大阪 イン ザ ナイトパーク

泉 和佳

第1話 噂の拝み屋

 最近、関西エリアで正体不明の拝み屋の話をよく聞く。


 何でも直接のやり取りは一切せず、金さえもらえば、神社でもお払いを断られたような案件でも、引き受け必ず祓うらしい。


 そんな眉唾な話、信じるバカはいないと思っていたが、困り果てた同期がその拝み屋に、勝手に依頼を出してしまったのだ。


 今回それが明るみに出て、わざわざ休日を割いて俺が対応するはめになってしまった。

 発覚したのが昨日の事だったのだが、その拝み屋が捕まらず、指定した今日、依頼物件の前で待ち伏せして、キャンセル料金を支払うことにした。


 全く忌ま忌ましい。

 大体、営業マンが胡散臭い業者に泣きつくとは! 名折れもいいところ!


 同期のよしみで、出向いてやることになったが、本来ならアイツがやるべき事だろうに! なのにアイツめ! 連絡がとれなくなっている。どう言うことだ!


 ビル群に取り囲まれ、堂島を貫く四つ橋筋。それを北に歩を進めてゆく内に、連日猛暑日を記録する暑さと、容赦ないコンクリの照り返しも合間って、怒りはさらに増していく。


 怒りは最早頂点を超えていたが、そこは宅建の営業マン。

表情に感情をにじませることなく、涼しい顔して肩で風を切っていた。

 流石は入社以来、ご優秀な成績を誇り続けたエース様である。


 彼、江東薫は、普段は本社に勤務しているのだが、わざわざ大阪にまで出てくるはめになったのは、ある物件のためだった。


 その物件、社内では″出る″ともっぱらの評判で、偶然にも入りたての社員が、その物件に関わった後で行方不明になるなど、騒ぎがあったお陰で、にわかにその与太話が現実味を帯びてしまったのである。

 噂は波及し、ついに上層部の耳に届くまでになってしまった。

 そこで様子を見てこいと、エース様に白羽の矢が立ってしまったのだ。そして着いて早々に今回のこの騒動。


 こんな下らないことで、査定を下げてなるものか!

 事故物件なら気にしない客や、怖いもの見たさで契約する好き者だっている!

 物件一つでどうしてこう騒ぎになるんだ!


 江東は大阪駅から環状線に飛び乗り、7駅目で降り当該物件に向かった。

 この辺のエリアは、古いマンションが多かったが、近頃は大阪再開発をにらんで、新たなマンションがたち始めている。

 当該物件もそんな中の一つで、新築なのに″出る″それも売り出す前から……。


 まだこの事は社内での噂で止まっているが、よしんばこれが外に漏れようものなら、これから売り出す主力商品に大きな傷がつく。

 それをお祓いと称して、大声でお経やら呪文やらお焚上げ等されたら、一発で近隣住民の知るところとなり、巨額を投じたマンションは売り出す前から不良債権と成り果ててしまうこと請け合い。


 なんとしても阻止せねば。


 やがて江東は、駅から500m離れたところの大きなファミリー向けマンションまでやってきた。

 これが例のマンションなのだが、白い外壁が清潔感があって、ガラス張りのバルコニーで開放感あるデザインとなっているので、一見すると怪異とは縁遠そうに見える。

 だが、ここの一階の南側にある一室に″出る″と言うのだ。


 江東はその″出る部屋″に向かった。彼はエントランスを抜け、居住区域に続く廊下に出るとツカツカと歩き出した。


 すると、あちらから人が歩いてくる。居るとするなら警備員くらいのはずだが……。

 江東は目を凝らした。

 どう見てもそれは、高校生くらいと覚しき少女である。

 少女はレモンイエローのパーカーに両手を突っ込み、黒いキャップを被り、腰履きにしたジーンズの短パンそして、足首まである黒のスニーカーを履いて、リュックを背負っている。


 何でこんなところに……?


 江東は慌てて声をかけた。


「ちょっと君!」


 ところが、少女はこちらを見向きもしないで立ち去ろうとする。


「待てっ!」


 江東はすれ違い際に彼女の腕を掴もうとした。ところが、


 バタンっ!


「あ……っ!?」


 江東は急に足を何者かに強く引っ張られ、その場で肘をつく間もなく転けてしまった。

 派手に転けたせいで、痛みのあまり直ぐには立てず、体を半身浮かせて自身の掴まれた方の足を確認した。当然だが、そこに人はおろか障害物すらない。


「……。」


 江東は少し困惑した。


 気のせいか? 

 イヤ……確かに足を掴まれた。


 その瞬間、ハッとしてエントランスに向かっていった少女の方を見た。


 少女はまだ立ち去らず、にこちらを見ていた。逆光で彼女の顔は見えない。

 しかし、キャップのつばから覗く、ギラリとした眼光だけはよく見えた。


 それを見た瞬間、江東は彼女が足を掴んだのだと直感した。

 あり得ないことだが、何故か強くそう確信したのだ。


 そう思うと、江東は彼女が人ではない者に見えて、恐怖すら覚え、痛みが少し和らいで動けるはずなのに、その場に根が生えたように動けなくなってしまった。

 少女はその様子をじっと、見ていたが数分もたたない内に、背を向けてマンションを出ていった。


「ま……待て!」


 江東はズルズルと起き上がると、彼女を追いかけ外まで出た。が、何処へ行ったのか、もう姿は無かった。

 カンカンと照り注ぐ太陽を真上から浴びて江東は眩暈がした。


 あの少女は何だったのか……。


 その後、江東はとりあえずマンションに戻り部屋を確認に行った。

 すると、部屋の中に一枚の封筒が床に置いてあった。封筒の中には


 ″床を剥がして掘れ。供養しろ。オッサンは間に合わんかった。″


 とだけある一筆書きが入っていた。どうやら例の拝み屋はもう仕事を終えたようである。

 しかし、これでは祓ったのかどうか判断できない。(単に問題点を見つけただけともとれる。)それに……(さっきおかしなモノを見たし……)。

 それで料金をとるとは、酷い商売だと腹を立てたい気持ちもあるが、それをすると″出る″ことを認めてしまったような気もして、素直に怒ることができない。

 それでも不幸中の幸いなのは、周り近所に判るような、仰々しいお祓いをしなかったらしいことだろう、それだけでも良しとするしかない。


 江東は報告を上げに、堂島の支店に戻ることにした。

 さて、上にどう報告をしたら良いものか、江東は道中の電車に揺られながら悩んだ。

 周り近所に知られはしなかったが、結局例の拝み屋はキャンセルできなかった。これに関しては、自らの失態であることに変わりない。


 しかも、まだ連絡のとれない同期のこともある。こちらも対処せねばならい。江東はまだ昼間だと言うのに、ひどく疲れた気がした。

 そうして気が重いまま、支店にまで帰りつくと、どうしたことかオフィス内が不穏な雰囲気でざわめいていた。近くにいた社員に訊ねると


「その……島崎さん江東さんの同期の……亡くなったって…。」


 江東はあの部屋から持ち帰った一筆書きを出した。


 ″オッサンは間に合わんかった。″


 そう例の拝み屋に依頼したのは同期の島崎だ。


「江東さん!? 大丈夫ですか? 顔色が……。」


 普段表情にに出さない江東が、このときばかりは蒼白となった。


 江東は直ぐに施工業者を呼びつけ、あの部屋の床を剥がして、コンクリートを砕き掘り起こさせた。すると……

 40~50cmくらいの御札が張られた猿? の割りには頭がやたら大きいが、ミイラが出てきたのだ。

 ミイラは漆で塗り固めた葛篭つづらの中に入っていて丁寧に何重にも布にくるまれた状態で地面に埋まっていた。物は一見してもかなり古いと判るもので、間違いなくここ最近のものではないだろう。


 その謎のミイラを掘り起こしたあと、江東は首を覚悟で、本社に報告をし下される決定を待った。


 ところが、江東はとくに責任をとらされることはなかった。


 勝手に基礎を砕いて、掘り起こしたのだから、処分されてもおかしくはなかったのだが、今回のことは、配管のミスがあったと言うことで片付けられた。

 そして、後に聞かせれたことだが、あのミイラは江戸時代頃の商家の家神だったもので、あれは猿ではなく赤ん坊のミイラだったそうだ。


 それから、あの拝み屋はきっちり仕事をしていたようで、お清めに持っていったお寺のご住職に、御神霊は抜かれているが、供養をしなければ障りがあると言われたらしい。


 お陰で(と言うのは癪に触るが)、あのマンションは無事売り出すことができ、売り上げも上々で直ぐに満室となった。

 満室になってしばらくたつが、これといったトラブルもないと聞く。


 江東は、マンションの売り出しが始まった時点で、東京の本社に戻り平穏を取り戻した。


 しかし、今でも黄色い上着を着た若いを見ると、ドキリとすることがある。


 あのとき出会った少女は一体何者だったのだろうか?


 人間……? だったのだろうか?


 だが、もう、どうでもいい。もう会うこともないだろう。






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