107、クビ

「それより、さっき〝大鷲〟の人が来てたよね。何の話?」

「あぁ、スコルピオと〝大鷲〟のスポンサー契約の話ですよ」


「? それはもう終わったんだよね? 今回の騒動の責任を取る形で」

「ええ。ですが、スコルピオがここから這い上がる事があるのであれば、もう一度スポンサー契約を結ぶ意思がある、という事らしいです。有難い事に〝大鷲〟の捜査官の方にスコルピオの武具が好評で、ぜひもう一度、という声が上がってるそうで」


 ベルンの顔はとても嬉しそうだ。こちらも顔も綻んでしまう。


「へぇ、良かったじゃん。ならとっとと会社を立て直さないと」

「そのつもりです。なので早いとこ退院したいのですけど、何故か退院させてもらえないんですよね。どうやら、とある女性からの圧力が掛かってるらしくて」


 ベルンらしくもない、ねちっこい言い方だ。けど、その程度で負けてたまるか。


「大変だねぇ。会う事があったらあたしから厳しく言っておくよ。平気なフリをする癖がついてる人だから騙されないで、って」

「だから私はもう元気……いえ、キリがないですしもうやめましょう。あぁそれとウェレイ、あなたは社長秘書をクビにしますので、そのつもりで」

「うん、分かっ……えぇええぇぇぇぇぇぇぇえ!?」


 病院内である事を忘れ、絶叫。すぐさますっ飛んできた看護師さんに平謝りした後、ベルンに詰め寄った。


「あたしがクビ? 何で!? 一人娘が路頭に彷徨ってもいいの、ねぇ!」

「人聞きの悪い。あなたの為を思っての判断です」

「詳しく話を聞かせてもらおうじゃん。何をどう考えたら、あたしをクビにする事があたしの為になるのかを」


 これでも、いつベルンが復帰してもいいように慣れない仕事に手を出そうと奮闘し始めた矢先なのだ。いきなり冷や水を浴びせないで欲しい。


「私はあなたに会社を継いでもらうべく、秘書業を経験させてきました。ですが今回、あなたが黒幕の彼女を追う姿を見て考えが変わりました」


 ベルンは神妙な、けれどそこか安らいだ顔でウェレイを見やる。そこには、父から娘への思いやりで溢れている……気がした。


「あなたには、次代の社長という席は不釣り合いです。ですので、秘書業で経験を積む必要もなくなり、それどころかスコルピオに所属する事すら不要かな、と」

「……それって、あたしに社長なんて務まるわけないって事?」

「逆です。あなたのその行動力は、スコルピオという器だけでは収まり切らない……そんな事を思ったんですよ、私は」


 器に、収まらない……? 初めて言われたそんな言葉をぽつりと繰り返すウェレイに、ベルンは微笑みを絶やさずに続ける。


「そもそも社長の椅子を世襲制で継いで行く体制が少々古臭いですし。過去には、いくら会社に貢献しても重役止まり、という事に失望して辞めた人もいました。これを機に、スコルピオも変わるべきなのでしょう。社長である私の考え方を含めて」

「…………むぅぅぅ」


 言いたいことは分かるけれど、それが自分のクビに繋がるのはやっぱり納得がいかない。けど、ただ『イヤだ』と返すのは駄々をこねてるだけのようにも思える。


 そんな複雑な思いから、ただ唸り続けるウェレイ。その肩に手を置き、ベルンは分かっています、とばかりに続けた。


「色々思う事もあるでしょうが、あなたはあなたのやりたい事をやりなさい。私はそれを応援する。親子とはそういうものでしょう?」

「……かもしれないけど、あたしは今までずっとスコルピオの為にやってきたし」


「今すぐに見つけろとは言いません。新しい事に挑戦し続け、それでも見つからなければスコルピオに戻ってきなさい。それまでには前以上に立派な会社に立て直しておきますよ」


 すらすらと出てくる言葉。ベルンの中で、しっかりと考えた末の結論なのだろう。なら、その厚意に甘えてもいい……のかな? 


 でもやりたい事、かぁ。特に趣味とかもないんだけど、どうしよう。


 と、ベルンが話題を変えた。


「そういえば、果物はどうです? 社員の方達が持ってきてくれたのですけど、あなたの方が甘いものは好みでしょう?」

「あ、そうなんだ。うん、貰う。あたしが剥くよ」


 ベルンが指さした先には、バスケットにこれでもかと詰め込まれた色とりどりの果物。確かにこれは一人では食べきれなさそう。


 うん、悩むのは後にしよう。ウェレイはバスケットに向かいながら、その美味しそうな色合いに少しだけテンションが上がって、いつもの癖で指を鳴らしていた。


「え?」「はい?」


 ベルンとウェレイは、同時に素っ頓狂な声を上げた。


 バスケットが消え、ウェレイの目の前に移動したのだ。突如空中に出現したそれは重力に従って落下、果物が床を転がる。


「ウェレイ、今のは……ですが処置はもう終わって……?」


 目を丸くするベルン。それはウェレイも同じだった。


 けれど、驚き以外の感情も確かにあって。


(……やりたい事、見つけたかも)


 自然と、ウェレイは笑っていた。

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