獄卒就任記念日: 終幕
姑獲鳥が捕縛された後、僕は再び病院にお世話になって、入院中に勲章を授与された。
勲章は制服に付けていいとの事で、早速つける。
意匠が彫られた銀色の小さな釦に、青いリボンがついた勲章だ。
今度からはこれで仕事に行こうと思う。
それから賽の河原の刑場は平穏を取り戻し、罪人達の反発は残るものの、特に大きな事件もなく刑罰が行われている。
僕は直ぐに退院して職場に復帰した。
ここに来てようやく本番と言う感じがする。
兎も角無事に仕事が出来るのなら万々歳だ。
お世話になった佐倉井さんにもお礼を言った。
そうしたら、あまり無理をするものではないと念を押される。
職場に復帰した後、しばらくは賽の河原に配達物を届けていたけれど、その内別の刑場にも行く様になった。
賽の河原まで行く時は友達と三人で行動出来たけど、今では個人行動が多い。
残念がっていたら、国木田さん曰く、局長に実力を認められた証明なのだと言う。
「獄卒として個人行動すると言う事は、自分で自分の身を守れると言う事でもあるからね」
今回の件で十分な功績を残した為、もう少し団体行動させる心算だったが、早く巣立たせたのだと。
確かに銃の扱いには慣れたし、万が一怪我をしても冷静な判断が出来るくらいには大怪我をした。
もう少し甘えていたかった気持ちもあるけど、この際捨て去らねばならない。
そんな訳で僕は今日も大量の手紙を抱えて刑場に足を向ける。
出発する前に銃の点検と整備を行い、それと忘れ物を確認。
フラウさんが毎朝持たせてくれるお弁当、水筒、筆記具と手帳に、ハンカチ、腕時計。
鞄の中身こそ遠足前の小学生みたいなものだけど、そこへ腰のホルスターに銃を吊り下げると背筋が伸びる。
だけど僕達は金棒を持てない獄卒。説得による罪人の鎮静化を図るのが正しい戦い方で、この銃はあくまで、遺族からの手紙を護る為のものだ。
それでも向かって来る罪人は居るから、嫌でも撃たなければ自分もやられる。
僕は説得が得手ではなくて、どうしても口論になって最終的に僕が怪我を負い、それで罪人が我に帰る形に収まる場合が多い。
今度、説得術の指南書でも買おうかと頭を悩ませている。
しかしお給金が入っていない今、お金を使う訳にもいかない。
なので相変わらず佐倉井さんにお世話になっているし、佐倉井さんはこれからも世話を焼く気でいる。
ありがたいのだけれど、僕としては少しだけ心苦しい。
本を読んでいると、紅茶を持ってこようか、お茶請けもいるかな、寒くはないか、座蒲団は固くないか、その他諸々絶えず訊いてくる。
僕はその全てに、大丈夫です、と短く答えているが、本当にそれだけでいいのか本気で悩んだ。
奇妙なことに、佐倉井さんは返事をしてくれるだけでも嬉しいらしく、僕が返事をすると嬉しそうに戻っていく。
今日は休日を利用して本を読みに来ていた。
読んでいた長編が気になって、初めて本を借りる。
どこにでもありそうな日常を描いた物語だけど、何故か妙に惹かれて気が付いたら頁を捲る手が止まらなくなっていた。
返却期限を二週間と定めて、僕の貸出札を作ってもらう。
番頭台に、他の札が幾つも保管してあった。
僕の札も今日からあそこの仲間入りするのだと、ぼんやり考える。
社員寮に帰るとフラウさんの夕食が待っていた。
今日は冷え込むからと、生姜のきいた根野菜のスウプにホットサンド。それからおかずがいくつかと、後菓子には南瓜の甘露煮。
完食したら体も暖まったので、冷めない内にシャワーを浴びた。
さっさと髪を乾かし、夕と言葉、僕の三人で部屋に蒲団を敷き、蒲団にくるまる。
時計に目をやるとまだ八時だ。
早速借りてきた本を開く。
「何それ、面白そう」
読書に集中していると、不意に視界の外からかけられた声ではっと我にかえった。
振り向くと、横から夕が本を覗き込んでいる。
それにつられたのか、言葉も覗きに来た。
「いい貸本屋があるんだよ。今度一緒に、このシリーズ借りに行こう」
二人を宥めると、素直に頷いて引く。
でも気になると言うので、口頭で粗筋を伝えると尚更興味が湧いた様子で、次の週末にでも行こうと言い出した。
返却期限は二週間後だが、別に構わないだろう。
借りたのは一冊だけだから、一週間もあれば読みきれる。それに早く続きが読みたい。
朝早いので九時になれば消灯する様にしているけれど、本の続きが気になって寝つきが悪い。
電気を消した後も目が冴えて仕方がない。
取り留めのない考え事でもして睡魔を待つ事にした。
考えるのは姑獲鳥の事。
あれが、僕と生前親子関係にあったとは思えないし出来るだけ思いたくない。
唐突に知らされた調査結果。
困惑しないでくれと、前置きされて伝えられた事実。
その後カウンセリングに長時間拘束されて、結局入院期間は三日間に伸びてしまった。
カウンセリングではしきりに、罪人になるより前の記憶はないのか、どうにか思い出せないかと詰め寄られ。
どうあがいても、記憶にないものは記憶にないし、思い出せないも思い出せない。
虐待死について思う事はないが、次人間に生まれ変わるならばそれを汲んでくれるだろうかと、ぼんやりとした不安がよぎる。
虐待死、とだけ伝えられたけど、それは溺死だろうか、凍死だろうか。
それとも車中放置で脱水症か、熱湯をかけられて火傷か、それとも落下死であるか。
事故死、自殺、他殺、その他諸々。
幾通りもの可能性を思い浮かべていたら、吐き気が喉の奥から込み上げる。
どうあっても、何の因果で僕と姑獲鳥は巡り合わせたのか。
神が報復を許可したとでも言うのか。
背中に悪寒が走る。
嫌な汗が頬を伝った。
蒲団からのそのそと起き上がり、顔を洗って再び蒲団に潜る。
頭まで蒲団を被って、誰かから隠れる様に。
それか襲われない様に。
神無月から霜月に渡ろうとしている澄んだ月を、小窓から眺めた。
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