「私、見えるんです」

「小林さーん。こっち手伝ってー。」


「あ、はーい。」


そう言うなり、

女性は突然みかんとマグカップ姿の

私たちを拾い上げると持っていた

手提げカバンの中に放り込んだ。


ゴロゴロとペンや消しゴムと

一緒に転がる私たち。


「ごめんね、話は後。

 もう少しで休憩時間になるから、

 そこでお話しさせてね。」


そう言って、パタパタと彼女は走り出す。


視界を共有する魔法を使うと、

どうやら彼女はこのイベントの事務所へと行き、

オーディションの受付をするとのことだった。


「『新規ユルキャラオーディション。

 個性的な土地の優れたキャラを選出。

 対象には賞品として唐辛子1年分と

 深夜アニメの出演オファーあり』…」


私が読み上げた壁ポスターに対し、

先ほどの女性の声が「ひゃわわ」と入る。


「ちょっと待ってください。

 この感じさっきの子の中の一人ですよね。

 今忙しいんで、そういう悪さしないでください。

 なぜかカバンの中まで見えるし、困るんですよ。」


カバンの中を開きつつ、

女性は視界を共有しながらそう言った。


私はそれに少なからず驚く。


このひと、見えるだけじゃない。

魔法を使った時に感じるし聞くこともできる。


それに、視界共有の魔法も逆に探知し、

同じように返すこともできる。


私たちの世界では、こんなことできるのは

高度な魔術を使えるものだけだ。


それも、私のように先代からの魔術を受け継がない限り、

ここまで正確に共有はできないはず。


彼女は強力な魔法の才能を秘めている。

でも、なんで…?


焦る私はとっさに彼女に対して魔法を切ったが、

カバンは結局本部の壁際に置かれてしまったらしく、

固定されている以上、私たちは動くことができない。


「…困りましたね、

 お父様も自身を狙う相手がいると言っていましたし、

 それに何より智子さんとともに逃避行されては、

 私が…消えてしまいます。」


そう言って、座り込む姫様。

私はそんな姫様に声をかける事しかできなかった。


「…申し訳ありません。

 姫様をこのような事態に巻き込んでしまい、

 でも、姫様が消えてしまって欲しいとも

 私は思っていません。」


しかし、それに顔を上げたのは姫様だった。


「違うのです。ここで私が消えてしまったら、

 ドラゴンを守るものがいなくなってしまいます。

 玉は私が生まれる頃に父が台の上に収めたと聞きましたが、

 ここで父がいなくなれば、玉はどこに行くのでしょう。

 私は怖いのです。変わってしまう未来に。

 崩れてしまうユグドラシルの未来に…。」


そうして、泣きそうになる姫様。


「私は、ユグドラシルを守れなかった。

 父を呼び止められなかった。

 ドラゴンを管理するものとして…姫として失格です。」


そう言って、顔を下げる姫様。


「ちと、そう考えるのは

 早計ではありませんか?」


その時、不意に上から

光が差し込むのが感じられた。


そこから覗くのは、

やや白髪交じりの老人の顔であり、

見覚えのある顔に私は思わず声をかけた。


「あ、クソ爺。」


それは、まごう事なき私の祖父であるクソ爺で間違いなく、

私が声をかけたことでクソ爺は顔を歪めてみせた。


「なんじゃ、未来の孫に儂はそう呼ばれるのか?」


そう言いながらもクソ爺は私たちを取り上げ、

カバンの底からすくい出す。


これが、最初で最期の

クソ爺を心から尊敬した瞬間だった。



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