68、回帰

 正面から人獣に立ち向かい、空間跳躍で回避と同時にナイフで切りつけるヴェネ。


 ヴェネが2匹と同時に交戦する事が無いように人獣を牽制し、特注の銃が撃ち出すクモの巣で一時的ながらも動きを阻害するミオナ。


 動き一つ一つを目で追う事は出来ないけれど、ヴェネ達が優勢のようだ。ナイフが確実に人獣に傷を負わせ、鮮血が公園の地面をてらてらと濡らしている。


(でも、あんなに傷を負わせちゃったら死んじゃうんじゃ……)


 と、ヴェネのナイフが人獣の体を捉えた。深々と人獣の体に突き刺さり、獣のそれにしか聞こえない呻き声を上げる中、ナイフが引き抜かれて大量の血が噴き出した。


 力を失い、地面に横たわる人獣。やがて、その体に異変が起きる。


 激しく痙攣を始めたその体から毛が抜け落ち、歪められた顔、体の造形がゆっくりと人の形へと回帰していく。


(……戻った、の……?)


 そのように、見える。未だに痙攣を続けてはいるものの、黒装束とは呼べそうもないボロキレを纏ったその体は元の姿を取り戻していた。


 とは言え、顔面は真っ青で、血も現在進行形でどくどくと流れ続けている。放っておいたらすぐにでも死んでしまいそうだ。


 と、ヴェネが男に急いで駆け寄りつつ、懐から球状の何かを取り出した。それを男の頭上で掲げ、


(あ……綺麗)


 握り潰した。途端、球の中に詰まっていたであろうモノが溢れて零れ落ち、ウェレイは思わず場違いで不謹慎な感想を抱いた。


 それは、光。光の雫が男の体に降り注ぎ、慈しむように纏わりつく。法術だ。


 ウェレイにとっては、法術は〝命に干渉する〟なんて小難しい力じゃなく、光で包み込んだモノの傷を癒す〝力〟でしかなく、目の前の光景はまさにそれだ。その証拠に男の顔色が少し良くなって痙攣も収まり、血も流れ出なくなっている。


 今、ヴァーヌミリアでは〝力〟を伸ばす事よりも、〝力〟をより普遍的に用いる事が出来るようにする研究が盛んだ。そして、治療に用いられる法術はそれを携帯できるようにする道具の開発が真っ先に進められたと聞く。


 きっと、それだ。ウェレイが目の前で起きた事を自分の中で納得したのとほぼ同時、男の様子を見やっていたヴェネが思案気に呟いた。


「……うん、とりあえず融ける気配は無し。法術もちゃんと機能してるみたいだし、一応は成功、ってとこかな」

「ヴェネさん! 1人で悦に浸っている暇があるならもう1匹を……!」

「おっとごめん。すぐ行くよ!」


 空間跳躍で次元を超え、ミオナに合流するヴェネ。相手が獣という事もあってか、どこか闘い難そうに見えたけれど、二人掛かりでもう1匹も一気に戦闘不能に追い込んでいた。


(ふーん、出会って間もないって話だけど……わりと息合ってるんだね、2人とも)


 別にいいけどさ。ウェレイは光を纏う瀕死の男を見下ろしながら、細く息を吐いた。

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