第四話「バスキン(浴びる&アイス)」

 木徳直人達がオカルト研究会で顔合わせをしていた頃。

 いつもの赤い眼鏡をかけた黒川ミズチは昼過ぎの繁華街をぶらついていた。


 数か月前なら当然だった行動も今は稀。もしなくなって久しい。

 あの頃から髪も少し伸ばした。

 彼や葛葉レイがいないから暇をもて余す。そんな女になった自分が彼女は不思議だった。

 誰かといる空気に慣れたのか、孤独を感じだしたのか。

 ミズチには理由が分からない。

 胸の奥にある見えないとげ。もどかしさが処理できない。


 見渡せば、行き交う人々はまるでアリの行軍だ。せわしなく移動している。

 この一人ずつが複雑な心の葛藤を秘めているとは、彼女には信じ難かった。


 また一人、雄の蟻が横を通りすぎる。


――」


 男がすれ違い様に呟いた。

 ミズチは奇妙な感覚に捉われ振り返る。

 少年だった。年の頃は彼女と同じ。

 こちらの顔を見ている。

 それでも無視した。


「あんたがか。確かに美人だ」


 普段はナンパには取り合わない。

 それどころか数ヶ月前なら乗った振りをして殺している。

 ミズチは歩きだそうとした。


「どこか見覚えもある。神内高のクラス違いかな」


 足を止めた。

 男としては女に似た甲高い声。耳にさわる。

 彼女は黒川美月として振る舞うか判断に迷った。


「俺はウォーマシン」


 ナンパにしては尖っている。

 ミズチは好奇に駆られた。まるで直人から感染している。


「レヴィアタン、あんたと


 心に従い振り返る。

 少年は不敵に笑った。

 そう思った次に、姿が消えた。


 彼女は一瞬二つの光を見る。

 本能的に首を引いた。

 山吹色の円輪の残光。

 喉元の膜をかすめる。

 反射的に蹴る。

 踵が空を切った。


 防壁がなければ頸動脈が斬られていた。

 目前に少年の姿が現れる。


「ちゃんと持ってるな、魔術防壁」

「こいつッ……二人目!」


 間合いを取ったミズチが唸る。

 ほとばしる殺意――

 だが視界からまたも少年の姿が消えた。

 魔術現象も発生しない。


「とりあえず、顔貸してよ」


 なぜか少年は背後にいて、背を向けている。

 瞬間移動にしか見えない。

 ミズチはの点で驚愕していた。


「人前ではあんたもやれないよな、レヴィアタン」


 引き下がる事はできない。


「いいわ、貸してやる」


 腹を括ってナンパに乗ると決めた。







 夕刻前のビルの屋上に二人は立っていた。人気ひとけはない。

 途中で何枚も見かけた『テナント募集中』の貼り紙。典型的な無人ビルだ。


「俺はここ、人もいなくて好きなんだ。良いでしょ、夜はネオンも綺麗で。上からの眺めも今では気分が良い。レヴィアタン、あんたはどう?」


 無表情なのが不気味だった。


「……ウォーマシンだったかしら。変な名前。お前の本名は知らないからいい。それより。さっきからレヴィアタンってそれ、何」

「あんたのゲームネームだよ。そう。俺の名前もね。プレイヤーなのに自分の事も知らないんだな」

「ゲームって。これがゲームだと思ってるの?」

「ゲームだよ。何もかも。俺はこうなって嬉しいんだ。自由になれた。才能も発揮できる。もう自分の行動を気にしなくてもよくなった」


 彼女は少年が社会から乖離かいりした怪物に見えた。


 ――それはあたしもか。


 自嘲した。


「少なくともあたしはゲームだとは思ってない」

「いいさ。あんたがどう思おうと事実は変わらない」


 その間、ミズチは魔眼で敵を捉えていた。

 半透明の膜を確認する。


「――あんたも持ってるよな、眼を」

「どうしてそれを」


 驚く彼女の目をウォーマシンが人差し指と中指で差す。


「見えてるか? 俺の防壁」

「……だったらなんなの」

「ははっ。なら俺もプレイヤーだと分かるな」


 更に二つの指先で自身の目を差した。


「俺もちょっとした眼を持ってる。厳密にはもう一つのをね。視野であんたを見つけられた。いや、色々教えてもらったと言った方がいいな――」


 目を差した指で自身の眼球を撫でる様に円を描く。


「――情報の眼球ここから頭に入ってる。それで得られた視野でここに来るまではできた。けど視野はビルの屋上に来たら消えたんだ。だからこの先は俺にも未知だよ」


 両手を後頭部に回した彼は、味わう様な笑顔を作っていた。


 ――躬冠司郎と似てる。他人から吹き込まれた?


 しかし躬冠よりも恐ろしい敵だと感じた。その量の点で。

 つまり能力者は重要な知識量に明らかな差があるとも考察する。


「ぺらぺらとよく喋る男」

「ゲームは双方がルールを理解してこそ面白くなる。それに楽しくてさ。いつもはこんなお喋りでもないんだ」


 ミズチには少年の目的が見えてきた。要はコイツも殺し合いがしたいのだと。

 だが自身では以前程の衝動や愉悦を感じない。奇妙な心境だった。

 ふとウォーマシンがゆらりと動く。

 瞬間的に察知した彼女の方が速い。

 殺意が膨れ上がる。

 押し潰す重力。

 彼の足元の地面がヘコむ。

 だがその体勢は変わらない。


「へぇ、これがレヴィアタンの死の魔術」


 ウォーマシンが両掌を開く。


「俺の武器はこれ」


 両掌に発光体。

 発光体が伸びて長剣と化す。


「……ビームセイバー野郎」


 ミズチが忌々しさでののしる。


「もっと楽しめ、レヴィアタン。そして“”とやらを見せろ。一体どんな力なんだ――」


 声を残して少年は消えた。

 重力場も消失する。

 剣の湾曲だけは見えたが、謎の言葉の真意を探る暇はない。

 彼女は瞬間的に二つを思い出す。


 一つは超高速又は瞬間移動。残光で前者の方が有力。

 二つは初めて知る自身の弱点。視界内に捉えないと感情の向きが定まらない。

 殺意が高まる前に姿が消えると殺害同等。


 ――眼鏡が好きな理由、これかな。


 暢気のんきな結論。

 銀色のアサメイを取り出す。

 瞬間、気配を感じて飛びのいた。

 円輪の残光。

 ウォーマシンが姿を現す。

 両手には元の長剣二刀。

 光の刃が舞う。

 異なる角度から襲い来る光をミズチは素早くかわす。

 かわせない斬撃は膜が防いだ。


 ――前回より緊張感がない。


 彼が右手の剣を振り下ろす。

 ナイフで受け止める――

 だが光は刃をすり抜けた。

 髪に触れる――

 前に膜で光が止まる。


 ――躬冠と同じ。人を捉える光か。


「ウォーマシン、お前も躬冠司郎と同じ」

「学校の有名人か?」


 ウォーマシンのステップが止まる。


全部情報ブラックの通りだ……そいつが一人目!」

「ブラック?」


 山吹色の剣も消えた。


「今日はここまで。前哨戦としては楽しかったよ。あとそうだ。あんたのペットの、名前はそう、ビーに宜しく」

「B? 直人くんの事か?」

「そう。けど黒のBじゃない、ひ弱な白猫ホワイト

「直人くんはあたしのペットでも猫でもない。ふざけるな」

「へぇ。それなら何?」

「直人くんは、。お前が考えてるよりずっと強い。

って。笑っちゃうな。あんたの名前だ、

「ならあたしがお前を殺す」

「まあいいさ。ゲームの本番は明後日の夜。バトルステージは区立公園。もし来なければBもオカルト研究会の連中も殺す」

「直人くんは殺させない」

「なんなら連れてきてもいいよ。龍とやらをね」


 微笑した彼は姿を消した。

 残されたミズチはアサメイを握りしめた。



  *



 部室を後にした直人は、レイと並んで帰路を歩いていた。

 告白めいた発言をされて気まずいのは否めない。けれど滑り出しは彼から。


「さっきの話だけど」

「あ、うん。あんま気にしないで!」


 彼女はけろっとしていた。


「そうは言われても……気にはする」

「だよねぇ。とりあえずさ、うちらだけの秘密で! 特にミズちゃんには内緒」


 レイが照れた様に笑う。


「それにウチはね、多分木徳が考えてるより欲張り」

「欲張りって?」

「ミズちゃんの事も好きなんだ」


 困った顔で頭を掻いていた。


「――けどそれよりも、多分木徳の方が好き」

「そうなのか……」


 他に言葉は出なかった。


「ねぇやっぱりさ。呼び方、直人って呼んでいい?」

「別にいいよ」

「じゃ直人で! ウチもレイって呼んでよ」

「レイ……」

「そう!」


 ポーンと肩を叩かれた。

 微笑む彼女が満足げに呟く。


「楽しいな」


 彼は気づいてしまった、


「直人。今度一緒にアイス、食べいかない?」


 レイの女らしさを。

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