39、提案と葛藤

「…………」


 多少は予想していたのだろう。彼女は表情を変える事なく、しかし目線を落とした。


「模倣犯事件は、人獣事件と繋がっていた。〝大鷲〟が追う二大事件が、ね。これはわりと緊急事態だよ。僕達が手を取り合う理由になるくらいには」

「……分かっています。ですが、そう簡単に承諾するわけにもいきません」


「どうして? やっぱ不可侵規約?」

「いえ。こうしてあなたと関わり合いになってしまっている以上、今更それを引き合いに出すのも馬鹿馬鹿しいでしょう。ですが……」


 顔を上げたミオナは、何かを堪えるかのようにぐっと唇を噛んでいた。


「私は今朝の事で、力不足を身を以って痛感しました。母の汚名は娘である私の手で晴らす、などと分不相応な願いを抱いた報いで、死にかけました。……あなたの足を引っ張るのは、本意ではありません」


「まぁたそうやって卑屈な事を言う。さっき自分で言ったじゃん? 搦め手で生き抜いてみせるって。やれる事なんていくらでも」

「それはあなたが〝力〟を持つ側だからです!」


 振り下ろされた両手が、ばん! とテーブルを揺さぶった。その拍子にコーヒーがカップから盛大に零れ、じわりじわりとテーブルを侵食していく。


 言葉を失うヴェネの前で、ミオナはすぐに平静を取り戻した。乱れた息を整えつつ俯く。


「……私はまだ、捜査官として新米です。大きな事件に関与した事もなければ、凶悪犯を取り押さえた実績もない。身体能力が高くとも理詰めで動く事しか出来ず、故に咄嗟の判断も遅い、中途半端な女。それが〝土竜〟の私に対する評価です」


 ぶちまけたコーヒーを拭きながら、訥々と言葉を紡いでいく。さながら、懺悔のように。


「私が捜査官の道を選んだのも、母の死の背景を詳らかにしたかっただけ。〝裏〟の治安を正したい、誰かの幸せを守りたい。そんな高尚な理由は1つもありません。ただの私情……いえ、私怨、と言った方がより正しいでしょう」


 コーヒーを吸い込んで褐色に染まったティッシュをくずかごに放り投げ、ミオナはそこで1度言葉を切った。


 そっか、ミオナさんもライラさんの影を追って……。またも漂う、息苦しい沈黙。


「……足りないんです。実力も、覚悟も、何もかも。少し多彩な声が出せて、少し身軽で、変装が少し得意なだけの私に、ここまでの事件を追う資格なんてなかったんです」


 いや、変装とやらがどの程度のものなのかは知らないけれど、あの声真似も軽業も〝少し〟なんてレベルではなかったように思えるけど。


 と言いたいところだが、今の彼女にそれを指摘した所でマイナス思考の泥沼に嵌まるだけかもしれない。どう声を掛けたものかな、と首を捻る。


「〝土竜〟の情報網で分かる事があれば、惜しまず情報提供をさせて頂く所存です。大変心苦しいですが、現場で動くのはヴェネさん1人にお願いしようと」

「よし、それじゃあ発想を変えよう」


 ぱん、と手を叩き、ミオナの言葉を遮る。

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