「風呂場での初謁見」
私が姫様と出会ったのは2回目。
つまり1回目はいつ行われたのか。
…それは忘れもしない秋のこと。
私は王室付魔法使いとして正式な任を受けるために
多重世界の一つへと飛んでいた。
多重世界は常に折り重なっているために、
些細な変化がお互いの世界に及ぼしあい、
いずれ大きなうねりとなることが多い。
ゆえに王族はそれを監視し、時折それに干渉し、
両世界を滅ぼしかねない危機を取り除くのがその仕事である。
だからこそ、王室の人々は常に世界を飛び回る必要があり、
このような謁見の儀もその公務の時間の合間を縫って
行われることが多く、事情を知っている我々魔法使いや
王室直属の騎士団は多忙な王族方に畏敬の念を持って接し、
世界の平穏を守るために働くのである。
…そして、世界に降り立ち
最初に見た光景。
そこは、シャンプーやリンスボトルの並ぶ、
一般的な家庭の風呂場であった。
みれば、私はスポンジの上に乗る石鹸となっていて、
下のスポンジには自身と同じく新たに任を受ける
騎士団の青年が緊張の面持ちで立っていた。
いや、立っていると言っても、
それは概念的な視覚。
スポンジは横倒しであり、
長い間放置されたためか、
上には石鹸カスまで付いている。
だが、私だって上からシャワーの水が
ポタポタ落ちているせいで溶け出して
ど真ん中に巨大な穴を空けている石鹸だ。
しかし、お互いの姿を笑いあうことは御法度。
たとえ上の棚に並べられたシャンプーやリンスボトルが
王様や王女様の姿であったとしても決して笑ってはいけないのだ。
「揃ったようだな。では、王室付魔法使い及び、
王室直属の近衛騎士団長の任命式を行う。」
みれば、椅子の上に乗った半ばカビたタライ姿の大臣が
ポタポタと水の滴る中で恭しく紙を広げる。
そして任命式が始まる中、
突如風呂場の扉が開いた。
そこから出てきたのは
タオルで前を隠した素っ裸のおっさん。
無論、彼は儀式の関係者でも、
関連したイベントの催し物でもなんでもない。
この世界で起こる事象の一部。
景色の一部みたいなものである。
無論、向こうはこちらの世界は認識できないし、
見ることさえできない。
なので儀式は粛々と進められる。
たとえ目の前のおっさんが王様の姿である
シャンプーボトルを使いガシガシと頭を洗おうとも。
湯船に浸かり、大量のお湯を盛大に巻き散らかし、
大臣のタライや我々スポンジや石鹸を
風呂場の端まで流したとしても。
ましてや風呂から上がった後に
次期国王となる王子の姿であるタオルで
ピシャンピシャリと体を雑に拭こうとも。
我々は畏敬の念を持って
この場で儀を受けねばならない。
そして、私はリンスボトルとして堂々と立ち振る舞う
王女の姿に感動し王族と彼らを巡る世界のことを思い、
真剣な面持ちで儀に臨んだ。
「ああ〜い〜い湯だったぁ、はふぅ。」
そして、風呂場から気持ちよさそうに
出て行くおっさんの声を最後に、
我々は王族へのさらなる畏敬の念を持って
つつがなく儀を終えたのだった。
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