2 脱ひきこもり!

「それでどこまで行くんですか??」




 少女は既に俺が恐ろしくないのか、使役の魔法でアンデッドを進路から遠ざけながら進む俺の後を懸命に追いかけていた。




 「あ、あそこだよ。あの塔の一番上。あそこが俺の住んでるところなんだ」




 「へぇー、そうなんですね! あんなところに住んでるなんて、やっぱりあなたもアンデッドなんですか??」




 「そうだって言ったらどうする??」




 「あはははは。それでも私はもう気にしません! だって命の恩人ですから」




 まぁ、確かに命は助けたけどさ……。


 誘っておいてなんだけど、それでいいのか??




 俺はそう考えながらも隣まで歩いて来た少女の姿を観察した。




 よく見ると、長髪の金髪に緑の瞳。その整った容姿と耳の形。


 そうかこの子は、もしかすると……。




 「お前、もしかしてエルフなのか??」




 「……はい」




 少女は俺の言葉に一瞬表情を強張らせると、下を向きながら答えた。




 「そのエルフがなんで奴隷なんかになったんだ? 言いたくなかったら言わなくてもいいけど」




 「い、いえ。そんなことはありません! ……私のいた村が一年前に魔獣の襲撃を受けたんです」




 へぇ、魔獣か。確か本の中に魔獣について書いてあったのがあったな。


 上位モンスターの中でも強力な魔力を持つ生き物だったっけ。




 「その魔獣の攻撃により村は全滅。私も家族と離れ離れになりました。そこに孤児を狙った奴隷商が現れて、あっという間に奴隷の腕輪を着けられたんです」




 話し終えた少女は左腕に装着されている鉄で出来た腕輪を俺に見せる。




 「これが奴隷の腕輪という奴なのか?? 普通の腕輪にしか見えないけど」




 「はい。これを着けられた者は、主人となった者の命令に歯向かうと腕輪に込められた魔法によって命を奪われます。だからご主人様には絶対に歯向かえないんです」




 さっきも自分が死にそうだってのに逃げなかったのはそういう訳か。


 こんな小さな子を奴隷にするとは……、許すまじ奴隷商!!


 まぁ、今はこの子を安心させてやるのが先だな。




 塔の頂上まで到着すると、木製の扉を開き少女を中へ招き入れようとしたが少女は扉の陰に隠れ恐る恐る中の様子を確認していく。




 普通はそういう反応だよね。


 だが、遺跡の中とは思えないその洗練された部屋の光景に少女は一瞬で表情を和らげた。




 「す、すごい!!! なんですかこの部屋は!!!」




 ふふふっ。そうだろう!!


 あのベッドも、あのソファーも、あのキッチンも!!


 全て暇な時間を持て余したこの俺が試行錯誤を繰り返しながら、創造<クリエイション>で一から作り上げたんだからな!!




  少女の反応に満足した俺は、暖炉の中に魔法で火をおこしその上に水の入ったポットを置きお湯を沸かした。




 「アンデッドさんはすごいんですね!! 他のアンデッドにも命令していたし、まるで普通の人間みたいな外見だし」




 「そ、そうかな……。まぁ、そう言ってもらえると嬉しいよ。 っと、さぁ出来た! ミストール遺跡特製のハーブティーだ! 体が温まると思うよ」




 「あ、ありがとうございます! それじゃあ早速、 ……美味しい。美味しいですこれ!!」




 俺からカップに注がれたハーブティ―を受け取った少女は、そのあまりの美味しさにあっという間にハーブティーを飲み干していった。


 いい飲みっぷりだな。


 あそこに薬草の本もあって良かったな。初めて役に立ったけど。


 それにしてもこの子の体……。今までどんな扱いを受けてきたらこんな傷だらけになるんだ。




 俺はハーブティーを飲み満足した顔をしている少女の体にそっと手を振れるが、手が冷たかったのか少女は驚いたように飛び跳ねこちらに振り返った。




 「なななな、何ですか?!」




 「あ、ご、ごめん。あまりに傷だらけな体だったからつい」




 うわぁ、やっぱり体に触るのはだめだった?


 そうだよな、日本だと確実に犯罪だもん!




 「そういうことでしたか。 アンデッドさんは気になさらないで下さい。これでも他の奴隷達に比べれば少ない方ですから」




 ……はぁ。アンデッドになってもこういう顔されると、助けたくなるんだな。


 作り笑顔を浮かべながら答えた少女の体に両手をゆっくりと添えると、初めて使う魔法の呪文を口にした。




 「回復ヒール




 その呪文ともに少女の体が緑の光に包まれていくと、体中の傷跡が綺麗に消えていく。


 少女もそのことに気が付くと、俺の顔を見つめるも驚きのあまり口が開いたままだった。




 「よし、これでいい。それと、その腕輪もなんとかしたほうがいいな。 滅却ディストラクション




 パキンッ!!! 俺は続けて、驚きで体が動かない少女の腕に装着されている奴隷の腕輪に軽く触れ滅却ディストラクションを使用し、一瞬で腕輪を消滅させた。




 こんなものがあると、この子はこれからも奴隷として生きていかないといけないからな。


 数百年ぶりに俺の話し相手になってくれたお礼だ。




 「う、うそ……。奴隷の腕輪が、腕輪が……」




 あれ??? もしかして余計な事しちゃった俺???


 しかしその心配は的外れも良いところであり、少女は喜びで瞳を涙でいっぱいにさせながら俺の体に抱き着くと、大きな声で泣いていく。




 おぉぉぉぉ、良い匂い……、じゃなくて!!


 やっぱりかなり無理していたんだろうな。




 「わぁぁぁぁぁぁ!!!」




 その後も少女はしばらく泣き続け、俺もその状態のまま彼女が落ち着くのを待つのだった。




























 翌朝。


 結局あの後、緊張の糸が切れたのか倒れるように眠りに落ちた少女のために、俺は遺跡の周りを探索し彼女が食べれそうな野草や果物を収穫すると、塔の最上階へと戻ってきた。


 しかし戻った頃には少女も眠りから覚めており、恥ずかしそうに頬を赤らめながら下を向いていた。




 「なんだ、もう起きていたのか。 あ、これ食べ物を取ってきたから食べるといいよ」




 「ありがとうございます、アンデッド……様」




 ……ん??? 今アンデッド様って言った??


 いや俺の聞き違いか??


 だけど久しぶりに人と喋ると楽しいもんだな! 人間だった頃は喋るって言っても親くらいだったしな。


 しかも嫌味を延々と言い続けられるという地獄だった。


 この世界に来てからは初めてだし、名残惜しいがそろそろ彼女を帰してあげないと。




 「それで、……あ、そう言えば名前を聞いてなかったな」




 「そう言えばそうですね。私はエイラ・オスティルです」




 「そうか。ならエイラ。そろそろ君を帰してあげたいんだけど、どうかな?」




 俺はなるべく笑顔で話しかけたつもりだったが、その言葉を聞いたエイラの表情はこれまで以上に暗くなっていった。


 俺は慌ててその理由を聞こうとしたが、その前にエイラが口を開いていた。




 「私、ここにいたらだめですか?」




 「へ?? いや、流石にそれは無理だよ。エイラがいると他のアンデッド達もエイラの匂いに引き付けられるだろうし、危険が大きい。君は生きているんだ。その意味は分かるだろう?」




 そう、アンデッドは生者の匂いに反応し襲い掛かってくる。


 いくら俺がいるとはいえ、いつも一緒にいるわけではない。


 それにここは俺の楽園! 流石に一緒には住めないんだ。




 続いてエイラに考えを直すように口を開こうとしたが、その前にエイラからは思いがけない言葉が飛び出した。




 「なら、一緒に来てください!! アンデッド様が一緒なら私もここから出ていきます!!!」




 「い、いやいや。そんなの無理だよ、ここは俺が100年以上かけて作ったオアシスなんだ。 例えエイラの頼みだろうとここを離れることは出来ないし、壊されたくない」




 「そ、そんな……、あっ!!!」




 しかしエイラは慌ててその願いを断る俺の言葉で何かを思いついたのか、さっきとは打って変わって満面の笑みを浮かべ徐々に俺に近づいていく。


 おいおいおいおい、なんだその顔は……!!


 そんな悪い顔する子は知りませんよ。




 「そうですか~。つまり静かにここで暮らしたいんですよね??」




 「エ、エイラさん?? 何その顔……、怖い」




 「だったら私が冒険者組合ギルドにアンデッド様のことを報告したら一体どうなるでしょうね~??」




 ……はっ!! まさかこの子!!!




 「アンデッドを使役する、しかも知性まであるとなると冒険者どころか、勇者様までここに来るかも知れませんね」




 な、な、なんてことを言いやがるんだこの野郎。


 そんな事したら俺の、俺のオアシスが!




 「そうなると、ここも無事では済まないかもしれませんねぇ~。下手をすればアンデッド様だって……、きゃあ」




 俺は最後の手段として自分に歩いてくるエイラをベッドの上に押し倒すと、右目を覆うマスクをはぎ取り、むき出しとなっているその右目でエイラの顔を覗き込んだ。




 「そんなことはさせない。俺はアンデッドだ。その気になればお前を喰らうことも出来るんだぞ??」




 しかしエイラは堪えきれなくなったのか手で口を押え笑い声を上げた。




 「アハハハハ。 そんな事アンデッド様に出来るんですか?? 一日だけしか一緒にいませんでしたけど、あなたがそんな事を出来るとは思えないです」




 「…………」




 はぁ。俺の心の中なんて、全てお見通しって訳か。


 くそっ。やっぱりこんな奴助けるんじゃなかったかな。


 エイラの言葉を聞くと、俺は小さく笑みを浮かべながらエイラの元から離れ後ろを向くとゆっくりと答えた。




 「分かったよ。 ただし、エイラを無事に両親の元に送り届けたら俺はここに戻るからな!」




 「はい、ありがとうございます、アンデッド様!!!」




 はぁ……。これで俺の引きこもり生活もしばらく終了だな。




 こうして俺はエイラの作戦に見事に嵌り、彼女を両親の元に送り届けるため300年過ごしてきたこのミストール遺跡を離れることになった。

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~REBORN UNDEAD!!~ 世界最強の死者(アンデッド)、元奴隷少女と世界を救う? @peroronpe

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