78、自己紹介

 と、ウェレイ……ではない彼女がこちらに向き直り、ウェレイにはけして真似できないような慇懃な仕草で腰を折る。


「彼女の姿を借りた事、お詫び申し上げます。捜査上、必要な事でしたので」


 顔を上げた彼女は、スーツの内側から何かを取り出した。と、彼女の周囲を白い靄のようなモノが漂い始め、その姿を覆い隠す。


 そして、靄が晴れる。この間、1秒強。たったそれだけの時間で、彼女の姿は様変わりしてしまっていた。


 飴色の髪、ウェレイよりも二回りほど大きい長身、全身を覆う黒装束。彼女は抑えられた重役達をぐるりと見渡し、


「初めまして、愚鈍な老人達」


 静かな威圧を振りまきながら笑った。


「〝土竜〟の捜査官であり、〝雲狐〟の娘でもあるミオナ・ヴァイルブスと申します。この意味、あなた達であればお分かりになりますよね?」

「…………っ」


 顔を引きつらせて鼻白む重役達。ベルンにはその意味が良く分からなかったが……いや、待て。〝雲狐〟……それって確か、模倣犯の……?


「ごめんね、ミオナ。あたしの身代わりみたいな事させて」

「お気になさらず。素人の銃撃1つかわせないようであれば、私に〝土竜〟の資格はありませんから」


「かもしれないけど、ありがと。あと……今の変装ってどうやったの?」

「体格や服装の話であれば、道具でそう見える〝幻影〟を纏っただけです。声色は私自身で変えたモノですけどね」


「そっか……やっぱ捜査官って凄いね」

「ま、それはさておき」


 ヴェネが一つ手を打つ。ぱん! と銃声と聞き紛うばかりに甲高く鳴り響いたそれに、その場にいた者全員の視線が吸い寄せられた。


「まず、一から説明した方がいいかな? 特に、ベルン社長にとっては寝耳に水どころの騒ぎじゃないと思うし」


 軽い調子でそんな事を言う。けど、確かにその通りだ。


 ヴェネは〝大鷲〟の人間。恐らく、重役達を拘束している男達もそうだろう。


 心当たりがある事と言えば、やはり裏取引だ。それが度を過ぎてしまい、〝大鷲〟が重い腰を上げたのだ……と少し前まではおぼろげに感じていた。


 だけど、違う。それにしては、さっきから理解のできない言葉が飛び交い過ぎている。


 まるで、裏取引と言う〝闇〟の奥に、更なる〝闇〟が隠れているかのよう。


 黙って続きを待つベルン。ヴェネは1つ頷いた。


「きっかけは3日前。ウェレイさんが模倣犯に襲撃された日から僕達の捜査は劇的に進展して――――」

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