毎日が四月馬鹿!

しろくじら

第1話 口にするもの

 テーブルの上にあるものを見て、島田うちは思う。ペットボトルに入った透明の液体。ラベルには天然水と書かれている。飲みかけのそれは、普通に考えれば水であろう。いや、事実これは水なのだ。と。

 ここは大学のある一室。部屋には自分を含めて2人である。きょろきょろと見回すと、それを合図に兄のまくりがドアまで近づき、誰もいないことを目で知らせる。了解したことを頷きながら伝えると、ハンドポーチからあるものを取り出す。

 ペットボトルの水。これを飲んでいた人物は不在。蓋は空いている状態だ。その口にスポイト状のそれを突っ込み、中の液体を流し込む。量はだいたい20㏄程度だろうか。色はわからない程度に透明、臭いもそうわからない程度に抑えられている(と、思う)。無言で兄に目を向けると、兄は親指を立ててきた。

 そして何食わぬ顔をして本を読む。兄は携帯をいじっている。そうしていると、その数分後にドアが開いた。

「長かったね、うんこ?」

「いや、修理中とか何とかでな。ちょっと遠いところ行ってた」

 そういいながら、長身の体格のいい男はペットボトルの水の置いてある席に座る。

「この後どうする?」

「すなお待ってから昨日のリベンジ。うっぴーな」

 昨日は4人で積み木崩しをしていた。形が微妙に不揃いな木材が特徴なうっぴーというそれで、10戦8敗を喫したこの男、堂島扇(おうぎ)は携帯で受見直央(すなお)に連絡をする。

「根に持つね、罰ゲームでもする?」

「いや、昨日のスクワット80回で俺の足に30程度のダメージが残っている」

「多いのかよくわからんな」

 堂島は携帯を見たまま返信を待っているようだ。だがそんなことはどうでもいい、早くそれに手を付けろ。

「すなお強いもんな、ここぞって時は特に」

「すなおの後になったらだいたい崩れる」

「奴は化け物か」

 そんなことを言いながら、ついに奴はそれに手を伸ばした。思わず口元が緩みそうになるが悟られてはいけない。一瞬で冷静になって我慢する。

 そして、堂島は、それを、口にした。

「……」

 表情は変わらないが、明らかに異変を感じている様子だ。困惑の色が顔に出てい…ないが、飲む手を止め、口の中に含んだ分だけをゆっくりと飲み込んだ。彼の後ろでは兄が声を上げずに口を大きく開けて笑っている。

「……ふぅ。どっちだ?」

 あらかじめ携帯画面に表示させておいたドッキリの種明かしに使うときに出すプラカードを堂島に向ける。もちろん満面の笑みで。

「てってれー!ドッキリ大成功!」

「はははっ!すっぱかった?すっぱかった?」

「まぁ、多少驚いたけど、飲めないことはないな」

 堂島はこういう奴である。大概のことには驚かない。でも、それでもドッキリにひっかけられたことにうちらは満足していた。

「レモン果汁100%。全部入れるべきだったかな」

「酸で口の中がえらいことになるからやめてくれ」

「ってことで、ドッキリは成功なんだけど、なんか成功!って感じじゃねぇなぁ」

「すまんな、いつも反応薄くて」

「ということで、お手本の子に同様のドッキリを仕掛けたいと思う」

 そういって水筒のお茶に先ほどのレモン果汁を入れる。名前の通り素直な子だから勧められたら断らずに飲むような子だ。こいつと違って反応も楽しめるだろう。

「まぁ勝手にしろ」

 そういいながら堂島は鞄からポテチを取り出してパーティー開けにする。うすしお味のそれはうちの大好物でもある。

「準備いいっすねー、あざーっす!」

「俺も俺も」

 手を出そうとすると堂島がポケットサイズのウエットティッシュを取り出した。

「お前ら、食う前に手を拭け」

 ポテチの所有者の言うことには従わざるを得ない。お父さんか、お前は。しっかり拭いてやるよ、ほら。

「さてさて、ポテチポテチ♪」

 しっかりと拭いた指でポテチをつまみ、食べる。

「はぁ~…うまい」

 ポリポリ。この歯ごたえがうまいのだ。そして、この指についた塩をなめるのも癖づいている。

「…うっ!」

 指をなめて気づく。が、時すでに遅し。無表情の堂島が、先ほどの私と同様の、青いプラカードに『てってけー』と書かれた画面を私に向けていた。

「ギャー!痛いっ!痛いぃ!」

 口の中で、いや舌先で何かが暴れている。これは…暴君だ。暴君が君臨している。

「ウエットティッシュにデスソースを溶かしたものを含ませていたんだ。ドッキリ大成功」

 てってれーと言っている堂島をよそに、その後ろで兄も悶えていた。慌てて堂島の水をひったくり、見事にそれを口にして吐き出しているのを見て、うちは笑いながら悶絶した。そして、丁度吐き出した時にドアが開いた。

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