第25話
スペンサーの王城の客間の窓から見えるのは、闇夜を照らす街を燃やす火の明かりとそこから幾筋も立ち昇る黒煙。
風に乗ってひらひらと舞う白い灰。
耳に聞こえるのは、悲鳴の様な甲高い声と
——まるでこの世の終わりのような光景だ。
「
カリーナ王女の侍女に鉄扇で頭を殴られて意識不明になったベーデン外務次官の容態を診察したハリス曹長は、その診察を後ろで見ていたクレイン王国外遊団の護衛隊長ホッチス大尉に報告した。
「助かるのか?」
「分かりません」
ホッチス隊長に問われたハリス曹長は、少しの間も開ける事無く答えた。
「頭の皮を剥いで頭蓋骨を切り開けば怪我の具合が分かりますし、治療も出来るかもしれませんが——その治療が原因で亡くなる事もありますし、それが原因で重度の後遺症が残る可能性もあります」
ハリス曹長の説明に、ホッチス隊長の眉間に寄っていた皺がより深くなった。
「意識を無理やり起こす方法は無いんですか?」
ベーデン外務次官の補佐を務めているドゥイッチ外務補佐官がハリス曹長に尋ねた。
「確実な方法はありません」
ハリス曹長の言葉に、ドゥイッチ補佐官は途方に暮れたように天を仰ぎ深いため息を吐いた。
「何でこんな時に……」
革命軍を名乗る反乱者達の武装蜂起で燃えている王都の光景を窓越しに見たドゥイッチ補佐官は、もう一度深いため息を吐いた。
「ホッチス隊長、あなたならこの状況でどのような手段を講じますか?本来なら次席である私がベーデン外務次官に変わってこの状況に対応しなければならないのですが……私には何一つとして打つ手が思いつかないのです」
「ドゥイッチ補佐官、あなたが外務次官の補佐官に任命されたのは、あなたにその職務を全う出来るだけの能力があると認められたからです」
「だとしたら私の能力を見誤って任命したのでしょう。
完全に自信を喪失してしまっているドゥイッチ補佐官から視線を外したホッチス隊長は、思案をする様に視線を上げ、それから何故か僕の方へ視線を向けた。
「ウィル。お前ならこの状況でどうする?」
——……え?
「僕……ですか?」
「何でも構わん。言ってみろ」
——ええぇ……
唐突なホッチス隊長の無茶振りに、僕は「あー」とか「んー」とか言いながら目をきょろきょろと泳がした。
「これが今のドゥイッチ補佐官です」
——……ん?
「どういう意味でしょう?」
——そうだ、そうだ。どういう意味だ。答えによっては鉄拳制裁も辞さないぞ。
「分かりませんか?何故この一兵卒がこうも見っともない態度を取っているのか」
——あんたが急に無茶振りをしたからだろう!
「それはホッチス隊長が彼に無茶な質問をしたからでしょう?」
——そうだそうだ。あんたが無茶な質問をするからだ!
「だから何です?私もあなたも、そこの一兵卒も、その思いもしない無茶に対処するためにずっと研鑽を積んできたのではないですか?それなのに……どうしていいか分からない?くそくらえ!貴様のその首の上に乗っている頭は飾りか?違うならそのだらしなく垂れ下がった目尻を今すぐおっ勃たてろ!分かったか、この腰抜け野郎!」
——ほんと、何でホッチス隊長はこんなに気が短いのだろう。ホッチス隊長らしいと言えばらしいけど。
♦♦♦♦
歴史を
それは国の命運を尽きさせないためであったり、いずれ舞い戻って国を再興するためであったり、単純に死にたくないという我が身可愛さからであったり、理由は様々だが王が国を捨てて逃亡することは昔からあった事だ。
だから、国を統治する王としての責務や権力を何一つ持たないソニア王女が自国を捨てて逃げ出したところで、口さがない連中以外は誰も彼女を非難したりはしなかっただろう。
むしろ多くの人間が彼女の行動に賛同しただろう。
しかしそれは亡命に成功したらの話だ。
「どうでした?見つかりましたか?」
カリーナは自身に仕える侍女の一人が自室に入って来るなり問いかけた。
「はい。ソニア殿下が仰られた通り、地下牢の壁から隠し通路が見つかりました。現在、オックス卿がその通路に入って調査を行っております」
「……本当でしたか」
部屋に入って来た侍女の報告を聞いてカリーナの顔が曇る。
「あの男の話が真実だとしても、ソニア様がその話を真に受けたという証拠にはなりませんわ。そうですよね、カリーナ殿下」
カリーナの侍女リーザの発言に、カリーナは苦い顔を浮かべた。
「たとえ冗談でも、許されない事があるわ……」
それはあの子も分かっていたはず。なのに、どうして……?
どうしてあなたがあんな恥知らずな男の話に乗ったの?
あなたはそんな男の話に乗るような頭の悪い人間でも無ければ、自分だけは助かりたいと思うような薄情な人間でもないでしょ?
♦♦♦♦
帰路を急ぐ馬車の列とそこに乗っている主人の指示を受けて王城の外へ駆けていく従者たち。
廊下を行き交う使用人達の
窓から聞こえる老若男女の喚き声と銃声。
「私には理解できない」
「だから誰もカリーナお姉様に悪企みを持ち掛けないのよ」
第一王女カリーナは、嫌な臭いを嗅いだ時のような顔で第二王女ソニアを睨んだ。
「あなたは自分が何を言っているか分かっているの?あなたはこの国を統治している王家の一員なのよ。それが悪企みを持ちかけられて——」
「何でそんな自慢げな顔をしていられるのって?ねえ、カリーナお姉様。カリーナお姉様は御存知?どうしてこの部屋が塵一つない綺麗な状態を保てているのか」
子供でも知っている至極当たり前の問いに、カリーナは怪訝な表情を浮かべて言った。
「使用人達が毎日
そうですねとソニアは頷いた。
「ではその使用人達が拾い集めたゴミや拭き取った汚れは何処から来たのでしょう?どうして毎日使用人達が隈なく丁寧に掃除をしているのというのに、何故この部屋からゴミや汚れが無くならないのでしょう?」
「それは……」分かる訳がない。
大きなゴミや目に付く汚れなら見当はつくだろうが、目を凝らしてようやく分かるようなゴミや言われなければ分からないような汚れがどうしてこの部屋にあるかなんて、毎日この部屋を掃除をしている使用人達にだって見当がつかないだろう。
「鏡に手が触れた瞬間、そこは汚れて
「ねえ、ソニア。今はそんな訳の分からない話をしている場合じゃないのよ。私はあなたを助けたいの。だから——」
「だから都合の良い嘘を吐け?」
ソニアの皮肉気な口調に、カリーナは思いがけない意表を突かれたように顔をした。
「違う。私は本当のことを言って欲しいの」
「私は馬鹿な男の見え透いた嘘にまんまと引っかかった頭の悪い女だって言えばいいの?」
「何でそんな私を怒らせるような事を言うの?」
「カリーナお姉様は私に何て言って欲しいの?」
「え?」
「カリーナお姉様は私が何て言えば納得するの?」
「何って……本当のことよ」
「そう。なら本当のことを言うわ」
ソニアは嬉しそうに微笑んだ。
「この国はもう終わりよ。だから私は弟たちを連れてこの国から逃げることにしたの。でも頼る相手を間違えたわ。いくら使い勝手が良さそうでもやっぱり馬鹿は駄目ね」
カリーナが予想していた言葉と全く違う言葉がソニアの口から出たことにカリーナは口を開けて呆然となった。
「カリーナお姉様には私が頭のおかしい女に見えるでしょうけど、私からすれば、カリーナお姉様は、さも
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