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 「順列からの解放」に書かれた、いびつな浦安の姿をぼくは明確に描き出したいと思っていた。それはある意味でぼく自身のすべてをさらけ出す行為に他ならないし、また一方で、「かれ」のたぐいまれなる想像力をそこに載せていくということでもあった。

 浦安というまちはぼくにとって特別である。ぼくにとって、出生地でもなければ、実のところさして青春時代を過ごしたわけでもないこの地に、逆説的にふるさとという概念を見いだした。それはここまでのぼくの人生がすべて印象深いものがなく、また、見回す中で身に染み着いた土地の風景というのはやはり居住する場所の周辺に帰着するということも当然ながら大きく関係しているのであるが、もっとも大きな部分としては、やはり東日本大震災を浦安で経験したことだろう。あのときぼくはまだ学生で、実家のマンションは建物に被害はなかったものの、周囲のインフラは寸断され、すべてのライフラインが復旧するまでに一ヶ月以上かかった。そして、個々の住宅へのライフラインが復旧しても、主要道路の完全復旧や商業施設の営業開始には相当の時間がかかった。ぼくらが生活しているまちというインフラがどのような成り立ちになっていて、どのように動いているのかについて思いを馳せるようになった。そうしてぼくはその分野を中心に就職活動していくこととなったのである。就活自体は決してうまくはいかなかったが、結果的にぼくはそういったインフラを支える職業につくことになった。人々の暮らしの中に張り巡らされた無数の「道」は、普段は省みられることがないが、常に我々の生活を支えているし、それを常に支えている人々もたくさんいるのである。そういった世界をぼくは就職してはじめて知った。

 そういった、都市というひとつのシステムを通して人々がどのように生きていくのか、その群像劇のようなものを書いてみたいと思うようになった。その端緒が「順列からの解放」に初出である「夜更けに咲く灰色の花」である。これは、浦安というまちの時計をいったん逆戻りさせて、もしスチームパンク的な世の中であればどのようなまちになるのかをぼくが考えに考えた結果生み出されたものである。登場する遊郭街「鼠街」は、もちろん浦安市に鎮座する某巨大テーマパークの代替である。寂しい漁村であった浦安は、工業廃水による公害に端を発した「黒い水事件」により工業都市としての発展を目指した。そして首都に近傍であることと、京葉工業地域としても優位な立地にあることから、鉄鋼を中心とした物流基地として発展していった。これは史実のとおりである。ぼくはその先、日本自体が工業国家として発展していった場合にこの「浦安」がその鉄鋼物流基地と鉄鋼加工業の二つの柱によって発展し、千葉県でも有数の経済規模を誇るであろうと考えた。しかし一方で、その過剰な工業生産は、従事者をすり減らしていくし、そこで生じていくゆがみも、現代とは異なる部分で存在しているだろうと考えた。そうして、それらは官庁の場当たり的な対応によってより複雑に絡み合っていく。

 ぼくが予測によって積み上げた設定を、「かれ」は独特のイマジネーションで解決していった。ここでは、そうしてできあがった「浦安」についての短編集「煤煙~浦安八景~」より、「順列からの解放」に収録した「夜更けに咲く灰色の花」とプロレタリア的な要素を強く持つ短編「鉄屑」を掲載する。

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