62、SOS
「おいおい、どこ行くんだ、よ!」
と、男の声。ついで、なにやら風を切るような音。
「あっぐ……」
肩口に熱を感じ、反射的に手で押さえた。
服もろとも、肌がぱっくりと裂けていた。激しい痛みに足を止める。どくどくと流れ出る血が腕を伝い、服に沁み込んでいく。
明確な〝敵意〟と〝攻撃〟に、通行人が敏感に悲鳴を上げた。この2人がヤツらだと、ようやく確信できたのだろう。
「ったく、早速目立っちまったぜ。強ぇってのも考えもんだなぁ?」
「おい、いい加減にしろ……! 人気のない場所まで追い込むっつったのはお前だろうが」
「ちっ……今さらだろ、どこで殺すかなんてよ」
ざっ、と一歩踏み出す男。その手が、風を纏う。
さっきのはあの風を撃ち出されたんだ、と歯を食い縛ったウェレイは、もう一度走り出す。
(ここにいたって殺されるだけ……! 風の刃を撃ってるのなら、銃と同じで距離を離せば当たりにくくなるはず)
もっと言えば、障害物を使えばより命中の危険は減らせるはず。例えばそう、逃げ惑う通行人達を盾に……、
(……何考えてんのあたし! 自分が生き残る為なら他人を巻き込んでもいいなんて、あいつらと一緒じゃん……!)
一瞬とは言えそんな事を考えてしまった自分を恥じながらも、走る足は止めない。
巻き添えには出来ない。つまり、助けを求める事も許されない。
なら、巻き添えにしても生き残れるような強い人に連絡を……、
「…………っ!」
しばし逡巡し、ケータイを取り出した。震える手でアドレスを探し出す。
ヤツらは確実にウェレイを追って来ているようだ。振り返っている暇なんてない。幾度となく風の刃に襲われているらしく、風を切る音が耳元を何度も駆け抜けるが、幸運にも当たってはいない。
ようやく目当ての名前を見つけ、電話を掛ける。ここまで電話のコールをもどかしく思えたのは初めてだ。
数分の様で、数十秒にも思える、数秒の刹那。
『もしもし、ウェレイさん?』
ヴェネ・ミラージュ。〝大鷲〟の捜査官である彼と初めて出会ったのはたった2日前の事だが、声を聞くだけで懐かしいような、安堵のような感覚が全身を包む。
『ウェレイさん? ウェレイさーん? ……おっかしいなぁ、電波悪いのかな』
慣れない全力疾走で息が切れ、上手く言葉が紡げない。いや、何を言えばいいのか、分からなかったのだ。
彼に隠している事が、話さなければならない事が、たくさんあり過ぎて。喉の奥で言葉がつっかえて、出て来てくれない。
人波が薄くなり、表通りでありながら明かりの少ない道に入る。これでもう、他人を巻き込む心配はない。
その安堵からか、あるいは純粋な恐怖からか。一言、言葉が漏れた。
「ヴェネ君……助けてっ……!」
『ウェレイさんっ!? 今どこにっ……!』
「スコルピオの、っ!」
ケータイを持つ手に風が掠ったらしく、痛みでケータイを取り落としてしまう。
がしゃん! と地面を転がるそれを拾い上げようとするも、それより早く風がケータイを粉々に砕いた。歯噛みしたウェレイは、更に人気のない場所を目指して走り続ける。
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