温泉狂時代
しゃけ
第1話
第三次世界大戦後。新箱根湯本の商店街。
まだ秋だと言うのに雪がチラつく。ムカツクほど寒い。にも関わらず。
今日もヤケクソみてえな狂った活気で溢れ散らかしている。
「健! オイコラ待て! テメーコノ野郎勝負しろや! クソジャリ!」
商店街っつってもマトモな店はほとんど潰れっちまった。
その代わり。たくさんのヤカラたちが勝手に路上に陣取り、露店を構えている。
ガラクタみたいな雑貨を売るジジイ、カピカピに乾いた菓子を売るババア、なんだかよくわからない物体を売る顔にキズがあるお兄さん。
「ジジイチャン。また小遣いくれんのかい」
そして。この時代独特なのはこんな風に博打勝負をしかけてくるジジイだろうな。
ジジイはボロボロの机に置かれた茶碗の中にサイコロを三つ投げ入れた。
出た目は『一』『一』『五』。なかなか強い目だ。
満面の笑みで俺にサイコロを渡してくる。
「ケッ! たかが『五』で、そんなに喜んじゃって。可愛いお祖父ちゃんだねェ」
サイコロを茶碗の中に投げ捨てた。――出た目は『二』『二』『六』。
ジジイが苦虫を噛み潰したような顔で俺に五千円を差し出した。
「わりいな。オイボレ。テメエが死んだらこの金で墓建ててやるよ」
五千円をイヤミったらしくヒョイっと受け取り踵を返す。
――そんないつもの光景。
――いつもと違ったのは。それをじーっと見つめていた奴が一人いたこと。
「赤い頭のおニイさん!」
よく通る高い声。振り返り、声のヌシを見た。
――眩しい。
というのが奴の第一印象だった。
長い銀色の髪の毛。サラサラとしてまるで本物の銀を延ばしたかのよう。
夕焼けを反射してやたらとピカピカ輝いていた。
「ねえ。わたしとヤらない? 五百円」
クソ寒い中、ピンクのパーカーに赤いチェックスカートという格好。小さな体でゴザにぺたんと座り込んでいた。真っ白な肌。赤みがかかった大きな瞳に長いまつ毛。外国人の女の子だ。
珍しいので、ちょっと冷やかしてみることにした。少女が座るゴザの前でしゃがむ。
「いくらなんでも安売りしすぎじゃねえか?」
「安売り?」
「二〇〇〇円ぐらいはとってもいいと思うぞ。それとな。売るんだったら、もうちょっと色気のある格好をした方がいい」
女は一瞬キョトンとした顔をして、その後イミを理解したのか顔を赤くした。
「違うよ! 変なこと言わないで! 勝負だよ勝負! バクチ! ギャンブル! おニイさん、さっきやってたじゃない!」
なるほど。女がソッチとは珍しいことで。それなら付き合わないこともない。
「種目は」
少女はパーカーのポケットから変なコインを取り出した。ツートンカラーで、数字が書いてある面は赤色、絵柄が書いてある面は銀色だ。
「なんだこれ……? 安っぽいな。ゲーセンのコインか?」
少女はムッとした顔をした。
「私の国の硬貨!」
言葉遣いは子供みたいだが、イントネーションは自然で、全然ガイジンとしゃべっている感じはしない。日本語自体は非常にうまいと言ってよい。
「これを投げて裏表を当てる」
要するにコイントスか? つまらないなァ。
「賭け金は?」
「五百円」
「ああそういうことか。しょぼい博打だなあ」
「だってゼンザイサンが五百円なんだもん! 日本に来た途端、変な怖い人に殆どとられたの! なんか入国料とか言って!」
『箱根大黒』の連中か。ちっ、こんなガキ相手に。胸糞が悪い。
「……わかったよやってやる」
そう言うと少女は無邪気にニコっと笑った。そして俺にコインを差し出す。
「じゃあ投げて!」
「えっ! 俺が投げるのか?」
「うんうん」
アヤシイ……。こういった博打じゃあ『ルーレット』や『丁半』なんかを例に出すまでもなく、『店』側が投げて客が当てるのが普通だ。その逆なんて聞いたこともない。
これはなにかシカケがあるに違いない。
「いやおまえが投げろ」
少女は目をまん丸くする。明らかに動揺してる。ほれ、思った通りだ。
「えっダメ……おニイさんが投げて……」
「それじゃあやらない。じゃあな」
たかが五百円ったってわざわざくれてやることもない。
立ち上がって少女に背を向けたのだが。
「待って待って!」
奴は素早く立ち上がり、俺の左手を両手でガッと掴んだ。
「じゃあさ、お互いに投げて、お互いに当てるってのはどう? 野球みたいにウラオモテ、先攻後攻やるの! それなら平等でしょ!」
「両方当てたり両方外した場合は」
「えーっと……その場合は延長戦かな」
しつこいヤツだ。まあいい。その条件なら俺が負けることはない。
「しょうがねえなあ」
少女からコインを受け取り、右手の親指で空高く弾いた。そしてバチーンと右手で左手の甲に叩きつけた。我ながら物凄いハヤワザである。
「表!」
少女が叫んだ。
「……どっちが表でどっちが裏だ」
「ごめんなさい、赤が表で銀色が裏でお願いしマス……!」
左手をどかす。上になっているのは赤い面。正解だ。少女は小さくガッツポーズ。
……偶然だろうか? 見えたはずはないと思うのだが。
「今度は私が投げるね。コイン貸して」
少女はたどたどしい手つきでコインをトスした。右手の甲にコインがふせられる。
「どっち⁉」
「裏」
こんなもの間違えるわけがない。両者正解なので延長戦。俺は永久に間違えないが、こいつはそのうち間違えるだろう。五百円は俺のモノだ。
――そう、思っていた。
既に夕陽は沈み、夜。周りもドンドン店仕舞いを始めている。
ピーン! コインを弾いた。
「裏!」
ピーン! 少女がコインを弾いた。
「表!」
もう何十回繰り返しただろう。俺が間違えないのは当然として、このガキも一向に間違える様子がない。一体どうなってやがる。
「もう……やめねえか?」
「ダメ!」
「なんでそんなにムキになる」
「これ増やさないとごはん食べられない!」
涙目である。そしてすごい力で俺の手首を掴む。
「わかったわかった! 気に入ったよオマエ! なんか良くわからんけど、俺をココまで苦しめるとは大した腕だ!」
アタマに手を置く。
「だからこんなつまらん博打はやめろ。いいか教えてやる。ここをずーっと真っすぐ行くとな。湯本ホテルっていうでっかい建物がある。そこの地下で。今夜アツイ賭場が開かれる」
「ホント⁉」
少女は目を輝かせる。
「嬉しそうだな」
「だって、カセぐために日本に来たんだもん!」
「……そうかよ」
「あっ……でも。五百円じゃあ張れないんじゃ」
ちっ、そうか。あそこの『張り』の最低単位は五千円だ。
「仕方ねえな。貸してやる。勝ったら二十倍にして返せよ」
「うん! ありがとうございマス!」
卒業証書でも受け取るように、うやうやしく両手で一万円札を受けっとた。
「じゃあな」
「えっおニイさんは行かないの」
「用事があるんだ。それが終わったら行く」
「そっか。……ごめんね。用事あるのに引き止めて」
少女を置いて駅に向かって歩く。
(しまった。一万も貸すぐらいだったら、五〇〇円払ったほうが良かった)
――これが奴との出会い。
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