危険な危険視

エリー.ファー

危険な危険視

 精霊さんがいました。

 あるところに。

 凡そどこにもである、あるところにいました。

 山の中でしたから、その精霊のことを知る者は少なかったと言います。

 精霊さんはその山を守り、そしてそのふもとにいる人々の生活を守りました。

 人々は妖精さんに感謝し、供物をささげるのが習わしになりました。

 それが精霊と人間の間柄というものでした。

「子供を食べたい。子供を寄越せ。」

「そう言われましても、もう、子供はおりませぬ。」

「さっさと子供を寄越せ、と言っている。貴様ら人間どもの命をこの自然の中で生き永らえさせているのは誰だと思っている。何様だ貴様ら。」

「しかし、しかし、ですが。」

「ならぬものはならぬ。子供の命を寄越せ。子供のあの柔らかい肉を寄越せ。」

「ですから、何度も何度も、もう我が村には子供がいないと言っているではありませんか。」

「では、他の村の子供を寄越せ。」

「しかし。」

「寄越せ。肉を寄越せ。そうでなかったら貴様の村をそのなな土の中に埋めてやるぞ。」

「それはなりません。」

「ならば、子供を攫ってこい。子供の肉を切り取ってここにもってこい。」

「私たちに、殺人者になれとそう言うのですか。」

「この村を作り上げるために、この村に水を引くために、お前らの住む家に明かりがついているのは誰のおかげだ。貴様らの周りにあった村を全て水の中に沈めた、土の中に埋めた、雷を堕とした、我がいるためだろう。貴様らが望むように、貴様らの手を汚させずに、多くの命を葬ったからだろう。そんなことも分からないお前らなのか。」

「そうではありませんが。」

「自分の手は汚さずに、多くの人間の命を食い物にして、その上に悠々と暮らしている。この山に住む我に願いを言いながら、その実、自分たちの生き方が守られればそれでいいとぬかす。」

「しかし。」

「払い続けよ。永遠に払い続けよ。貴様らが望み、貴様らが欲したすべてである。永遠に、死ぬまで、死んでも、死に続けてでも、払い続けよ。命を、肉を、金を、作物を、時間を、尊厳を、権利を、哲学を、喜びを、酒を、夢を、人生を、払い続けよ。」

「こんなはずじゃなかった。」

 そう言葉にしたかどうかは分かりません。

 直に、起きるはずであった問題に対してしっかりとした答えを用意できていなかったことが大きな問題だったのです。

 厄介なことに、それに気が付くのが遅すぎました。

 大きな力にすがる前に、すがってきたくなるような力のある人間になるべきだったのです。

 近隣の村から、そして遠くの村から攫われてきた子供たちの数、約五十人。

 その内、生きたまま連れていかれた子供たちの数、十二人。

 人間の手によって捌かれて精霊の元に献上された数、約二十人。

 精霊になってしまった数、約二十人。

 そのうち、村同士の争いの中で生き残れたのは、その村を早めに出た人間と精霊になった者たちだけ。

 浮かび上がるその姿を遠くから見上げると、まるで山自体が白く発光しているように見えるもので、多くの人が拝んだといいます。

 それから百三十年と時間は経ち、その山は信仰の対象となりました。

 今や、押土江山と名付けられ。

 日本の百名山の一つとなっています。

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