11、ナンパ? いいえ違います

「ねぇミオナさ~ん。少しでいいから話、聞いてくれないかな?」

「…………」


「ホント少しでいいから! 近くの美味しい喫茶店も知ってるし、一緒にどう?」

「…………」


 ……いや、別にこれはナンパじゃないんだよ? ホントだよ?


 そんな事を言い訳がましく考えながら、ヴェネはこちらを見もしない〝土竜〟の捜査官を根気良く説得し続ける。


 飴色の髪が琥珀のような光沢で輝き、小さな花束を模った蒼い髪飾りがそれを引き立てる。目を離しがたい不思議な魅力が彼女の横顔にはあったが、完璧なまでの無表情が幾分その神秘性を霞ませていた。


 一直線に表通りを目指して歩き続けるミオナ。この調子であれば、ものの十数秒で裏路地から抜け出す事になるだろう。


(……なるほど。もしかしてそういう狙いですか? ミオナさん)


 ヴェネは一度説得の言葉を止めて思案する。


 ヴァーヌミリア共和国は未だ急速な発展の最中にあり、脅威の経済成長率、そして犯罪発生数を誇る。水面下で〝土竜〟が対応しているものまで含めれば、それこそ星の数ほどの事件が連日起きていた。


 無論、その中でも凶悪なものが捜査を優先されているが、近年になって危険度が低いながらも問題視され始めたものが幾つかある。その一つが〝ナンパ〟だ。


 ナンパ。男が女の子に声を掛け、お近づきになろうとする行為。


 本来ならば事件扱いなどされない……のだが、痴漢やカツアゲという事件、強姦や誘拐という犯罪に発展する事例が増加の一途を辿っているのだ。


 その関係で近年、〝大鷲〟の捜査官が目を光らせる傍ら、正義感の強い一般人も勇敢にナンパ男に立ち向かい始めていた。


 さて、ここで1つ問題です、じゃじゃん。


 身なりの良い若くて美人な女性を、チャラめな風貌の男がナンパしている(ように見える)。それを、2人が捜査官である事など知る由も無い一般人に目撃された場合、ヴェネ・ミラージュはどうなるでしょ~か?


(……通報?)


 運が悪ければそうなるかもね、って事で半分正解! 


 などと言うふざけた脳内一人芝居を打ち切り、ヴェネは表通りの手前で立ち止まった。ミオナもまたそれに応じるように足を止め、冷ややかにこちらを見た。


 さぁ、どうします? その蒼い瞳は、言外にそう脅迫していた。


「はは、参ったね。同僚から職質を受けたい、なんて願望は無いんだけど」


 おどけたヴェネは、少しだけ表情を引き締めた。


「じゃ、せめて1つだけ。今現在、〝土竜〟で模倣犯を追っている捜査官がどれだけいるかだけでも、教えてくれないかな?」


 ぴく、とミオナの細い眉が上がった。


 〝大鷲〟は表の事件を、〝土竜〟は裏の事件を。この傾向は今も昔も変わらない。そしてその棲み分けは、両者が同じ事件の捜査をする事が極端に少ない事を意味する。


 けれどミオナはどうやら、模倣犯事件の情報を求めているらしい。未だ解決の糸口が見えていないとは言え、大々的に〝大鷲〟が捜査を行っている事件の情報を、だ。


 氷の様な無表情の裏で、色々な思索を巡らせているのだろう。ミオナが何か言うまではけして喋るまいと、ヴェネは精一杯頑張って真剣な表情を保った。


「……私が知る限りですが」


 と、細く澄んだ声が裏路地特有の不気味な静けさを破る。彼女は言葉を選ぶように、けれど明朗に紡ぎ出す。


「あなた達〝大鷲〟が模倣犯事件と呼称する事件を、〝土竜〟は完全な表の事件だと認識しています。特別な事情でもない限り、それを追っている者はいないかと」

「そっか」


 まぁそうだろうとは思ってたけど……って、あれ? 彼女の言い分に沿うのであれば、ミオナこそ〝特別な事情〟の下に模倣犯を追っている事になるが……、


「もうよろしいでしょうか」


 これ以上話す事はない、とばかりに言うミオナ。とその時、


「ん?」


 ジャケットの裏でケータイが振動。取り出したそれをいつもの癖で即座に確認する。


 電話の着信ではなく、メールだった。捜査一課、〝烏〟からのメールだ。


 あぁ、いつものヤツか。ひとりごちながら顔を上げると、ミオナが薄桃色の唇を固く引き結んでこちらを睨んでいた。


「もう、よろしいでしょうか……!」

「え? ああ、うん。ごめんごめん、ありがとね」


 わざわざこちらの返答を待っていてくれたのか。〝土竜〟の捜査官らしい素っ気なさを見せたかと思えば、意外に義理堅いと言うか、律義と言うか。


 不思議な人だなぁ。ヴェネは歩き出した彼女の背中に声を掛けた。


「情報ありがとう、ミオナさん。それじゃあまたどこかで」

「……ええ。もう2度と出会わない事を期待します」


 あれ? やっぱ素っ気ない。振り返りすらもしないし。


 女心は難しいなぁ、相変わらず。苦笑したヴェネは表通りから差し込む光に背を向け、メールの指示に従って裏路地の奥へと舞い戻って行く。

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