第27話

 閃光がまばたき巨人の張り手のような衝撃が馬上に居た革命軍の総指揮官、クシャール将軍の体を吹き飛ばした。

 ——死んだか?

 濃淡すらない漆黒の闇。心音すら聞こえない無音。波に揺れる船の甲板に寝転がっている様なゆらゆらとした感覚がクシャール将軍に自身の死を思わせた。

 ——炸裂砲弾の直撃……ではないな。全方位から攻められている近衛に大砲を使う余裕があるとは思えない。ではあの目が焼けるような閃光は何だ?

 光の射さない深い水底で寝ているような感覚の中でクシャール将軍は考える。何が起これば戦場で一番後ろに居た自分が死ぬようなことが起きるのか。そしてクシャール将軍は喝采の笑い声を上げた。

 ——これだから戦は面白いのだ。

 「——ぐん。——ょうぐん。クシャール将軍!」

 クシャール将軍は、自身を呼ぶ声に気づいた途端、抜け出ていた魂が体に戻ったように全ての五感が鮮明に甦るのを感じた。

 「クシャール将軍!」

 「状況を報告せよ」

 目を開けて最初に映った安堵した顔の側近にクシャール将軍は冷徹な声で命じた。

 「っ、ハッ!報告致します。我が軍は敵軍の弾薬庫で起きたと思われる爆発による被害により、各部隊との連絡が途絶。現在、当司令部はイドラ参謀の指揮で下司令部要員の被害について把握を行っております」

 「敵の奇襲に備えてはいるか?」

 「いいえ。今は人員の把握と救助を最優先に行っております」

 「では今すぐ奇襲に備えさせろ。これがもし敵の意図した爆発なら次に起きるのはここを狙った奇襲だ」

 そう言ったクシャール将軍は、地面に響く馬蹄の音を聞いてしてやられたと言った顔で笑った。

 「何だ?味方か……?」

 「何処の部隊だ?」

 「……?!敵だ!敵だ!」

 ——正気とは思えない。思い切った事をする。しかし、良い手だ。

 「撤退だ。撤退の信号弾を上げろ」

 「撤退?!今撤退したら収拾がつかなくなります」

 「すでに収拾がついておらんだろ。いいから撤退の合図を送れ。その方が部隊の再編がしやすい」

 側近は部下に持たせていた撤退の信号弾が入った金属製の筒を地面に設置させると筒の底部側面から伸びる導火線に火を点けた。

 「イドラに伝えろ。部隊を再編したら貴族街に侵攻してそこを拠点に王城に圧力を掛けろと」

 その時その場に自分が居ないかの様な命令に、側近は嫌な予感を抱いた。

 「腰をやったらしい。脚に力が入らん」

 「背負います」

 「駄目だ。それじゃ逃げ遅れる。私の事はいいからお前達は集結地まで撤退しろ」

 「将軍を置いて逃げるなど出来ません」

 「いいから行け。お前達が居たら敵に見つかりやすくなるだろ。私はここで一眠りしているから朝になったら迎えに来い」

 「そんな……」

 「私の命令が聞けんのか?」

 「……人が集まり次第すぐにお迎えに参ります」

 「私はもう徹夜で動けるほど若くは無いんだぞ。少しは私を労われ」

 側近は何も言わず自身の上着を脱いでクシャール将軍の頭の下に敷いた。

 「聞いているのか?朝になってから来るんだぞ?」

 側近は無言で敬礼すると、視線で部下に行くぞと合図を送り闇の中へ駆け出した。

 「せっかちな奴だ」


  ♦♦♦♦


 平民街と呼ばれる七番街は、富裕層が住む五番街と六番街に接しているという事もあって、一般的な平民よりも裕福な名士や顔役と呼ばれる人達が多く暮らしていて、平民でも手が届く質のいい商品を扱う商店の多くが店を開いている。

 「まずい事になりました」

 革命軍を名乗る暴徒たちの襲撃をまぬがれた、七番街にある縦に細長い三階建ての憲兵所で、王都の各所で起きている騒動の鎮圧作戦について話し合っていたカルセルの下に、中隊最先任上級曹長のポンペルドがやって来て誰にも聞こえないように耳打ちした。

 カルセルは、ポンペルドの表情から厄介な状況が起きた事を察知すると、隣の席の憲兵士官に断りを入れて人気の無い部屋の隅へ移動した。

 「王宮から王都に居る動員可能な全ての騎兵に召集命令が出されました」

 それの何処が慌てるほどまずい事なのか?とカルセルは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

 「発令者はフリューデル将軍です」

 カルセルは忌々し気に舌打ちした。

 「あのクソ野郎の招集命令です。きっと何か碌でもない事をやるに違いありません」

 カルセルの脳裏に浮かんだのは、フリューデル将軍の命令で行った、とある村を占拠した革命軍を名乗る反乱集団との戦闘。

 「大丈夫ですか?」

 反乱者共は軍服のような反乱者と村人の判別が付きやすいような気の利いた服なんて着ていないし、判別できるような目印だって付けていない。

 ——だったら、全員殺せばいいではないか。

 ——正気ですか?あの村に立てこもっている反乱者共は、村人の四分の一にも満たない数しかいないんですよ?

 ——だからどうした?全員反乱者という事にすれば何の問題も無いだろう?

 「大丈夫ですか、隊長」

 「大丈夫だ」

 ——全員殺せ。出来ないのなら、お前も、お前の部下も銃殺だ。

 「正式な命令はまだ届いていないな?」

 「はい。ですが、じきに届くでしょう」

 「ならお前達は命令が届く前にこの場を離れろ」

 「隊長はどうするおつもりですか?」

 返答次第ではあなたの言う事には従いませんよという顔でポンペルド曹長に睨まれたカルセルは、その顔に不敵な笑みで応えた。

 「俺がお前達を思いやるような心優しい人間に見えるか?」

 そう言ってカルセルはポンペルド曹長に小さく耳打ちした。

 「奴を殺すぞ」

 ポンペルド曹長は目を見開きニヤリと歯を剝いた。

 「何をするつもりかは知らんが、絶好の機会だ。目端の利く奴を何人か選んで残しておけ」

 「了解。命令に従って行動を開始します」

 

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