第2話 焼鳥軍の劣等生

 2035年、この頃を境に何故か、スズメやカラスをはじめとする世界中のありとあらゆる鳥たちが突如として凶暴化し、人間の肉しか喰わない怪物へと変貌した。


 知性もかなりのもので、バードストライク等による自爆テロで飛行機も次々と街中へ墜落させられて大惨事となった。また、相手は小さすぎる標的のゲリラ部隊な為に通常兵器もたいして効き目が無かった。


 やがて、人類は為す術もなく全人口の8割を失い。わずかに生き残った者たちは地下への居住を余儀なくされた。


 だが10年後の2045年、ついに人類は反撃にうって出る。


とある南大阪の都心から離れた郊外の地下避難区画”大芸”にて、人食い鳥対策課の者たちによって新たに義勇軍が結成されることとなった。


「聞けぇい! 同志諸君よ!!」


 指揮をとったのは人食い鳥対策局の天才科学者でもあり、珍しい女性隊長でもある霄香帆(おおぞら かほ)だった。


 長い黒髪を後ろでくくったポニーテールに、白衣をまとった壮麗な姿をしている。


「我ら人類が鳥どもから侵略を受けて、早10年! 我々はヤツらに餌にされ続けるばかりだった!!」


 避難民キャンプからの新たな義勇軍結成の参加希望者に向けて開かれた集会にて、女性でありながら堂々とした大声で演説をする霄香帆(おおぞら かほ)。


「だが、我ら義勇軍はついに反撃の手段を開発して、ベータ版テストを終了した! それがこの”微小管(マイクロ・チューブ)繊維スーツ”だ!!」


 そこで彼女は白衣をサッと脱ぎ捨て、下に着こんでいた新兵器スーツの完成版をお披露目する。彼女自身が開発したらしいそのスーツはまるで、全身にワイヤーでも巻いてるような素材で出来ていた。どうやらそれで鳥たちの嘴や爪からの攻撃から身を守るようだった。繊維が幾重にも織りこまれていて、見た目はまるで人体模型の筋肉モデルのようにも見える。


「今度は我々こそがあの鳥どもを喰いつくす番なのだ! これより人食い鳥対策課は”焼鳥軍”と名乗り、新規義勇兵の募集を開始する!」


 霄香帆(おおぞら かほ)は高々と拳をかかげて、民衆の注目と称賛の声を集める。


「いよいよだ……この俺の手で家族を護るんだ…………。俺たちは絶対にあの広い空を取り戻す!!」


 その呼びかけにいち早く反応したのは、今年で18歳になった小鳥遊一ら等の若者だった。


 あれからというものの、最初の飛行機事故の唯一の生き残りである小鳥遊一は救助されて地下で生き延び、18になるまでこの義勇軍へと参加するこの機会を待ち続けていたのだった。


 集会は大歓声に沸き、生き残った若者たちの大部分が参加することとなった。男はかなりの人数がすでに喰われてるだけもあって、女性の入隊希望者も多かった。まさに残りの人口を賭けた最後の大勝負である。


 だが、小鳥遊一は熱意と確信に満ちていた。ここから人類の逆襲が始まることを………………。



 ※※※



 焼鳥軍が結成されてから一週間が経ち、最終訓練の日となったある日、小鳥 遊一ら新人兵は地上に上がってでの実戦訓練を行っていた。


「おりゃあああああああっ!!」


 避難区画の地上付近である人里離れた山間部にて、新兵たちの威勢のいい声が響き渡る。それは鳥との実戦も含んだかなり本格的な訓練だった。戦う相手はせいぜい、スズメやハトレベルの雑魚だし、むしろ今の山間部は奴らにとってエサとなる人間が少ないので、敵も少なかった。おそらく奴らは大半はイナゴの大群のようにエサを求めて都会の方へと行っているのであろう。


「遊糸弾っっ!!!」


 例の全身を覆う微小管繊維スーツを着た新兵たちが指先を標的に向けて狙いを定め、爪の形をした超電磁砲から糸の弾が一斉に放たれる。その輪ゴム鉄砲のような弾にはワイヤーが伸びていて、鳥を捕えたり、ムチのように広範囲へ叩きつけて攻撃できるという汎用性の高いものだった。いわば、スーツの素材そのものが弾丸すらも跳ね返す防護服でもあり、武器でもあるという代物だった。また、このスーツは真冬のセーターのごとく、空気中の静電気や雷を掻き集めては溜め込む性質を持っていて、その糸に触れた鳥はたちまちに感電してしまうのだった。もちろん、スーツ使用者の本体はファラデー・ゲージという導体のシールドで覆われているので、感電はおろか雷まで受け流せるように設計されていた。むしろ、雷にならない程度の空気中の静電気を集めることで大気電流発電を行なっているのである。


「すげぇ! たまごちゃん……!! もうあんなにスーツを使いこなしてる!」


 中でも類まれな戦闘センスを発揮したのは卵 志帆(たまご しほ)という一人のショートカットの女性戦士だった。目にも止まらぬスピードで連射しまくることができ、さらには指先から即席で網を編んで放つ妙技まで使いこなしていた。


「”微小管繊維スーツ”。これは人類史を塗り替えうる発明だ。その糸は鋼鉄よりも頑丈で伸縮性にも富み、さらには人工筋肉のパワードスーツとして機能する。しかも、この糸は放電することでイオン風を発生させて宙に浮く事すら可能だ。その姿はまさしく、鮮やかな蜘蛛のように空中歩行をし、優雅に舞うクラゲのように獲物を絡めとる。それが我らが”焼鳥軍”の戦闘服! 制服そのものが飛行機構であり、同時に武器でもある代物。古来より人間の体の一部である”服”という名の究極の発明だ!」


 実戦訓練の監督をしている霄香帆が嬉しそうに語りだす。実際、一人一人が空を泳ぐ術を身につけている光景は圧巻だった。それも、重い固定翼や動力に頼るのではなく、まるで自転車にでも乗るような気分で宙を駆け回れるのである。


 昔から人が鳥のように飛ぶのは人類の夢ではあったが、人間の質量と力では羽根を生やしたところで飛ぶことは航空力学的に不可能だ。


 しかし、今回のこの発明はそういう安易な発想とは一線を画していた。むしろ飛行機やヘリコプターのように安定した飛行を目指すのではなく、水中を跳ね回るミジンコの酔歩のように、手指と足指の先から伸びるワイヤーを電磁気力で触手のように伸縮させてイオン風制御を行うことで、空を”泳ぐ”ことを可能としているのである。

 また、方向調節は尻から尾のように生えている尾翼や肩からのマントで行っていた。いわば、このスーツそのものがイオンクラフトとなっているわけである。


「それにしても、地下の生き残りとはいえ、探せば優秀な人材はいるものだな……。身のこなし、器用さ、ともに申し分ない。男どもよりよっぽど使えるよ……。まさに彼女は間違いなく最高度である適応度レベル5の者だ。一人目の班長のポジションはあの子で決まりか…………」


 まるで小鳥のような身軽さで縦横無尽に飛び回る卵志帆の姿を見て感心する霄香帆(おおぞら かほ)。


「オイオイ、たまごさん。ボクの出番も残しておいてくれよ」


 その時、後方から声が聞こえた。振り返るとそこにいたのは天元 翔馬(てんげんしょうま)という茶髪の青年新兵だった。目には片眼鏡型のスコープをかけて、手には微小管繊維の張り巡らされた特別製の弓矢を持っている。皆が演習の狩りでこぞって前線に乗り出している中でも、まるで焦らずに後方地点から弓矢の微小管繊維ワイヤーを両手で思いっきり引いて、遊糸弾発射の姿勢で構えた。それは指先の超電磁砲をさらに拡張して威力と射程距離を高めた彼の戦闘態勢だった。


 そして次の瞬間にはもう、100m先くらいも離れてる標的をいとも軽々と遠距離射撃で撃ち落としていた。


「援護射撃助かった! ありがとー! 天元くん!!」


 後方からの思わぬ援護に感謝する卵志帆。


「ヤレヤレ、演習の狩りで一番のザコ相手であるスズメだからって、油断して群れにのめり込み過ぎなさんなよー。いくらたまごさんでも数に囲まれきっちゃったらどうしようもないんですからさー、それにあんまり撃ちまくるとスーツの微小管繊維を消費しますぜ」


 得意げに卵志帆へ注意を促す天元翔馬。その貫禄はすでに狙撃手のようである。少しナルシストの気もあるようだ。


「…………ショーマは遠距離ならお手の物のスナイパー向きだな。適応度レベル4ってところか……」


 霄香帆は新兵たちを観察しながら成績を付けていく。少なくとも天元翔馬の実力なら副班長の地位は間違いないものだった。


「うおおおお! 喰らえやワイの荒縄バット!!」


 もう一人、活躍しているのはやたらガタイのいい体育会系の藍田 群青(あいだ ぐんじょう)という新兵だった。接近戦が得意なようで、恐れることなく突っ込んでいっては敵をぶっ飛ばしてゆく。彼が武器にしていたのは、五本の指のワイヤーをひとつの荒縄のように編み込んで生成した束だった。それをまるでバットのようにぶん回しては敵に叩きつけていく。


「こんなん楽勝すぎて、ホームランの連発じゃのう」


 少々強引でも力技で鳥たちを薙ぎ倒していく彼の姿はまさに軍神といった感じだった。


「なにせデカいので少々、重いが、接近戦が得意なグンジョーか。悪くない……」


 彼に評価として適応度レベル3の評価をつけておく霄香帆。中堅どころとして、彼もまた戦士としてふさわしく感じられた。


「全く……、皆好き勝手に狩られると私の計算が狂うんですよねー。おかげで、せっかく奴らの行動パターンを計算して仕掛けた罠も収穫が二割減じゃないですか…………」


 そう言いながら、ご自慢のトラップで捕えた大量の鳥たちを抱えて戻って来たのは灰沢 猿谷(はいざわ えんや)だった。           


 彼はインテリな策士家の眼鏡男で、トラップ制作を特技としていた。


「今の鳥たちはエサなんて無視して人間の肉しか狙わないから、トラップなんて難しいと思っていた。しかしまさか、自分自身をエサにして敵をおびき寄せるなんてクレイジーなやつだ。トラップの達人とは面白い…………こいつも適応度レベル3はあるか……」


 次から次へと、こんなにも人によって個性で使い方が変わるものなのかと感心する霄香帆。やはり、実験とはやってみなければわからないものだと感心する。


「ハァ……、んで……最後はこの小鳥遊一か…………」


 急に声のトーンが落ちて、テンションの下がる霄香帆。何故ならコイツは新兵の中で最低レベルの適応度だったからだ。


「お、おーいみんなぁ……ちょっとタンマ……」


 訓練している新兵の中で一人だけハンググライダーを使ってフラフラと飛行していたのは小鳥遊一だった。どこの世界にも自転車に乗れないという輩がいるように、どうやら小鳥遊一だけは微小管繊維スーツでの飛行が出来ないらしい。だから、彼だけは今だに補助輪ならぬ、”補助翼”が取れないというわけである。


「わーっ! す、スズメだ!!」


 案の定、小回りの効かないノロノロとしたその機体はあっという間にスズメの群れに絡まれてしまう。小鳥遊一はそれらを追い払おうと必死で遊糸弾を撃ちまくるが、どれも当たらない。


「わーっ、コラ畜生! 翼をカジるんじゃないーっ!!」


 弾丸のようにクチバシを突き立ててつっこんで来るスズメたちと格闘して頬が擦り傷だらけになる小鳥遊一。そのうち、ハンググライダーの翼に穴が開いて、小鳥遊一は森の中へと墜落した。


「ハァ……まぁ今はとにかく人手不足だし、こんなやつでも後方支援の補給係くらいにはなるか…………」


 そのダメダメな様子を眺めて、溜息をつきながら小鳥遊一の評価欄に適応度レベル1の最低成績を付ける霄香帆。


「い、イテテテ…………」


 木に絡まってなんとか助かっていた小鳥遊一。あちこちがボロボロになりながら地上へと降りたって膝をつく。

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