03話 都市アルヴァード 【2/2】

 10分後。


 ラーミアルが手を伸ばし、到着の合図をする。


 「アルヴァードでご飯が美味しいのはこのお店です!」


 看板には“ジューシーチキン亭”と、見慣れない文字で書かれている。

 都市に入ってからシュクは、所々に記された文字を眺めていた。ラーミアルと会話を可能にした旧・魔術、『永続的言語掌握』の影響か、文字も読めるようになっていた。文字は日本語の丸みのある品やかさには程遠く、角ばった線の集合だ。これは、練習しないと筆記は難しいだろう。

 ラーミアルは木の押戸を開ける。すると、食欲を掻き立てる肉の焼かれた香ばしい匂いが出迎える。そして、同じくして女性の店員であろう声がした。


 「いらっしゃいませー! って、ラーミちゃんじゃないか!」


 木造の4人掛けのテーブルが5列、3行で等間隔に並び、その奥には石壁で区切られ調理場が見える。店内には数名のスタッフが目を行き届かせている状態だ。

 その中の1人が2人の元まで駆け寄る。女性はこのお店で働く熟年者の貫禄があり、中年期ぐらいの容姿だ。怒ったら怖いが優しさに溢れる良いお母さんを思わせ、親近感がある。


 「ラーミちゃん、いらっしゃい!」

 「こんにちわ、タニャおばさん!」

 「ところで、隣の嬢ちゃんは誰だい?」


 タニャおばさんの質問に対しての答えを用意していなく、

 「えっ?」

 と、間の抜けた返事を返すラーミアル。間髪入れず、美少女は返答した。


 「えーっと、私の親戚の子なんですよっ!」


 焦りのせいか、開口一番が裏返り気味の店内に響く音量になった。ラーミアルは両腕を胸に引き込み、目をパッチリと開く。隠すことのできない嘘を信じてくださいと言わんばかりの、可愛い仕草で懇願する。


 「そうかい! よろしくな嬢ちゃん!」

 「よろしくお願いします」

 「礼儀正しいねー! 2人とも、席はこっちだよ!」


 タニャおばさんに連れられ、2人は席まで案内される。その間、ラーミアルは安堵した面持ちで体中から緊張の雲が抜けていく。

 「よかったー」

 と、密かに呟くがシュクの耳にはしっかりと聞こえていた。

 [嘘つくのが下手なんだな]

 シュクは無感情のまま、ありのままのことを思う。


 「ココねっ! 注文決まったら呼ぶんだよ!」


 とにかく元気が漲っているタニャおばさんは言葉を残し、他のテーブルに座る客席に向かう。

 着席をすると、ラーミアルが柔らかな表情で話し始める。


 「ここの牛肉の料理がとても美味しいんですよね!」

 「牛肉ですか?」

 「はい! ここのお店は、牛肉料理が看板メニューなんですよ!」

 「“ジューシーチキン亭”って店名なのに?」

 「はい」

 「それは店名を変えるべきでしょ」

 「チキンは美味しすぎて、メニューからも食べられちゃったんですかね」

 「なぜっ!?」


 お互いの顔を見合わせ数秒経つと、ラーミアルの口から小さく優しい笑いが出た。つられるようにシュクの面持ちも明るくなる。微笑ましい空間から惹きつけられるように、自然と店内にいる客の視線が集まった。

 ラーミアルは程なくして笑い終えると、薄いターコイズブルーの瞳を輝かせる。


 「決まりましたか?」

 「チキンがないなら仕方ありません。お勧めの牛肉料理を味わうとしましょう」

 「私と同じですね!」


 天使のような純粋の微笑みをし、ラーミアルは大きく手を上げた。


 「すいませーん!」


 すると、タニャおばさんが振り返り目が合う。


 「あいよー!」


 女性は声を高らかに響かせた。



 「お腹いっぱいですね。美味しくて幸せです! シュクはいかがでしたか?」

 「これは美味しいですね! 食べた後なのにまた来たいと思いましたよ」


 二人は椅子の背もたれに寄りかかり、料理に満足している。テーブルを挟み、食後の小休止をしていた。

 シュクはラーミアルから食事中の会話のことを思い出していた。


 ――都市アルヴァードや、魔術学園について多少の知識。この世界での食糧から始まり生き物や物質についても聞くことができた。

 食糧事情について食肉や魚介、野菜、穀物は地球のモノと遜色ないということがわかった。調味料は貴重品で唯一、出回るのが塩らしい。お店で提供されていた料理は、調理工程が少ない簡易的にできるものばかりだ。しかし、味は文句なしの絶品だ。

 生き物も大雑把に地球と同等の生物が生息するらしい。話の中には、“魔物”や“竜”などのゲームでしか登場しない単語も出てきたのがシュクの気持ちを複雑にする。

 物質については、一般常識な内容が通用せずに話に行き詰った。物理や化学の基本的な概念は、この世界で皆無ということか。一部の人間のみが知っているのかは、わかる訳がない。


 シュクは大魔導士に命じられて、代理を遂行するこの世界に不安感を募らせる。

 [ここにきて思っていたことだが電気や蒸気がないな。そうなると産業革命より前のレベルか。確か奴が球体説もこの世界の人間には通用しないと言っていたな。しかし、この世界は球体ではない可能性が‥‥‥ってありえないか。この様子だと私の研究を行うどころの話ではないな。さて、どうしたものか]

 小さい整った顔に手を当て、思索に耽けている。


 「おーい。おーい! シュク!」

 と、ラーミアルがシュクの顔に対して手を振りながら招いている。


 「そうですね‥‥‥。あっ、呼びましたか?」


 二人は顔を合わせると、ラーミアルが困った笑顔をしていた。


 「そろそろ、お店を出てもいいですか?」

 「あっ、はい」


 シュクは促されるように、立ち上がるとラーミアルの後について歩いた。テーブル間の通路を抜け、入口にある会計用の台に着く。そこには、活気のあるタニャおばさんの姿。


 「二人で銀貨4枚だよ!」

 「わかりました」


 ラーミアルはズボンの脇に括りつけた小さい布袋に手に取り、中身から銀色に光る4枚の硬貨を取り出した。大きさは2センチくらいで、シュクが都市内部で擦れ違った兵士の甲冑に示された紋章が両面に刻まれている。


 「はいよっ、ありがとねっ! また来てよ!」

 「ごちそうさまです!」

 「ごちそうさまー」


 2人は満足そうな顔色でジューシーチキン亭の外に出た。空は青空が広がり、賑わう人たちの話声が周辺から聞こえてくる。

 身体を伸ばしているのラーミアルを横目に、シュクは一つ言わなければいけないことがあった。黒髪のショートカットの幼い子は顔を上げた。


 「今回の料理代ですが、お金払えなくて申し訳ないです」

 「えっ!? なに言ってるの。気にしなくていいよ!」

 「いずれ返すので」

 「いいよ、いいよ。シュクみたいな女の子にお金を払わせる訳にはいかないよ。私もちゃんとお金を稼いでいるから大丈夫だよ」

 「では、“貸し”と言うことで。必ず返しますので」

 「わかったよ。いずれ、ね」


 シュクは大人として、少女にお金を払わせることに罪悪感があったのだ。一文無しの自身の状況に絶望する。

 [お金ぐらい持たせてくれよ]

 と、大魔導士に恨みを吐き出す。

 すると、ラーミアルが会話を続けた。


 「シュクって私よりも年下なのにしっかりしてるね。大人みたいに落ち着きがあって。私の方が子供に感じちゃうよ」


 「その通りだ」と、セリフを口走りかける。シュクは記憶喪失の設定を思い出し、そっと口を閉じた。

 言葉を閉じたラーミアルは、切ない気持ちの塊を心に置いている表情だ。その顔を見たシュクは、イケメン金髪のガーラの一件を思い出した。

 [あの時と同じ顔をしているな。涙も流してたし]

 と、研究者としての興味のような感情が湧く。シュクはラーミアルの瞳に問いかけるように言葉を紡いだ。


 「ラーミアル、君はそのうち大人になるんだ。だから、今は目の前のことを精一杯するといいよ。後悔しないようにね」


 すると、急に雑念を取り払うかのように、首を横に振る。


 「また、慰められてしまいましたね。‥‥‥これから話すことは私の独り言です」


 ラーミアルは感情を沈静させ、寂しげな瞳で空を遠望する。


 「私はある人と約束をしたんです。魔術学園で1位になると。だから、ガーラさんのような才能で努力を怠るような人を見ていると悔しいんです。私は何で弱いんだろうと。そのためにも学園では強くなることしか考えていません。そのせいで、友達はいないんですけどねっ!」


 哀愁さの残る笑顔からは心の痛みが伝わってくるようだ。遠くを眺めるラーミアルの表情は、目標への揺るぎのない魂が燃え滾っているのを感じた。


 シュクはラーミアルの顔を見ていると、昔の記憶がフラッシュバックした。

 ――“研究者になって失ったモノ”

 空虚な穴が空いた胸に手を当て、無理やりに仕舞い込んだ。フー、と吐息を漏らし気持ちを落ち着かせたシュクは再び話し始める。


 「ラーミアルのその気持ちがあれば、きっと1位になることだって夢じゃないさ。そういえば、さっきの食事中に学園には16歳から入れると言っていたけど、君も16歳だよね? 入学したのはいつですか?」

 「3か月前ですよ」

 「えっ、3か月!?」


 シュクは周辺にいた人たちが驚く音量で声を上げた。


 「学園って何人いるんですか?」

 「生徒だけでだいたい4000人と聞きます」

 「ということは、3か月で4000人中10位になったんですか?」

 「そうですよ。何か変ですか?」


 シュクは目の前の整った顔立ちの美少女を見ながら考えた。

 [努力家で良心的な子なのはわかるが、凄い危なっかしそうだな]

 客観的に見ると1人で頷いている不思議な幼女だ。ラーミアルはシュクの行動に何も触れず、拝むように手を重ね合わせる。


 「シュク、これから案内のついでにお使いに同行してくれませんか?」


 首を横に傾け、笑みを浮かべた。その顔を見たら断れる人はいないだろう。


 「いいですよ」


 そうして、前へと進み始めた。

 二人の隣り合う距離間は、僅かに縮まったように思える。

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