85、面影とビンタ 2

「そう言えば、ヴェネさん」


 と、ミオナが思い出したように口を開いた。


「前に言ってましたよね? 人獣化について研究してた知り合いがいると」

「……うん、言ったね。僕らのいた組織にサポートされた上での研究だから、厳密には個人の研究とは違うけど」


「参考までにお聞かせください。どのような組織なのです? 聞く限り、『四大技術』からはかけ離れた位置にいるようですけど」

「考えても無駄だよ。もう解体された、って噂を聞いたけど、それが真実かどうかすら分からない。そんな不確かすぎる可能性を考慮に入れてもややこしいだけ。せいぜい、そこでの〝人獣化〟の研究と例の薬の関連性には注意しとくべきかな、ってぐらい」


 ヴェネは二杯目のココアをぐいと飲み干し、ビリヤード台の上にカップを置いた。


「でも……そうだね。どいつもこいつも頭のネジが外れてる、って意味合いでは『四大技術』の対極にある組織だとは思うよ」

「ヴェネさんの目から見てすらそう見えるという事は、相当なのでしょうね」

「はは……」


 ミオナの毒舌にも、乾いた笑いを返すばかり。と、ウェレイは気付いた。


「ヴェネ君……手、震えてる?」

「え……あ」


 その時になってようやく、自分で気付けたのだろう。ぶるぶると震える自分の右手を持ち上げ、左手で抑え付けた。


「情けないね……あいつらの事を思い出すだけで、このザマだよ。どこが〝死神〟なんだか」

「…………」


 彼がどのような経緯を経て〝大鷲〟に入り、〝死神〟と呼ばれるに至ったのか、ウェレイは全く知らない。


 人獣と真正面から退治し、屈服させる程の〝力〟を持っている事は確かなのに。その〝死神〟が怯えている、というだけでも、その組織が普通じゃない事は推して知れた。


「……ヴェネさん、私を見て下さい」


 と、ミオナが笑顔でヴェネに言った。


 一応、彼女はヴェネのパートナーらしい。落ち込むヴェネを励ますのかな


「ぐだぐだうっせぇぞクソガキ!」


 と思いきや、ミオナの態度と特徴が豹変した。全力で振り抜いた彼女のビンタがヴェネの横っ面に炸裂、勢いよく倒れ込んだ。


 ウェレイとレミリィが目を瞠る中、頬を押さえたヴェネが呆然とこぼす。


「み、ミオナ、さん……?」

「男のくせにぴーぴーみっともねぇんだよ! 次に弱音吐いたら目ぇ潰すぞ、分かったな!」

「あ、はい……分かり、ました」


 こくん、と頷くヴェネは、まるで子供の様に見えた。と、ミオナが纏っていた剣呑な雰囲気があっという間に霧散する。


「……とまぁ、母ならば今のあなたにこんな説教をしたでしょう。少しは元気が出ましたか?」


 え? 今の、元気を出させるためにやったの? 完全に追い討ちに見えたけど。


 一方のヴェネは、少しの間を置いてゆっくりと立ち上がる。心底愉快そうに、肩を揺らしながら。


「やっぱライラさんの真似だったんだ。声もそっくりだったよ、ありがとう」


 ありがとう? 思いっきりビンタされたのに、ありがとう? ねぇヴェネ君。


「けど、ちょっと惜しいかな。ライラさんなら、ビンタじゃなくて鉄拳制裁だったに違いないからね」

「そうですか。まぁ、私はそこまで野蛮ではありませんので」

「ライラさ~ん、実の娘にディスられてますよ~?」


 いや、ミオナ? ヴェネ君の過去を思い出させて、テンション下がったところをビンタして説教って、やってる事だいぶ野蛮だからね?


 けどまぁ、何だかんだでヴェネ君の顔に笑顔が戻った。無茶苦茶なやり方だったけど、当人達が納得してるみたいだしいい、かな? うん。

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