第四章『ブラックサイト』

第一話「スーパーゲーマー」




 神内高校二年の霧争むそう和輝かずきは、夏休みが始まる頃でもまだ不登校だった。

 登校したのは新学期が始まってから数日。

 何かあったわけでもなく、突然学校へ行くのをやめた。

 このままでは単位も取れず留年か退学。それでも彼は部屋に篭って四六時中オンラインゲームに時間を費やしていた。

 成果もあって、界隈で『ウォーマシン』は有名なプレイヤーになった。


 両親は昔から和輝の考えが分からなかった。

 いさめても無言で返す息子では波風も立たない。

 大抵は扱い易い。だが通じない時は徹底して不通だった。

 今は反抗期が原因だと両親は決めつけていた。


 整頓が行き届いた部屋。

 最新のVRゴーグルを装着した少年が椅子に座っている。

 ゲームが一番の趣味である和輝は、求道者の様に黙々とプレイしていた。

 静かに佇む彼は手のみ動かしている。


 和輝が傾倒しているのは一人称シューティングアクション『ソード&ガンナー』。

 このゲームでは実在の銃が出てくるだけでなく、幻想的な剣も扱える。

 描写が極めてリアルなのも魅力。成人指定もされていたが守っている者は少ない。

 大半のプレイヤーは銃、又は銃と剣両方を使うが、彼は

 剣だけ扱う難度と腕前、チームには属さずソロで高スコアを稼ぐ。

 それらがウォーマシンを高名にした。


 今回も銃弾をかわし一人で敵プレイヤーを三人斬り殺しての勝利。

 即席の仲間三人に別れの挨拶を済ます。


ウォーマシン『お疲れ様』

リドル   『流石ウォーマシン、噂に聞いた通りのプレイング』

クライン  『良い対戦だった』

ウォーマシン『ありがとう』

メイ    『久々に勝てました。またお願いします』

ウォーマシン『では』


 流れたチャットを一瞬で読み終える。

 ウォーマシンこと和輝がログアウトしようとした時、電子音と共にメッセージが入った。

 他の三人が順次ログアウトする中で彼はメッセージを開く。


『完敗です。有名なだけありますね』


 敵チームで和輝が唯一仕留め損ねた“イエローバスタード”からだ。


『あんたこそが上手かった』


 イエローバスタードの高級に手こずり、結果的に味方二人がやられていた。

 最後はウォーマシンと連携をとったメイが仕留めた形。

 和輝が返信して画面を閉じようとするとまたもメッセージが入る。


『対戦できて光栄でした。こんな機会は余りないと思いますので、ぜひお耳に入れたい話が』

『何?』

『ブラックサイトはご存じですか?』

『ネットの都市伝説? 噂だけなら』

『私はよく知ってます。貴方好みですからぜひもっと知ってもらいたい』


 彼が回答するより早く新着メッセージが鳴る。

 開くとURLのリンク。


『覗いてみて下さい。では失礼します』


 退散する様にイエローバスタードがログアウトする。

 和輝はアドレスを一瞬凝視したが、噂を知っていただけにほぼ反射的にクリックした。




 ――彼の眼球が真っ黒な画面を捉える。




 目前の暗黒も彼のを捉えた。



  *



『ねえ知ってる? ブラックサイトの話』

『都市伝説? ネットに現れるっていう』

『そう、見つけた人の願いが叶う』

『サイトにあるおまじないの話だっけ』

『黒魔術って噂もあるよ。中には行方不明になった人もいるんだよ』

『サイトから変なメールが来て行方不明になる噂は聞いた』

『最近まで行方不明もよく起きてたし』

『そういえば三年の躬冠みかむり先輩も行方不明なんだって』

『嘘……やっぱり?』

『もしかして、のかな』



  *



「酷い話」

「書いてる時は案外楽しいよ」


 葛葉くずのはレイの一件も落ち着いた翌日のアジトで、赤い眼鏡の黒川ミズチに向かって木徳きとく直人が軽薄そうに笑った。

 彼女はふと思う。前からこんな笑い方をしてたか。だがすぐ流した。


「楽しいんだね。酷いけど好きだよ、直人くんのお話と雰囲気」

「ありがとう。聞かせた甲斐がある」


 新作掌編の朗読を聴いたミズチは至福の感覚を味わった。

 この為に彼も生かしているという再確認。

 直人が聞いてくる。


「それにしても姿勢が変じゃない?」

「そう? こうして聴くのが気分良い」


 四肢を地に着けた類人猿に近いポーズ。体も揺らしていた。


「その……スカートが。見えるっていうか」

「ミズチは気にしないけど気になる?」


 彼女が座り直す。

 彼は落ち着いた様子で、ミズチは余韻に浸っていた。


「次の話が待ち遠しい」

「葛葉の件、約束通りなら」

「うん。レイの件は我慢する」

「悪い子じゃないよ。ミズチの事も気に入ってる」

「そうなの? あたしには分からない」


 でも危険が及ぶなら殺す、と言いかけて引っ込めた。


「そうだよ。もっと話した方がいい。僕抜きでも」

「今度話す。けどレイは匂いが嫌い。煙草臭い」

「煙草か。僕は気づかなかったけど葛葉なら吸ってそうだ。ミズチは鼻も良いの?」

「多分。直人くんの匂いは好きだよ」


 彼は当惑を見せて視線をそらしたが、彼女はレイを思い浮かべていた。


 似た体型で背は少し高い。胸は比べてやや小ぶり。

 東洋より西洋の印象を感じる。

 漂う愚鈍さと下品さ、親近感や実直さ。

 オカルト趣味。共通するのは超常への適応性。

 黒川組にはいない不良的な雰囲気もアウトローとしてなら共通。


 ――レイに恋人はいるのだろうか。


「そろそろ僕は帰るよ」


 イメージを一旦消す。


「うん。また明日」


 視線で見送る。

 この調子なら直人とずっと上手くやっていけるのではないかとミズチは感じた。



  *



 体育祭も過ぎて夏休みに入る頃、オカルト同好会が設立された。レイの申請が通ったのだ。

 予想外の彼女の行動に教師もクラスメイトも驚いた。

 きっかけは二人との出会い。常識の一線を越え、自己の殻も破った。

 代償もある。

 現グループでは異端となり、レイは外れた。旧来の仲間達とも疎遠になる。

 けれど彼女は気にしない。

 新たな仲間も得た。




 元々倉庫代わりだった一室のドアに『オカルト同好会』の名札がかかっている。

 扉を開いたレイは先客に気づいた。


「葛葉会長、お疲れ様です!」


 縦長の部室で可愛らしい声が響く。

 一年生の彼女が唯一の会員だと再認識した。


「もう来てるなんて驚き」

「掃除しようと思って。会長にさせられませんから」

「会長って……。馴れないなぁ」

「同好会だから会長ですよー」

「そうだけど。先輩とかさぁ」

「あははは」


 を思わせる彼女が笑う。

 この子はモテるだろうと察した。


「そういえば、良い情報を仕入れたんです!」

「情報? 何っ?」

「ブラックサイトって知ってます?」

「勿論! 最近少し話題になってんね」

「それが……私、見ちゃったんです。ブラックサイト」


 レイの空気が固まった。


「嘘!?」

「本当です」


 だとしたら凄い情報。レイの興味が一気に膨らむ。


「マジならどんな?」

「真っ黒でした」

「そんだけ?」

「少しすると別ページに飛ばされました」


 レイが前のめりになる。


「なんか書いてあった?」

「ありました。噂通りお呪いみたいな」

「それ覚えてる!?」

「メモしましたよ!」

「流石!」


 彼女がいて心底嬉しい。副会長の立場も与えるべきかと考える。

 少なくとも部室で煙草は吸えないと肝に銘じた。


「どうします?」


 自分の唾を飲む音が聞こえる。


「ウチがやるしかないっしょ。オカルト同好会だし」

「ですね。メモ、見ますか」

「待った。心の準備」


 胸に手を置いて気合いを入れる。

 差し出されたメモを見た。


曜の術。』


 綺麗な字だった。

 更には儀式的な方法が端的に記されている。


「……人数が足らないわ」

「私も思いました。頑張って集めるしか」


 レイは彼女を見据えて頷いた。


 ――この子がいなかったら会もなかったかも。


 設立前に知り合えたとの縁。

 レイは感謝した。

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