カレーは生き物 第一章~ようこそ! メルヘニック・パンクへ!!~ 3



          * 3 *



「んー? 今日は終わりぃ?ー?」

「うん、終わり。また明日ね。みんなに挨拶しようね」

「うんっ! みんなばいばーい」

 ヒメ先生が教室を出て、クラスメイトのみんなは帰り支度を始めてる。

 概ね静かだったけど、たまにはしゃいでしまうキーマを押さえるのが大変で、僕はもうすっかり疲れていた。

 ――ロリーナ、いないし。

 第一保健室から飛び出してどこかに行ってしまったロリーナは、結局教室に帰ってくることはなかった。

 朝は目の下に隈をつくっていたから、どこかで寝ているのかも知れない。

 キーマの別れの挨拶に返事をしてくれたり、手を振ってくれる人は多くて、わざわざ用意してもらった小さな机と椅子から必死に手を振ってる様子に、僕の頬は緩んでしまう。

 すっかりクラスの人気者になったキーマ。

 手はかかるけど基本は素直で、顔立ちなんかは似てるから、無邪気で小さいロリーナみたいだ、なんて言われているらしかった。そりゃあ人気も出る。

 ――ロリーナはぜんぜん手伝ってくれないし。

 キーマが生まれた原因は、ロリーナが使った料理魔術。

 僕のために料理をつくってくれようとしたわけだし、キーマは僕に懐いてるし、彼女を守ってやりたいとも思ってる。

 いまさらどこかに預けてそっちで身の振り方を決める、なんて言われても僕は全力で拒否するだろう。

 だからと言って、教室にすら姿を見せなかったロリーナには、彼女のことを信じてるとは言え、さすがに不満を感じずにはいられない。

 ――何かやってる気配もあるけど。

 目の下の隈、検査結果を見てたときの様子から、僕はそう感じてもいた。

「さ、帰ろう」

「うん!」

 椅子からぴょこんと下りたキーマと手をつなぎ、肩に通学用鞄を提げ、空いた手にはお菓子や食べ物など、今日一日で集まったキーマへの献上品が詰まった袋を持ち、廊下に出る。

「あ、いた! 克彦!!」

 そんなことを言いながら金糸の髪をなびかせて走り込んできたのは、ロリーナ。

「何だよ、ロリーナ。今日は一日――」

「そういうのは後で聞くから、急いで来て!」

「わぁっ」

 焦りと真剣さと必死さと、それを上塗りするくらいの期待に心躍らせてる様子の彼女の剣幕に、僕はキーマを抱き上げる。

 献上品が入った袋を奪われ手をつかまれた僕は、引っ張られるままロリーナに連れて行かれる。

「ちょっと待ってってっ いったい何なんだよ、ロリーナ!」

 昇降口のホウキ置き場まで来てやっと立ち止まったロリーナに問うと、鍵を解除して自分のホウキを取り出した彼女は振り向き、空中を撫でるように手を動かした。

 何もない場所に現れた、厚みのない四角い平面。

 それはエーテルモニタ。

 カテゴリー一の簡易な魔術で、たいていどんな機械にも携帯端末も仕込まれてる、魔術による表示機能。

 いまどき電子機器には、液晶モニタは搭載されていないか、補助用でしかない。

 エーテルモニタに映し出されているのは、何かの動画であることがわかった。

「何なの? これ」

「怪獣だぁー」

 キーマが言ってるように、動画には怪獣にしか見えないものが映っていた。

 黄土色のごつごつした肌をして、身体を水平にではなく直立させてる形状は、恐竜ではなく怪獣型の怪物だった。

「あれ? ライブ配信?」

 よく見てみると、動画はリアルタイムで配信されてるライブ映像で、特撮マニアの素人の映像にしても稚拙な、離れた低い位置からの映像には、怪獣の足下からいままさに避難してきてる人も映っていた。

 どこかの星から飛来した怪獣かも知れない。

「ここにすぐに行きたいのっ。一番乗りしたいの!」

「えー」

 ロリーナのキラキラ光る碧い瞳に見つめられても、僕は躊躇ってしまう。

 とにかく彼女はトラブルが好きだ。

 野次馬として見に行くだけならともかく、わざわざ首を突っ込んで当事者になりに行くことが多い。

 たぶん、彼女は怪獣と戦うつもりだろう。

 キーマもいるし、さすがに僕は躊躇ってしまっていた。

「理由は後で話すから、バイクに乗せて! わたしのホウキじゃ間に合わない!!」

「う、うんっ」

 息がかかるほど顔を近づけられて、左手を暖かい彼女の両手に強く包まれ、僕は思わず頷いてしまっていた。

 動画がライブ配信されてる場所は、東京の南、太平洋にある島のひとつからだ。

 ロリーナのホウキは彼女が飛行魔術を入れ換えた上、魔術の改良までしてるから、普通のカテゴリー二の魔導ホウキではあり得ない速度が出る。

 それでも超音速まで出せるようにはできていない。

 急ぎたいなら、僕のスカイバイクに乗った方が早い。

 僕の返事ににっこり笑ったロリーナ。また彼女に手を引かれる僕は、これ以上抵抗することなんてできなかった。




 見た目には二一世紀の駐輪場とあまり変わらない駐機場まで走って、いつも発着場に引っ張っていくとき使ってるカテゴリー一の浮遊魔術ではなく、カテゴリー三の高速飛行魔術をセットして、僕はバイクのエーテルアンプを始動させる。

 アクセルを開けないよう注意しながら発着場まで引っ張っていった僕は、先にバイクにまたがってからキーマを抱き上げ前に座らせた。

 前にも乗せたことがあって、そのときにほしいと言われたから事前に取りつけてあった、ボディ下部の収納式アームを展開して自分のホウキを固定したロリーナは、スカートの裾に気をつけながら後ろにまたがってきた。

「急いで、克彦!」

「う、うん」

 腰に腕を回して抱きついてきたロリーナに、僕の声はうわずってしまう。

 よく一緒にいるから憶えてるけど、彼女の匂いが間近から漂ってくる。

 背中に押しつけられた柔らかさは、バイクを買ったときに請われて乗せたときより、さらに増してるような気がした。

「むぅー」

「ちゃんと捕まってろ、キーマ」

 首だけ振り向いて、僕の顔を見て不満そうな表情を浮かべるキーマに注意する。これから帰宅しようと発着場に各々の飛行具を手にしてる男子の白い目を無視することにした僕は、ハンドルを捻ってアクセルを開けた。

 暖気を終えたエーテルアンプは充分にエーテル場を活性化させる。

 マナジュエルにループキャストされる高速飛行魔術は、学校前の空路に侵入したバイクを快調に加速させていく。

 しかしここは一般空路。

 ホウキやバイクや車だけでなく、飛行シューズやエアボードがひっきりなしに行き交い、合流するここでは時速二〇〇キロに制限される。

 だから僕は街の上層に向かい、学校から一番近いインターから東京環状空路に入った。

 左右の敷地プレートが並ぶ街の中と違い、ネオナカノの上空に設定され、東京の主要な街を巡る環状空路では、標識の代わりにエーテルモニタと、空路の範囲を示すビーコンキューブが浮いてるだけの、空だ。

 三〇〇〇メートルまで上昇すると、離れていくネオナカノがもう小さくなり、地上のものは豆粒の塊のようにしか見えない。

 僕はいま、まさに空を飛んでいた。

「高ぁーい」

 つい今し方までなんでか不満そうにしていたキーマも、青に包まれるような上空まで来ると、はしゃいだ声を出している。

 この空路の最高時速である五〇〇キロ近くでホウキや車を結構強引にパスして飛ばしているが、僕のスカイバイクにはまだまだ余力がある。それに環状空路では目的地には至れない。

 遠くの自治体間を繋ぐ高速幹線空路には入らず、僕はさらに上空の、大陸間をも繋いでいる超高速空路の入り口にバイクの進路を取った。

「カウル、閉めるよ」

「わかった!」

「キーマ、ゴメン。ちょっと我慢してね」

「んっ!」

 僕のスカイバイクにはフロントカウルがあるし、結構強力なエアシールドの魔術が、エーテルアンプ始動と同時にオートキャストされるから、普通の高速空路ならそれで充分だ。

 でも超高速空路に上がるとなれば、後部に折り畳んで収納されてるリアカウルを出して、フルカウルにしないと厳しい。

 ――うっ……。

 キーマを潰さないよう気をつけながら身体を前に倒すと、ロリーナがせり上がってきたカウルに引っかからないよう、いままで以上に身体をくっつけてくる。

 もちろん制服越しなのに柔らかさを感じていた彼女の胸も、いままで以上に強く押しつけられてる。

 心臓の鼓動が早くなってるのを感じながらも、それを悟られないよう気を払い、リアカウルがフロントカウルと合体したのを確認してから、すぐそこに迫った超高速空路へのジャンクションに進入した。

 それまで肉眼視界だったスカイバイクは、半密閉されカウルの内側に映し出されるエーテルモニタによる視界に切り替わる。

「なんか、凄いよ、パパ」

「舌噛むから閉じてろ」

「うんっ」

「んーっ。この加速感、やっぱり気持ちいいーっ」

 キーマだけでなく、ロリーナまで声を上げている。

 カテゴリー三以上の飛行具でしか入れない超高速空路の最高速度は、設定されていない。

 上空に行けば行くほど高い速度を出していいことになってる超高速空路で、僕は八〇〇〇メートル近くに上昇し、マッハ二オーバーまで一気に加速していた。

「見えた!」

 ロリーナの声に、僕は前方視界を映し出してるエーテルモニタに注視した。

 空よりも深い青をした海に浮かんでいるのは、目的地の島。

 バイクのカメラを使い部分拡大すると、さっき動画で見ていた怪獣の姿が確認できる。

 どうやらまだ、怪獣の対処に駆けつけた人はいないらしい。

 島に繋がる一般空路への降り口にバイクを入れると、いきなりカウルが解放された。

「まだ早いよ、ロリーナ!」

 速度はやっと音速を下回ったところ。

 エアシールドでも防ぎきれない風圧で、ロリーナとキーマの金色の髪が激しくなびく。

「もうここから行く。ありがと、克彦っ」

 そう言ったロリーナは、笑んでいた。

 振り向いた彼女は口元に笑みを浮かべ、もう拡大しなくても見えるようになった怪獣を見つめて、楽しそうな色をその碧い瞳に宿している。

 ロリーナは楽しいことが好きだ。

 変化を、トラブルすらも楽しむ。

 危ないことは控えてほしいと思ったりもするけど、こんなときのロリーナの笑みはとても魅力的で、僕は好きだ。

 アームから自分のホウキを外して、ロリーナはそれを手に持ったまま、ちょうど真下にいる怪獣に向かって落下していった。

「大丈夫なの?!」

「大丈夫だよ。ロリーナならね」

「ほえー」

 スカートの裾と金色の髪をはためかせながら落下していくロリーナ。

 少し身体を乗りだして彼女のことを見ているキーマの声に、僕は疑いもなくそう答えていた。

 身体の横、伸ばした手でホウキを持つロリーナの落下速度は、自由落下の速度を超えている。

 エーテルアンプを起動してる証拠だ。

 ホウキにまたがらず、飛行魔術を使って安定して飛ぶのはけっこうな高等技術。

 たぶん、怪獣に向かって飛びながら、たぶんロリーナは口元に笑みを浮かべていることだろう。

 勝てるとか勝てないとかじゃない。

 いまを楽しむロリーナは、僕の知る限り最強だ。

 そして、そんなときの彼女はこの上なく美しい。

 だから僕は心配なんてしていない。彼女ならいまの状況をどうにかしてくれる。そう確信してるし、僕の勝手な確信を、彼女が裏切ったことはない。

 怪獣との戦いに邪魔にならない高さにバイクを滞空させながら、僕はロリーナのことを、笑みを浮かべながら見つめていた。



            *



 ――よしっ! 一番乗り成功っ。さっすが克彦のスカイバイクね。

 口元に笑みを浮かべて、心の中で喜びの声を上げるロリーナは、怪獣と、周囲の環境を観察する。

 おそらく直径にして一〇キロにもならないだろう緑の多い島には、怪獣から少し離れた海沿いに街がひとつ見える。

 確か数十万人規模だったはずの街は、浮遊する敷地プレートよりも、二〇〇メートル程度の高さの、古い積層建築の建物が中心。

 火山島である島は、ちょうど中央に火口があり、山の中腹には大きな広場があった。怪獣がいるそこから街は結構距離があるから、多少の戦闘なら街に被害が及ぶことはなさそうだった。

 怪獣の身長は五〇メートルほど。

 街に比べれば大きくないが、人間にとっては巨大と言えるサイズで、直立型の体型も含めて陸上生物としてはあり得ないほどの大きさだった。

 怪獣が暴れてもさほど問題がなさそうな規模の広場には、何かお祭りでもやっていたのか、隅にある建物の近くに、テーブルなどがいくつも出されているのが見えた。

 大きく暴れ回ってはいないけれど、怪獣は何かに不満でもあるのか、地団駄を踏むように足を踏み鳴らし、砂煙を立てている。

 これほどの怪獣がもし宇宙から飛来したのだとしたら、地上に到達する前に情報が出るはず。けれど調べてみた限り、怪獣の飛来警報はなかった。

「たぶん、そういうことだろうな」

 自分の中で結論を出して、目の前に迫った怪獣の眼前で落下を止め、ロリーナは不適な笑みを投げかける。

 それに気がついた怪獣は、鋭い爪のある手を伸ばして捕らえようとしてくるが、彼女はホウキにお尻を乗せて座り、ひらりと躱した。

 ロリーナをつかむことに失敗した怪獣は、二度目、三度目と手を伸ばしてくる。そのすべてをぎりぎりのところで逃れ、彼女は毎回手を伸ばしても少しだけ届かない位置に滞空する。

 ――まだあそこに人いるみたいだし、もう少し引き離さないとね。

 ロリーナの顔よりも大きな目に怒りの色を湛え、ついに鋭い牙を使って噛みつき攻撃までしてきた怪獣を、つかめない落ち葉のように躱し続ける。

 攻撃用の魔術はいくつかストックしているが、サイズがサイズだけに、有効なダメージを与えるのは難しい。カテゴリー三をわずかに欠けるカテゴリー二扱いのマナジュエルで、無理してカテゴリー三の魔術を使っても、倒すには至らないだろう。

「ここまで来れば大丈夫!」

 潰そうと迫ってきた両手を避けて怪獣の顔の前まで飛んだロリーナは、その身体の周りを回り始めた。

 右の目の近くにいると思ったら左に、左に振り向いたときには右側に、決して動きの機敏ではない怪獣の周りをくるくると回り、ロリーナは翻弄する。

 そのうちに、目を回した怪獣は大きな地響きを立てながら、尻餅を着いた。

「これでこっちのものよ!」

 そう言い放って怪獣の頭の上を占有したロリーナは、真っ直ぐに伸ばした手に水平にホウキを構える。

 そして、先端に取りつけられた紅いマナジュエルに意識を集中させた。

 エーテルアンプからではない、自分の身体から発するマナの波動で、ロリーナは周囲のエーテル場を活性化させる。

 約三百年前、エジソナという女性によって存在を実証されたマナとエーテル場。

 彼女によって体系化された魔術は、エーテルアンプでエーテル場を活性化させ、マナジュエルにスペルを読み込ませることにより、誰にでも使える技術として確立した。

 しかし、魔術が一般化する以前から、マナとエーテル場を扱える人々がいた。

 その人々、魔法使いが使っていたのは、魔法。

 魔術と魔法を合わせて魔導と呼ぶが、魔術は誰にでも使えるものであっても、魔法は極々希に高い魔法力を持って生まれた人にしか使うことができない。

 ロリーナは、魔術のみを使う一般人ではなく、魔法使い。

 ――保ってよ、わたしのホウキ!

 そう願いながら、解放した魔法力で活性化したエーテル場に、自分の声で呼びかけた。

「わたしは願う! 汝らが生命を脅かさんとする者を捕縛するための助力を!」

 体系化された魔術で実現し得るのは、魔術言語でスペルに記載された事実のみ。

 しかし魔法使いの持つ魔法力によって発動する魔法は、体系化されない事象を具現化する。

 それはまさに、奇跡。

 目を回していた怪獣が正気に戻り、ロリーナのことを睨みつけてきても、彼女は口元の笑みを絶やさなかった。

 怪獣が攻撃を再開するより前に、奇跡は起こった。

 周囲の森から飛び出してきたのは、蔓。

 人の身体よりも太い蔓が次々と怪獣に向かって投げ打たれ、その身体を縛り上げていく。

 ロリーナの魔法力でエーテル場が活性化し、魔法の言葉に山を覆う森が願いに応えた。

 魔法によりひとときの意志を持った森は、本来あり得ない自らの一部を使い、怪獣を拘束する。

 十数本もの太い蔓によって立ち上がることも、身動きを取ることもできなくなった怪獣は、諦めたように頭を垂れ、おとなしくなった。

「ふぅ。完了っ。――あ!」

 安堵の息を漏らした瞬間、何かが砕ける音がした。

 見なくてもホウキの先端に取りつけられたなジュエルが砕け散ったことがわかる。

 ホウキのマナジュエルはカテゴリー三弱。

 カテゴリー一〇オーバーの魔法使いであるロリーナの魔法にはかろうじて耐えたが、そこまでだった。

 五〇メートルの高さから落下し始めるロリーナの身体。

 いまどきの服には防御魔術が付与されていて、数千メートルから落ちても、ナイフに刺されたり銃で撃たれたりしても、傷ひとつ負うことはない。

 だから多くの人は、人が高いところから落ちていくのを見ても、驚きはしても助けようとなどしない。

 それが様々な不思議な要素を発現したメルヘンで、退廃的になってしまったパンクな世界の人々の有り様。死ぬことが遠退いたこの世界では、他人の危機に対し、必死になる人はあまりいなくなってしまった。

 それは当然のことで、いまの時代では当たり前のことだった。

 そう、ロリーナは思っていた。

 ロリーナの服にも防御魔術は付与されているから、ここで地面に叩きつけられても、かなりの痛みくらいはあっても怪我をすることはない。

 けれど、痛みを怖がる必要などない。

 ロリーナはここに、ひとりで来たのではなかったから。

 いまの時代など、みんなにとっての当たり前など、気にすることなく、本当の心配をしてくれる人と来たのだから。

「ロリーナーーーっ!」

 そんな必死な声とともに、地上に到達するよりも飛んできてくれたスカイバイク。

 克彦の両腕が身体を抱き留めてくれた。

 何もできないと口では言いながら、少しでもと思ってアナクロなトレーニングを積んでる克彦の腕は、意外に逞しい。

 心配しなくてもそうしてくれると信じていた腕の中に収まって、ロリーナは安堵の表情を浮かべる彼に、嬉しさが溢れてしまっている瞳で笑いかける。

「すごいね! 怪獣やっつけちゃった!!」

「たいしたことないよ? 凄く暴れたりメチャクチャ強かったわけじゃないからね」

「でも、でも凄いっ」

「ふふんっ」

 嫌われていたらしいのに、キーマの素直な賞賛の言葉に、嬉しさと若干の気恥ずかしさで、鼻を鳴らして応える。

「ロリーナが強いのはわかってるけどさ、無茶は止めてくれよ……。ひとりで来てたら、そのホウキでどうやって帰るつもりだったのさ」

「そのときは迎えに来てくれたでしょ?」

「そりゃあそうだけど……」

「いまだって一緒に来てくれたんだし」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 苦言を呈している克彦はそれ以上なにも言えなくなり、渋面をつくりながらそっぽを向いた。

 その頬が微かに赤くなってるのを、ロリーナは見逃さなかった。

「そろそろ終わりみたいだね」

「ん。そうだね」

 克彦が見上げた上空には、三人の人影が見えた。

 煌びやかだったりシンプルだったり鎧のような服を身に纏う三人の少女たちは、魔法少女。

 ロリーナと同じ高い魔法力を持つ彼女たちは、たいてい大きな自治区にはひとりはいて、その地域と周辺の平和を守っている女の子たち。

 代々受け継ぐ魔法具により魔法少女と認められた三人は、怪獣出現の報を受けて駆けつけてきたのだろう。

 ――わたしは、いまのままでいいな、やっぱり。

 ロリーナのことを横抱きにしていることを半分忘れているらしい克彦の腕の中で、彼女はそんなことを思う。

 高い魔法力を持つロリーナもまた、魔法少女の魔法具を受け継ぐ家系の生まれ。

 四歳になったとき、魔法少女である母親から魔法具を受け継ぐ予定であったが、ロリーナはそれを拒絶した。

 魔法具は、現在の技術ではどうやってもつくれない、魔法使いの高い魔法力を受け止め、魔法という奇跡の発動を可能にしている。

 魔法少女になること、魔法具を受け継ぐことを拒否した代償として、必要なときであっても高い魔法力を活かした魔法を使うことはできなくなった。

 けれどもロリーナは、魔法少女にならなかったことに満足していた。

 一応正体を隠している魔法少女は、地位や名誉や自治体からの報酬と引き替えに、失うものもあるからだった。

「さぁて、後片付けしないとねっ」

 縛り上げられてる怪獣を見て手を出しかねている魔法少女たちの様子に、ロリーナは無理矢理キーマと克彦の間に座って、そう宣言した。



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