最高の思い出

盛田雄介

最高の思い出

 ここは、地球の最北端にある標高9000mの巨大な白山。約3万年前までは活火山として活動していたが、現在は年中、風速15m/sの猛吹雪に見舞われている。


 荒れ狂う雪達に太陽の光が当たると、吹雪は無数のダイヤモンドが散りばめられたように光輝きだし、山を中心に巨大な渦を巻く。その姿からこの山は「ダイヤモンド・ハリケーン・マウンテン」と呼ばれている。

 周囲の村ではこの光景を一目見ようと年中、多くの観光客が押し寄せてくる。しかし、今現在、劣悪な環境から誰も登頂を目指した者はいなかった。

 そんな中、ある目標の為に人類初の登山に挑戦している夏休み中の20歳の女子大生が2人いる。

 標高8900m地点で秀美は崖にしがみつき、和子は2人の身体を繋いでいる1本の綱を頼りに空中に浮いている。

「和子。私、もう無理だよ。あなただけで山頂を目指して」

「秀美。何言ってるの。ゴールはもう少しだよ。頑張って」猛吹雪の中、和子は宙吊りになっている秀美にエールを送った。

「もう、こんな状況だし、私のことは良いから1人でも登頂して」秀美はそういうとポケットから1本のナイフを取り出した。

「ナイフなんてしまってよ。私達の約束忘れたの? 2人でこの山に登って、みんなを見返すんだって約束したじゃない」和子は秀美の身体に伝わるくらいに綱を揺らす。

「この2人を結ぶ綱はどんな困難があっても一緒に達成するって誓い合った証じゃない。私達2人で登りきらないと意味がないの」

「確かにそうだけど、この状況じゃ2人とも落ちて死んじゃうよ」

「大丈夫。絶対に死なせないから。安心して」このままでは、残された時間がない事は明白。和子は周囲を見渡し案を練るが、なぜか出てくるのは2人の思い出ばかり。

 幼馴染の2人が出会ったのは5歳の頃だった。近所の公園で知り合い、そこから小学校、中学校、高校、大学までずっと一緒に生きてきた。和子にとって秀美は唯一無二の親友。見捨てることは絶対にできない。そんな思いが募り、ついに和子に1つの賭けが生まれた。

「思いついたわ。この方法なら2人とも助かる。私達が出会った『緑公園』覚えている?」

「あの、2人が初めて遊んだブランコがある公園でしょ。それがどうしたの?」

「そうよ。あの思い出のブランコよ。よく聞いてね。今から私を支えている杭を軸に秀美をブランコの要領で徐々に大きく揺らすよ」和子は左手で大きくジェスチャーを加えながら伝わるように必死に説明を続ける。

「そして、振り子運動に合わせて、左から右に流れている吹雪の風の力を受けて私の右側の崖に身体を飛ばして、両手でしっかりとしがみついて」和子は説明を終えると笑顔でガッツポーズを見せた。

「待ってよ。そんな杭1本に頼るつもりなの。それだと2人とも落ちちゃう可能性の方が高いわ」

「この方法しかないの。秀美、やるのよ。私達はいつも一緒よ。例え、これで死んでも私は自分の生き方に悔いなど残らないわ」

「わかったわ。私も覚悟を決めたわ。生きて2人で登頂してみんなを見返す。和子の賭けに乗るわ」秀美はナイフをポケットに戻し、綱を両手で握って身体を揺らし始める。

和子は僅かな力を振り絞り右手で杭を必死に抑え成功を祈った。

 振り子運動を何往復も繰り返し、徐々に振り幅は広がってく。そして、10往復目を迎えた時にそのタイミングが来た。秀美の身体は開始時よりも大きく揺れ、後は最後の勢いに任せるだけになった。

「その調子よ! そのまま、この猛吹雪に身を任せて風の力を利用するのよ。このチャンスを逃すと後はないわ」

 秀美は揺れ動く中で、ブランコで遊んだ事を思い出していた。ブランコ遊びでは、いつも和子が率先して背中を押してくれていた。

昔も今も変わらない。和子はいつも私の背中を押してくれる。だから、私は必ず成功させる。

「和子がいると勇気が湧いてくる。いつも感謝しているよ」秀美はそう小さく呟き、吹雪に揺らした身体を預け勢いよく隣崖に向かって押し上げられた。今まで敵でしかなかった吹雪も今では成功させる為の絶対的な味方だ。

 秀美の身体は吹雪の波に上手く乗り、想定以上の速さで和子の右隣の崖と同じ高さの崖に顔面から激突した。

 秀美は痛みに顔を歪ませたが怯むことなく、両手両足でしっかりと崖にしがみついた。そのまま数秒身体を固定し、完全に安定したことを確認し和子の方を振り向く。

「やったわ。和子、成功よ」

「良かった…。秀美あとは頼んだわよ」そう言い残し、和子は自ら綱をナイフで切断して崖底へ身を投げた。

「和子―――」秀美が杭が刺さっていた所に目を向けると杭は真っ二つに折れていた。

やはり、2人を支えた状態での振り子運動には耐えれなかったようだ。

「2人で登頂するって誓ったじゃない。ずるいよ」両手両足でしがみついている秀美に考えている時間などありはしない。和子の事を想いながら、自らの身体を安定させる為の杭を更に打ちこんだ。

「わかったわ。和子の分も私、必ず登頂して見せる」決意改め、秀美は残り100mの崖を登り始めた。途中、何度も吹雪に身体を吹き飛ばされそうになったが、和子との約束を思い出し自らを奮い立たせた。

 残り50mを過ぎる頃には、吹雪の勢いは徐々に弱まっていき、ついに秀美の手は山頂に届いた。

「着いた。やったよ。和子」山頂は今までの道のりとは異なり吹雪は止み、あるのは陽の光だけ。秀美はゴーグルを外し、しばらく景色を目に焼き付け2人の最終目標のために鞄からスマホを取り出して、白銀の山頂をバックに自撮りを数枚撮った。

「この写真が一番映えてるから、これにしよっ」秀美はSNSに自撮りした登頂写真をUPして10分後には1000万個の「good」が全世界から届いた。

こうして、若い2人の目標であった「世界一のSNS映え」は達成された。


しばらく、SNSを眺めていると秀美は1000万個の中から和子の「good」を発見し、急いで山頂を後にした。

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最高の思い出 盛田雄介 @moritayu

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