージワインである。しかも2430年物と言えば、コレクターが喉から手が出るほど欲しがる一品だ。しかしここで動揺してはアシュレー商会社長として失格だ。クァンには気づかれないように平静を装った。


 やがてウェイターがカートを手に入ってきた。アルミ製のバケツに氷を入れてキンキンに冷やしたワインボトルに、ミカのオレンジジュースと美味そうなチョコバナナパフェが乗せられていた。


 ウェイターはワインオープナーを手に取り、慣れた手付きで(ポン!)とコルクを開ける。そしてクァンとアシュレーの前にグラスを置き、ワインボトルの底を掴んでトクトクと注いでいった。その後にミカの前にオレンジジュースとチョコバナナパフェをそっと置き、頭を下げて一礼するとウェイターは退出した。クァンは細長い手でグラスを前に掲げ、アシュレーを嬉しそうに見つめた。


 「それでは、クァン・リー財団とアシュレー商会の繁栄に!」


「無事に惑星ゴルドへとたどり着けた事に感謝を!」


「う〜んと、う〜んと、クァンお姉ちゃんと久しぶりに会えた記念に!」


『乾杯!!』


 三人はグラスをぶつけ、一口含む。長旅による疲れからか、染み渡るような美味さだった。そしてミカは目の前にある山盛りのチョコバナナパフェに早速手を付けた。


「ん〜!パパ、美味しいよこれ!!」


「ほんとに?パパにも食べさせて」


「いいよ〜、はい、あーん」


 ミカはスプーンにソフトクリームとバナナ、コーンフレークをたっぷり乗せて、アシュレーの口に運んだ。


「うん、こりゃ美味い!」


「でしょ〜」


 その様子を見て、クァンは長い首を左右に揺らしながら微笑んだ。


「相変わらず親子仲がいいですね、ウェーブライダー」


「そりゃまあ、自慢の愛娘ですからね。...それとクァンさん、お得意様にこんな事言うもんじゃありませんが、その呼び方はやめてくれと前にも言ったじゃありませんか」


「フフ、ご謙遜されなくてもいいのですよ。あなたとメイナードの戦いは、私も偵察衛星で全て見ておりましたので。あなたでなければ、この惑星でも厄介者であるあのメイナード艦隊を撃破するのは不可能だった。私はその点を高く評価しております」


「何、ほんの手慰みでさぁ」


 アシュレーはワインをグッと飲み干した。クァンがそれを見て、アシュレーのグラスにそっとワインを注ぎ込む。


「10年前の大戦で、我々エイリアン陣営を震え上がらせたエースパイロット・ウェーブライダー。そのあなたが、今こうして我々エイリアンと手と手を握り商売を行っている。私には、何か運命のようなものを感じて仕方がないのです」 


「...クァンさん、俺は何も好き好んであなた達エイリアンと戦っていたわけじゃありません。あの当時は仕方がなかった。俺も願わくば、仲良くやっていきたいと思う気持ちが常にあった。そこは理解してほしい」


「...分かってますよ。あなたの心には淀みがない。だから私もあなたに安心して仕事を任せられる。誤解しないでくださいね」


「へへ、そういやデスパダール人は、相手の脳波から心が読めるんでしたね」


「そうです。あなたの心にはウソがない。信頼していますよ、アシュレー様」


「光栄ですよ、クァンさん。それで、約束の報酬なんですが...」


「ええ、先程奥様のイオ副社長から連絡がありました。しめて5000万クレジット。それに宇宙海賊を退治したボーナスも含めて、300万クレジットを上乗せして送金しておきました。後ほどご確認ください」


「そいつはありがたい!感謝しますクァンさん」


「当然のことです。このさんかく座銀河では、アンオブタニウムは貴重ですからね。あなたに任せて正解でした」


「そう言ってくれると救われますよ」


 アシュレーはワイングラスを再度仰いだ。


「ところで、今夜お泊りのホテルは決まっておいでですか?」


「いや、話が急だったもので、これから探す所です」


「五つ星のホテルを予約しています。今晩の宿は是非そちらでお取りください。もちろんお代はこちらでお持ちします」


「それはありがたい、では遠慮なくお世話になります」


 そしてオードブル・メインディッシュ・デザートを楽しんだ三人は、店を出てウートガルザ号のクルーに連絡を入れた。


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