70、分析
「薬っていうのは、異質な成分を血液内に混入して症状の改善を図る方法だよね。もしその薬に問題があるとしたら、中にある異質な成分が原因となっているって事。ここまでは分かる?」
「あ……う、うん」
「なら血を抜いちゃえばいい。って事で、深手を負わせて血を流させれば人獣化は解けるんじゃないかと当たりを付けてみたら、とりあえず成功したって感じだね」
でも、とヴェネが法術の道具を取り出しながら言葉を継ぐ。
「人間は血液全体の3分の1を失うだけで死の危険性がある。成分を抜く事だけを意識し過ぎると、今度は失血死の危険性が高まる。だから、人獣化が解けたの確認してすぐにこれを使って応急処置をしたんだ」
「……なるほど」
つまり彼らは今、失血死ギリギリの状態で辛うじて命の灯火を燃やし続けているわけだ。話を聞く限りではバクチに近い処置に思える。
が、正当な手順を踏んで問題の成分を抜き出すにはかなりの時間が掛かる。人獣化した人間は、その成分による症状が進行した結果か、ほどなくして跡形もなく融けて消えてしまう。そうなる前に処置を終えるには、これくらい手荒でなければならないのだろう。
「もちろん、血を抜くだけじゃ処置としては不十分。あくまで応急処置だよ。病院か専門の機関に早いとこ収容して貰わないとヤバいだろうね……ミオナさん?」
「もう既にエレノアさんに連絡済みです。じきに救護班を連れて来られるはずです」
「さすが、行動が早いね」
「バカにしてますよね、それ。捜査官として当然の行動です」
「はは、〝土竜〟の人が〝大鷲〟に連絡するのが当然の行動なの?」
「……うるさいですね。そんなにかち割られたいのですか? メガネ」
「最近、思うんだけど。みんな、僕の事をメガネが本体だと思ってない?」
「違うのですか?」
「真顔で言われるとさすがに傷つくよね、うん……」
がっくりと項垂れるヴェネ。さっきの〝死神〟然とした寒気のする佇まいと比べて、なんと頼りない事か。
ヴェネ・ミラージュ。相変わらず不思議な捜査官だ。
「けど、ひとまずこのやり方が成功して良かった。エレちゃんの法術を事前に込めて貰った甲斐はあったね」
「ええ、常に携帯していて正解でした……彼らをこのまま死なせずに〝大鷲〟で拘束できたとして、有用な情報が得られればいいのですがけれど」
「そうだね。でも、まずはウェレイさんから詳しい話を聞くべきじゃないかな?」
ヴェネが柔らかい、けれどちりちりと痛い視線を投げてくる。ウェレイの背筋が自然と強張った。
「さっきの彼も言ってたよ。あらかじめウェレイさん1人を狙うように指示を受けていたってね。模倣犯が企業じゃなく個人を狙った例は一度も無いのに」
「それは……でも、だからと言って」
「それに、ウェレイさん。どうして初対面のミオナさんの年齢やファミリーネームを知ってたの? 他にも幾つか気になる事を言ってたし、話を聞かせてくれないかな?」
「…………」
ヴェネの顔は笑っているようで、笑っていない。
まぁ、当然だよね。あれだけ匂わせるような事言ったんだから。
でも、ヴェネの言葉から責められているような感覚を覚えてしまったのは、やっぱり自分が後ろめたい事をしていた証なのかな。ウェレイは乾いた笑みを漏らす。
「……うん、話す。話すよ。でも、あたしだけだと意味が無い。彼女も、呼ばないと」
「彼女……誰の事かな?」
「私じゃよ」
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