67、人獣

 苦悶の雄叫びを上げたのは、クモの巣に捕らわれた男。


「くっ、ヴェネさん!」

「分かってる!」


 男から距離を取るミオナ。と、クモの巣の中でもがいているだけだった男が、ぶちぶちぶちっ! と力任せに拘束を断ち切った。


 風の超能でびくともしなかったクモの糸を、その肉体の膂力だけで引き千切ったのだ。素人目で見ても、明らかに常人の力によるものではない。


(あれが、人獣化……)


 猛烈な勢いで生えた毛が黒覆面を引き千切り、黒装束をずたずたに切り裂く。丸みを帯びていた爪が鋭利に伸び、発達して太い牙となった犬歯が口元から覗く。めきめきと骨格が歪む気味の悪い音と共に変容していく。


 おぞましい光景だった。人が少しずつ、けれど確実に人の形を失っていく。


 ウェレイはその様にどうしようもなく恐怖を抱き、そして僅かに滲み出る怒りに拳をぐっと握りしめていた。


「な、何だよ、あれ……!」


 片割れの身に起きた異変に、男の顔が青ざめる。


「ま、まさかあれって人獣ってヤツじゃっ、ぐっ、げぇっ!?」


 突然嘔吐する男。その身体も、少しずつ人獣と化していく。


「お、俺も、あぁなって……い、イヤだ、死にたく、ない……!」


 男の声に、人ならざる雄叫びのような響きが混じり始めていた。ヴェネはそんな男を冷ややかに見やり、ナイフを構えた。


「お、お願い、だ……こ、ころ、さな……、…… 」


 男の意識が完全に途絶えたのが、傍目からでも分かった。依然として体の人獣化は続いているが、彼の瞳に宿る色が、ふっと消え去ったから。


 そこにいるのはもはや、理性を失い、本能に支配された獣でしかない。


「……はは。〝燕〟は殺す事しか能のない集団、とでも思われちゃってるのかな」

「そう思わせる説明をしたのはあなたです。自業自得でしょう」

「耳に痛いね。じゃ、汚名返上がてら彼を助けるとしますか」


 合流したヴェネとミオナが軽口をかわす。けれど、人獣2匹を注意深く観察するその瞳は、ゾッとするほどに鋭い。


「ウェレイさんは下がってて。正直、そっちの安全にまで気を配れる自信が無い」

「う、うん! でも、助けられる、の?」


 人獣化したらもう助ける方法は無い。そう、書いてあったはずなのに。


 ヴェネはこちらを見て、笑った。


「助けられるかどうかじゃなくて、助ける。それが僕達、捜査官の仕事だよ」

「ヴェネさん、来ます!」


「りょーかい。打ち合わせ通りのサポートを頼むよ、パートナーさん!」

「お任せを!」


 本能でヴェネとミオナを敵と見なしたか、威嚇交じりに吠える人獣。遠目で見る限りだと、2匹とも犬や狼に似た姿をしている。


 ヴェネ達が同時に駆け出し、二手に分かれて人獣達に向かっていく。その様子をウェレイは見守るほかなかった。

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