第4話 鳥葬という名のグルメ

 一方、ビル上空で哨戒していた小鳥遊一は卵志帆班長の戦闘開始の合図を無線で聞いた直後に彼女の悲鳴で無線は途切れるのを耳にする。


「どうした!? シホ! 中で何があった!? 返事しろ!!」


 状況がまるで呑み込めない小鳥遊一。だが、もう一度顔を上げてビル全体を見た彼はすぐさまその悲鳴の意味を知ることとなる。


「な……なんだ! 急にこの数のカラスたちは!?」


 それは悪夢のようだった。その高層マンションのベランダや窓という窓全てからカラスが一斉に飛び出してきたのである。


「オイ……、嘘だろ……!? まさかこのビル丸ごとが鳥どもの巣だったなんて!!」


 どうやら人食い鳥たちは本来の自然の住処なんて忘れて、侵略した人間の寝床を全て巣に改造してたらしい。それで山には鳥が少なかったのだ。


 その事を理解した小鳥遊一は逃げようとすることすら忘れて唖然とする。しかし、カラスの大群たちは容赦なく、黒い龍のうねりのように轟音を上げて彼を捕食しようと迫ってきた。


「クソっ……来るなっ! 補助翼が…………!1 チクショウ! パラシュートまで…………」


 カラスたちにたかられて機体や体のあちこちを齧られてしまう小鳥遊一。補給物資やパラシュートなどの荷物をなげうって必死にスピードを上げる。


「ぐうっ……! 避け……きれ……」


 ビルの窓ガラスのすれすれを飛行してカラスどもを振り払おうとする小鳥遊一。だが、それでもカラスは一切速度を緩めず猛スピードで狂ったように窓ガラスへ弾丸のごとく突っ込んで、ビルの側面を大破させてゆく。


「わああああああああああっっっ!!!」


 ついに小鳥遊一の機体はカラスに激突されてバラバラになってしまった。飛べない彼もそのまま為す術もなく高層ビルの高さから落下してゆく。


「…………オイ、なんだよコレ……。おれは死ぬのか…………?」


 小鳥遊一は落下中の薄れゆく意識の中で奴らに占拠された空を見つめていた。まるで走馬燈のように両親を失った時の情景が思い出される。


「あの頃から変わらねぇ……ちっとも成長していねーじゃねーか……! また、同じようにおれは仲間も家族も命も落とすのか…………!?」


 次第に地面が急速に近づいてくる。カラスたちは地上付近の低空飛行で先回りをしてエサが落ちて来るのをただ待っていた。


「ふざけるな―――!!!」


 激昂して意識を取り戻した小鳥遊一は空中で反転して急に姿勢を変えたかとおもうと、そのまま下方で飛行しているカラスの一匹へとタイミングを合わせて力いっぱい横に蹴りを入れた。


「ぐぅう……っ…………!」


 その反動で落下の軌道を変えた彼はビル下部のショッピングモールの中へと窓ガラスを突き破って入り込んだ。ガラスの割れる凄まじい音とともに、小鳥遊一はショッピングモール内の踊り場に転がって受け身をとる。


「ごぼぉ……がはっ……」


 焼鳥軍の微小管繊維スーツのおかげでなんとかガラス片は防いでくれたようだが、それでも流石にあの高さから落下した衝撃を完全に吸収できるわけではなかった。あちこちのアバラや腕の骨が折れているようだったが、足はまだ無事なので止まるわけにはいかない。


「う……、行かなきゃ…………。アイツはおれが引き取られた親戚の家で一緒に暮らした……唯一、残った家族なんだ…………!! これ以上、あのクソ害鳥どもに奪われてたまるか…………!」


 フラフラになりながらも立ち上がって前へと歩き出す小鳥遊一。


「うっ……こ、これは…………!?」


 彼が進んだショッピングモールの奥で見たのは異様な光景だった。


「なんだよこれ……人間たちがみんな閉じ込められているのか!? まるで飼われているみてぇに…………」


 店内は何者かが用意した檻だらけだった。そこでは男も女も子供も裸で家畜のように鎖で繋がれて飼われているようであった。中の人たちはうつむいてブツブツと何かを呟き続けているだけでこちらに気付きもせず、振り向こうともしない。


「一体、誰がこんなことを…………。まさか、鳥が!?」


 信じられない事だった。これまでの鳥たちは確かに高い知性を有し、集団の狩りで人間を襲ってはきたが、こんな文明の真似事のようなことまでするなんて彼も聞いたことが無かった。


「こ、こんなバカな……ありえない……ありえないっ!!」


 目の前の恐ろしい光景から逃げだしたくなって、訳も分からず駆け出す小鳥遊一。


「シホ……シホ……なぁシホ、どこにいるんだ!? そうだ……おれは22班のみんなを助けに来たんだ。帰るんだ! みんなであの基地に…………」


 走っているうちに彼は天窓のある、ひらけた吹き抜けフロアへと躍り出る。そこの中央で小鳥遊一が目にしたのはさらに残酷で救いのない現実だった。


「ショーマ……グンジョ―……エンヤ…………………」


 そこではキャンプファイアーのような焚き火とともに三つの”肉”が焼かれていた。それは人の形をした三つの”肉”だった。全裸にひん剥かれて、股間から口までを巨大な串で貫かれて、まるで焼き鳥のように焼かれていた。


 だが、小鳥遊一にとってはこの”肉”が誰なのかすぐにわかってしまった。その面影からして三つの”肉”はそれぞれ天元翔馬、藍田群青、灰沢猿谷であることは間違いなかった。それに、焚き火の前には彼らの着ていた血まみれの微小管繊維スーツが脱ぎ散らかしてあった。


「う……っ、おげぇ…………っ!!」


 そのあまりの臭いを嗅いでしまった小鳥遊一は膝をついて嘔吐した。その理由は臭いからではなかった。むしろ、普通の焼肉のような美味しそうな香りしかしていなかったからである。こんな行為を鳥がするのは、人間で言うところの”料理”の概念に他ならない。


「………………なんでだよ……」


 小鳥遊一は目の前の絶望にうちひしがれて虚ろな目で地面を見つめる。今更になって仲間だったこの三人の大切さに気付いたのだ。生前は自分のことを小バカにしてきてうっとおしいと思っていた時もあった。けど、今ならわかる。小鳥遊一を見張り役の補給人員として待機させたのは、微小管繊維スーツがまだ使いこなせない彼を守る為だったのだと……。


「……なんでこんなことに……………………」


 その時、彼の背後でバサバサと羽音がした。きっと奴らが跡を追って来たのだろう。


「どーしてだよおおおッ!!!!」


 逆上して自暴自棄になってしまった小鳥遊一は手からありったけの微小管繊維の糸を爪のように放出して、玉砕覚悟で突っ込む。


「ぐ……! がぁあああああああ?」


 しかし、一瞬で巨大な謎の鳥脚に蹴っ飛ばされてしまう小鳥遊一。壁に思いきり打ちつけられてめりこんだ。どうやら彼を追ってきたのはさっきのカラスたちではないらしい。


「やれやれ…………吾輩の料理の邪魔をするとは不遜な……。人肉は焼きたてが美味しいというのに……しかもコイツは養殖じゃなくて、最近乱獲でめっきり数が減った天然モノだぞ?」


 その声の主は人では無かった。トラック車くらいも大きさのある巨大な鷹のような猛禽類の姿をした鳥が人間の言葉を喋っていた。


「ゲホ……、てめえなんで人の言葉を…………!?」


 悪夢のようだった。こんな恐竜みたいな体格の鳥が人語を理解し、人と同等レベルの知能を獲得するなんてまるでファンタジーである。だが、小鳥遊一の頭から滴り落ちる血とクラクラする痛みはこの光景がまぎれもない現実であることを意味していた。どうやらさっきの蹴り飛ばされた時に頭を打ったらしい。


「さぁ? 吾輩が人間のことを大好きだからじゃないか? 吾輩、鳥人”ガルーラ”は人肉をたくさん食べてるうちに人間と同じ学習能力が身についたんだよ」


 そう言いながら、悠々と中央まで歩いて焚き火の火を消す鳥人ガルーラ。どうやら本当にこの獣は火すらも恐れずに完璧に扱えるらしい。また、腕の側面に翼が生えた格好になっていて、先端は鉤爪のある手になっているのでかなり手先も器用だ。


「だって君もそう思うだろう? 人間は素晴らしい! 最高だ!! 家畜にしても良し、労働力にしても良し、煮ても焼いても美味い!! ちょうど体毛も少ない裸猿だから、捌くのも簡単で食べやすいしな…………」


 鳥人ガルーラは天元翔馬の焼死体が串刺しにされた一本の大串に手をかけたかと思うと、ひと思いにその大きな嘴で齧りとってムシャムシャと食べはじめる。


「や、やめろ! ショーマを喰ってんじゃねぇ!! 放せよぉおおおッ!」


 こんがり焼けた天元翔馬の頭が噛み砕かれて見る影もなくなっていく過程をまざまざと見せつけられた小鳥遊一は半狂乱になって泣き喚く。


「食事中はお静かに!!」


 鳥人ガルーラの癪に障った小鳥遊一は手足に数々の羽根の矢を撃ちこまれて、壁に磔になって今度こそ完全に動けなくなってしまった。体中に激痛が走って、声にならない叫び声を上げるが、もがいても矢は全く抜けず、もう微動だにできない。


「ぎ……がぁああああ!!!」


 弾丸ですら跳ね返すこの微小管繊維スーツを貫くなんて考えられなかった。今まではどんな鳥の嘴も爪もこのスーツは防いでくれてたのに、この鳥人ガルーラの攻撃は別格みたいだった。おかげで彼の微小管繊維スーツはビリビリに裂けてしまった。


「微小管繊維を持ってるのは人間だけではない……。 吾輩のこの全ての羽毛は微小管繊維でできた鎧であり、武器でもある」


 小鳥遊一の疑問を読み取って答えるかのように、鳥人ガルーラは自慢げに翼を広げて説明した。


「……うう…………痛いよ、いだいよぉ……シホ……シホ……助けて……」


 圧倒的なまでの力の差を思い知らされた絶望感と、手足からの大量出血で徐々に意識が朦朧とする小鳥遊一。彼が死を悟って最後の時に名前を呼んだのはまだ生死のわからない愛しい人の名前だった。


 しかし、運命は彼に容赦なく残酷な現実を見せつけて地獄に落とす。


「そんなにお仲間のことが恋しいのならば、このメス人間でも返してやろうか? もっとも、このメスはもう吾輩の子を産む道具として種付け済みだがね」


 三つの”焼き人間”を喰い終わって、ヒマになった鳥人ガルーラが奥から引きずってきたのは、気を失って全裸にされた卵志帆だった。彼女は散々、鳥人に犯された後らしく、微小管繊維スーツをビリビリに破かれた欠片がいやらしく身体の上にいくつか残っている。


「これが本当の托卵(たくらん)ってね! ワハハハハハハハハ!! カッコウのやつに聞かせてやりたいよ!」


 鳥人ガルーラは高笑いしながら、まるで蹂躙するかのように倒れた卵志帆の尻を鳥脚で踏みつけて、小鳥遊一の前で意地悪く見せ物にする。


「え……、あ……シホ…………嘘だろシホ……」


 最後の希望でさえ音を立てて崩れていった。それどころか失いかけてた意識でさえ、仲間全員喰われた悲しみと、愛しい人を凌辱された怒りのショックで前よりもハッキリしてしまう。


「……さて、最後のキミにはかわいい我が家臣たちのエサになってもらおうかね……。吾輩ばかり味わっていては可哀そうなんでね。特にこのカラスちゃんたちは最近、グルメな吾輩の影響かしらんが、舌が肥えてきていて困っているんだよ。死体じゃダメで、生きた人間を生のまま食べないと満足しないんだ」


 自分はもう満腹になったらしい鳥人ガルーラが今度はカラスの家来たちを呼び寄せて、動けない小鳥遊一の元へと向かわせる。


「……畜生、畜生! …………ぢぐじょうっ…………!!」


 あまりの無念さと怒りで我を忘れて暴れようとする小鳥遊一。けれど、もがいてももがいても手足に深々と突き刺さった羽根の矢は肉に食い込むばかりで、噴水のように出血するだけだった。


「いぎ……ぐ……げげ…………ああ」


 為す術もなくカラスたちにいいように肉をつつかれ、腸を喰われる小鳥遊一。まさに拷問だった。まるで生きたまま行われる鳥葬である。みるみるうちに彼の身体は骨が露出し、目玉は潰されて抉り取られ、見るも無残なむごたらしい姿へとなりはてていった。

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