勇者パーティーを追放された最強剣士、魔剣を拾い迷宮を征く

春舞祐斗

プロローグ

「ヒャッハー!」

「うわ!」


 興奮気味な上ずった男の声と共に、俺の背中にむせ返るような強い衝撃が襲いかかってきた。

 ほのかに赤く光る地面に膝をついて前のめりに倒れ込んだ俺は、後方に目を向け、とある人物を睨みつける。


 そこには青い線がところどころ入った金色の鎧を身に纏った、俺と同じ黒髪で『勇者』と呼ばれる青年、ユウキ・カミドウが、俺を蹴り飛ばしたであろう足を地に降ろしながら嫌らしく口元を歪めて、倒れ込む俺を見下していた。


 ユウキ・カミドウはこの世界の人間ではない。


 魔物を連れて各地で破壊の限りを尽くす『魔王』と言われる存在を倒すべく、2年前に他の世界から召喚された異世界人である。


「これでやっと邪魔者とおさらばだ」


 底無しの強欲を表すかの如く、深い闇のように淀んだ黒い瞳で蔑むような眼差しをこちらに向けながら、左右にいる少女2人の体を強引にその身へと抱き寄せた。

 その内の1人、身軽に動くことだけを考えたような服装――、黒い半袖シャツと白を基調とした短めのスパッツを履く少女は、満更でもない惚けた表情で勇者に熱い視線を送っている。

 この少女の名前はライア・フィストリリエ。種族はダークエルフで人々からは『拳神』と呼ばれており、戦闘で邪魔にならないよう短く切り揃えられた白い髪と、対照的な褐色肌、そして尖った耳が特徴的だ。

 もう1人、袖口が青く、銀の刺繍が施された純白のローブを着た弱々しく両手で杖を握る銀髪の少女、『聖女』のマリー・ルキウス・ドウル・ギー・セインテッドだが、顔を伏せているので表情はよく分からない。

 マリーは王族でもあり、聖女でもある。この勇者パーティーの中でもちょっと特殊な存在だ。


 そして、勇者の後ろから抱擁するように艶やかな仕草で首に腕を回し、ちろりと俺に向けて舌を出す、どこか神秘的で妖艶的な、紫のローブを着る女性。海を連想するような瑠璃色の長い髪と満月のような白金の瞳を持つ、世界に5人しかいない『賢者』のうちの1人、ヴィネティア・ククル・フォルモントだ。


「デュークよぉ、最強だかなんだか知らないけどさぁ。剣士なんて僕のパーティーには必要ないんだよ!剣を使えるのは『勇者』である僕だけで十分なのさ」

「……てめぇ」


 今すぐにでも、少女達の体を弄るその汚らしい腕を切り落としてやりたいところだが、体が全く言うことを聞かない。指一本動かないのである。

 動かせるのは顔の表情、そして口くらいか。

 本当に自分の体なのか疑いたくなる。


「どうした、最強!あれほど皆から最強最強言われて、チヤホヤされて?そんなお前でも転移魔法陣の上からは1歩も動けないのか!情けないなぁ。ハハハハハ!」


 狂いに狂った嫉妬の塊が、言葉として俺に投げつけられる。

 怒りよりも先に嫌悪感が生まれてくる。

 しかし煽られようと、唾を吐かれようと俺は動けない。

 全く、もどかしい。


 ユウキが言った通り、蹴り飛ばされた先は転移魔法陣の上だ。

 転移魔法陣の上に乗ってしまうと、転移するまでの間、その場から一切動けなくなってしまうのだ。

 そこに何人たりとも例外はない。


 それにしても、相変わらず見苦しい奴だ。

 どうしてこんな奴がこの世界にきて、『勇者』なんかに選ばれてしまったのだろうか。


「……なんだ。……なんなんだよその目はぁぁ!!死ぬ間際になってまで、僕にぃ!『勇者』であるこの僕にぃ、そんな目を向けてるんじゃねぇよ!!」


 両腕に女を抱き、目を充血させ唾を撒き散らしながら叫ぶその姿は滑稽そのもの。

 これほど滑稽という言葉が似合う男がいるだろうか。


「まぁ、いい。良くはないけど!良くはないけど。僕は器が大きいからな」


 何言ってんだこいつ。


「そろそろお別れだな。その赤い転移魔法陣から生還した者は未だ無しだと聞く。精々あの世で自分の無力を悔やみやがれ!」

「…………」


 まるでこの転移魔法陣について知っているかのような言い方だ。

 ……そういえば、前に転移の資料を見た時こんな情報があったな。

 転移魔法陣は色の具合で飛ばされる場所が変わる。

 青だと、比較的近くの、比較的安全な場所に転移させられる。だが、赤色に近づくにつれて、より遠くへ、より強い魔物の元へ飛ばされる。


 俺の真下にある転移魔法陣の色は、


「赤だな」


 それも真っ赤だ。

 赤、というより真紅といった方がしっくりくる。

 それくらい赤い。

 完全に不注意だった。仲間を完全に信用していた訳では無いが、まさかこんなところで裏切られるとは。


 1度通ったことのある道だからと油断していた。

 それにしても、前はこんなところに転移魔法陣なんてなかったはずだが。

 このルートを指定してきたのはヴィネティアだ。

 ヴィネティアなら何か仕掛けかねない。2年間行動を共にしてきたが、未だに謎の多い、危険なオーラを纏う人物だ。


 だが、考えたところでもう遅い。


 真紅の転移魔法陣の光が次第に強くなっていく。

 光が強くなると同時にユウキの気持ち悪い下卑た笑みも深くなってゆく。


『お前の絶望する顔が見たい』


 声として聞かなくとも、ユウキの表情を見ればそう思っていることは明らかだ。


 こんな動けない状況で俺が最後にできるユウキへの意趣返しは何か?

 それはユウキの思い通りの行動をとらないこと。


 ならば、と俺は少し目を細めて不敵な笑みを作り、ユウキと目を合わせる。

 そんな俺の表情を見て、ユウキの瞳が激情に染まった。


 ユウキは昔から何故かこの表情がお気に召さないらしい。やめてほしいと言われてからしばらく控えるようにしていたが……。

 これが俺に出来る最後の悪足掻きだ。

 こちらにも聴こえるほどの歯軋りを鳴らし、額に青筋を浮かべ唸っている。

 そして怒りながらも腕は力まないよう心掛け、優しく2人の少女を抱くという器用な芸当をしている。

 ハッ!こりゃ面白いな。

 最後に良いもんが見れた。

 俺は心の中で満足げに頷く。




「……や…………」




 この空間にいる誰かが小さくそう呟いた。


「やだ……!」


 今度ははっきりと聞こえた。

 俺は声の主へ目を向ける。


 この声量なら、声の主の隣の、奇妙な表情で眉を寄せる奴にも聴こえただろう。

 拒絶の声を上げた人物。それは今の今までずっと顔を俯いていた少女、マリーだ。


「あいだっ!」


 マリーは自身の小さな肩に無遠慮に馴れ馴れしく回されたユウキの腕へ噛みつくと、怯んだその隙にするりと拘束から抜け出した。

 そして、何を思ったのか。

 転移する寸前だった俺めがけて、大きな瞳に溜めた涙を散らしながら飛び込んできた。


 状況に全く理解が追いついていない俺だったが、それでも最後の最後まで不敵な笑みを崩さず、ユウキの焦る顔、光の中に飛び込んでくるマリー。そんなマリーに掴みかからんと伸ばすユウキの腕を見ていると、赤く眩い光に全身を包まれた。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「……で、あるか」


 やけに響く低い声でそう零したのは、オールバックの銀髪と全てを見透かすような蒼い瞳が特徴的な、純白の高級感漂う服を着ており、親指以外の指全てに指輪を嵌めた威厳のある壮年の巨漢、セインテッド王国国王ガヴェイン・ルキウス・ドウル・ギー・セインテッドだ。


「我が娘『聖女』マリーと『極剣』デュークは消息不明、と」


 高い玉座から蒼い瞳でどこか遠くを見つめる国王に対して、御前で頭を垂れて片膝をつく3人の集団の中央にいる、金色の鎧を身に纏いし一際存在感を放つ黒髪黒目の青年、『勇者』であるユウキ・カミドウは頭を上げて口を開いた。


「そうです。突如彼らの足元に赤い転移魔法陣が浮かび上がり……。僕には、僕達にはどうすることも出来ませんでした。……僕は指を咥えて見ていることしかできなかった。あんなにも悔しい思いをしたのは初めてです。……もう二度と、僕は仲間を失いたくない」


 後悔を言葉で並べて最後、無意識に小さく呟かれた、ような言葉に誰もが息を呑んだ。

 無限に広がる暗闇に一筋の光が差し込むように、謁見の間には波紋が広がる。

 極悪非道な魔王を倒し得る存在を、2人も失ったという絶望からこの勇者は這い上がろうとしているのか。

 『勇者』いうのは肩書きだけではない、本当の意味での『勇者』なのか、と。


「僕の、であり親友でもあるデュークは最後に短くこう言いました。『この国の平和は勇者であるお前に任せた』と。僕は……、僕は託されたんです!その想いは決して無駄にはしません!必ずしや魔王を打ち倒して、この国を、――この世界を平和にしてみせましょう!」


 その野望とも言える大きな決意を聞いたこの場にいるほぼ全ての者は感動し、涙した。

 この王宮を守る騎士も、勇者というこの世界の住人でない存在に批判的だった貴族も、国王の近衛騎士も。

 誰もが涙した。


 嘘で固められた言葉に希望を持ち、勇気をもらい期待をする。


 全てが嘘だという事実を知るのは勇者を除いてこの場に2人存在する。

 それは勇者の両脇で片膝をつく少女らだ。

 少女達の肩が小刻みに震えているのは、国王の御前だから失礼に当たる、と涙を堪えているからではない。


 全くの逆だ。


 少女達は勇者が演出した光景に対し、声に出して笑わないよう必死に堪えているのだ。

 しかしそれは、遠目から見れば泣いているように見えなくもない。

 むしろ泣いているようにしか見えないだろう。


「……ふむ。下がれ」


 そんな光景を何処か冷めた表情で玉座から見下ろす国王は勇者を見つめ、冷たく、そして短く言い放った。


「は!失礼します」


 その様子に全く気づいた様子のない勇者が頭を下げると同時に2人の少女が立ち上がる。

 ゆっくり頭を上げた勇者も立ち上がり、この場を見回しながらどこか満足気な表情で後ろを向いて、堂々と歩き出した。

 その後ろ姿を2人の少女はついて行き、勇者達は謁見の間から退室した。




 勇者がいなくなった謁見の間では、未だにすすり泣く声があちらこちらから聞こえてくる。

 貴族らを一瞥した国王は、冷酷な表情を変えず小さく口を開いた。


「――ハド」

「……はっ」


 誰の耳にも、それこそすぐ傍にいる近衛騎士の耳にも入らないくらいの小さい声量で口を開いた国王が座る玉座のすぐ後ろに、顔全体を黒い包帯で隠し、赤い左眼だけ覗かせる深くフードを被った黒装束の何者かが音もなく突如現れた。

 まるで初めからいたかのように、一切の気配も漏らさず、感じさせず。

 短く返事をするその声は、中性的で男か女か判断できない。

 身長も低く、大人なのか子供なのか、それすらも不明だ。

 ただ、1つ。1つだけ大きな特徴がある。

 それは臀部から伸びる厚く黒い毛の生えた短めの尻尾。

 尻尾はゆさゆさと小さく左右に揺れている。


「ハド。勇者らを尾行せよ」

「……御意」


 ハドと呼ばれる者は、小さく返事をして消え去った。


 そして――、

 誰も気づかぬまま、この国全体を巻き込む歯車が音もなく大きく動き出したのだった。




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「あっさり信じたわね」

「ほんとそうね、素晴らしい演説だったわ。笑わずにいられるか不安で仕方なかったくらいに」


 謁見の間から退出し、控室にて待機中の勇者たちは、白い丸机へ向かい合うようにして座り先程の光景を思い出しながら語り合っていた。


「これ以上はよせ。誰が聞いてるかも分からないんだ」


 そう言うユウキの瞳はどす黒く淀み、口許は嫌らしく歪んでいて、勇者と呼ばれ英雄とされる者がしていい表情とはとてもではないが言えたものではない。


「それにしてもデュークの奴、最後の最後までいけ好かない野郎だったな。――クソ!」


 別れ際の、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべたデュークを思い出した勇者は拳を固く握る。

 おこがましいことにも、『勇者』である自分と同じ黒髪で、その少し長い前髪で右目を隠し、何を考えているのか分かりづらい青い瞳の、既にこの世にはいないであろうデュークを想像してしまう。

 それと同時に浮かんでくる蔑むような表情が頭をよぎり、激情に任せて白い丸机へと握り拳を力一杯振り下ろすと、握り拳を中心に深く亀裂が走る。


 しかし、目を閉じたヴィネティアがそっと手を翳すと初めから何事も無かったかのように亀裂は消え去った。


「まぁまぁ、そんなことはもう忘れてこれからどうするかを考えましょう?」


 薄く上げた瞼から妖しい白金の瞳を覗かせてユウキと視線を絡める。

 すると先程までの怒気はどこへやら。


「…………そ、う、……だな。マリーもあんな奴について行ってしまったのは非常に残念だが、諦めるしか他ない」

「そうだよ!あんな奴らどうせすぐ死ぬんだから放っときゃいいんだよ!てか、もう死んでるかもしれないし!」


 その言葉を聞き、ユウキは俯きかけていた顔を上げてニヤリと笑った。


(そうだ、もう消えたんだ。僕を邪魔する奴は消えた。名誉も権力も金も女も、これで全て僕のものだ!)


 そんな企みを胸に抱くユウキの表情はどこまでも歪んでいて、とても人間のものとは思えない禍々しい雰囲気を纏っていた。

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