第52話 交差する世界のノイエ・ヴェルト(その1)




 機体の向きを王城から反転させ、伊澄とユカリはクライヴたちの戦場へと向かった。

 そこでは白き者――ヴァッケル・グラーデがまさに跋扈しており、ノイエ・ヴェルトたちを寄せ付けようとしない。オルヴィウスと戦った荒れ地を中心としてその巨躯や魔法の数々が周囲の木々を次々となぎ倒していっていた。

 シルヴェリア軍は、その数を減らされることだけは避けているようだったが、尾や脚による攻撃で度々弾き飛ばされダメージを蓄積させていく。すでに半数近くが白き者から距離を取って遠距離攻撃に徹することで、なんとか撃墜を免れている状況だ。

 おそらく、いや、確実にギリギリ保たれている均衡が近く崩れる。伊澄の眼にもそれは明らかだった。


「……もう一度だけ聞くけど、いいんだよね?」

「しつけぇっての。アタシが言い出したんだから付き合わねぇ理由はねぇよ」

「……死ぬかもしれないよ?」

「かもな」


 伊澄が辛そうに告げる。が、ユカリはあっさりと肯定してみせ、そしてムニ、と背後から伊澄の頬をつねった。


「ンなツラしてんじゃねぇよ」

「いたっ……ユカリの力は人の顔色まで見えるの?」

「声でバレバレなんだよ。

 確かに死ぬかもしんねぇ。けど所詮かも・・だ。あのデカブツをぶっ飛ばしてハッピーエンドぶんどる可能性だって十分あるだろ。つか、それ以外アタシは考えてねぇよ」

「まったく……その胆力はどっからくるの? とても高校生とは思えないよ」

「アンタを信頼してんだよ」パンっと伊澄の肩を叩いた。「それとも伊澄さんは、せっかく助けに来たのに手ぶらで帰るつもりなのかよ?」

「冗談」伊澄は小さく鼻で笑った。「僕はこう見えて欲が深いんだ。今更ユカリとエレクシアさんが笑えない未来なんて欲しくないよ」

「ハッ、いいセリフだな。上等だ。頼りにしてるぜ」


 敢えて伊澄がニヤッと不敵な笑いを浮かべてみせ、ユカリも彼の肩を期待を込めてもう一度軽く叩く。その重みを感じながら、しかし伊澄はしかめっ面を浮かべる。

 オルヴィウスとの戦闘で手持ちの武器を全て使い切ってしまった。手に持っていた小型の銃も、あの一撃の威力に耐えられなかったのか、銃身がただれてしまって使い物になりそうもない。それどころか、予備の近接用武器もオルヴィウスに刺してそのままなくしてしまった。


(加勢するにしても素手で立ち向かうのもな……昔、そんなアニメを見た気がするけど)


 素手格闘のプロでもあるまいし現実は甘くない。撹乱に徹するのも手ではあるが、それでは不十分だろう。

 なにか、武器になりそうな物はないか。眼下の森林地帯に目を遣っていると、そこで無残に破壊されたノイエ・ヴェルトが目に入った。

 それは白き者の最初の一撃で破壊された、極大魔法を放った内の一機だった。上半身と下半身が離れて散らばり、腰から上の部分だけがかろうじて原型を留めている。


「もしかしたら……!」


 伊澄は機体を急降下させて、破壊されたノイエ・ヴェルトの傍に着地する。仰向けの機体を起こして腰を見れば、そこには近接用武器がまだ残ったままになっていた。

 それを引っ張り出し、傷がなさそうな事をざっと確認するとノイエ・ヴェルトをそっとまた寝かせた。


「すみません、ちょっとお借りします」


 壊れたノイエ・ヴェルトに手を合わせると、それを手に伊澄は再び飛翔した。

 モニターに映る敵の姿がみるみるうちに大きくなる。鳶色の瞳でそれを捉えたまま、伊澄はアームレイカーの上に立つ妖精の頭を撫でた。


「妖精さん……ええっと、そう呼ぶのもなんだかな……」


 呼び方に悩んでいると、妖精が伊澄を見上げて首を可愛らしく傾げた。


「そうだ――リュアスと呼んでもいいかい? ねぇ、リュアス。また力を貸してほしいんだけど、お願いできる?」


 樹木の妖精らしいことから伊澄はそう呼んだのだが、緑の妖精は彼を見上げて嬉しそうに微笑んだ。

 次の瞬間、妖精の体が淡く光り始めた。


「りゅ、リュアス?」


 そして光が収まったと同時に、先程まで手のひらに乗る程度のサイズだったリュアスが伊澄たち人間と同程度のサイズにまで大きくなっていた。可愛らしかった容姿も大人びた姿に変わり淡い光を発しているが、姿は薄っすらと透けていて儚い印象を受ける。

 突然の変化に伊澄たちが呆気に取られる中、その妖精は伊澄に微笑みかけると近寄ってきた。抱きしめるようにして身を寄せると伊澄の頬にそっと口づけ。それと同時にパッと光の粒子を撒き散らして消えると、手のひらサイズのリュアスが伊澄の肩に乗っていた。


「……今のは?」

「さあ……?

 ひょっとして、今のもリュアス?」


 語りかけるとリュアスはニコッと笑って伊澄にキスをする。くすぐったいその感触が、彼女が示した答えだった。


「伊澄さん! 剣が……」


 先程借りたシルヴェリア王国の武器から長い刀身が現れていた。暗い夜空の中で放つ白い輝きは美しく、エネルギーに満ち溢れていた。

 シルヴェリアの武器ということは魔力、あるいは妖精の力が必要であり、ニヴィールの人間である伊澄が使えているということはリュアスが協力してくれていることの証左だ。


「……ありがとう」


 肩の妖精をまた撫でるとリュアスは嬉しそうに伊澄に頬ずりして頭の上に飛び乗った。

 ユカリもいてリュアスもいる。伊澄の奥底から力が湧いてくるようだった。アームレイカーを握る両手に力がこもり、伊澄の口に小さな笑みが浮かんだのだった。




 慣れない機体を操りながら、クーゲルもまた苦戦を強いられていた。


「ちぃっ、くそがっ!!」


 襲いくるモンスターの攻撃を、上へ下へと必死にかわし、僅かな隙を利用して射撃を加えていく。

 重そうな射撃音と、質量兵器が激突したことによる鈍い音。命中の度に白き者の体がブレてはいるが致命傷には成り得ていなかった。


「危ない!」


 魔力もなく妖精の加護もないクーゲルのために同乗したアルシュリーヌが叫ぶ。彼女の魔法により機体が上空へと加速して白き者の攻撃をかわしていくが、直下を通過するその巨躯に冷や汗は隠せない。


「ありがとよっ!」

「いえ! これが私の役目ですから!」


 操縦はクーゲルが、魔力による補助はアルシュリーヌが担当することで重量が増した機体を他のスフィーリアと同等の機動力にまで底上げしていた。そのために何とか戦えていたが、やはり分が悪い。


「くっそ! やっぱ時間稼ぎしか手段はねぇのか!?」

「頑張ってください! 地上の封印部隊が安全に作業ができるよう引き離せば、きっと短時間で奴を再封印できるかと!」

「ちっきしょう! 美人のお姉さんに頼まれたんじゃやるっきゃねぇよなぁ! んじゃもうしばらく頑張って――」


 アルシュリーヌの励ましに、クーゲルは焦りを隠して俄然やる気を見せる素振りをする。が、それまでノイエ・ヴェルトを相手に四方八方へ飛び交っていたヴァッケル・グラーデが不意に動きを止めた。


「■■■■――っっっ!!」


 ノイエ・ヴェルトの攻撃を受けながら高らかに咆哮した。

 やがて咆哮が止むと、ヴァッケル・グラーデの周囲の空間が歪んでいく。白と黒が入り混じった光の珠が現れ、それが弾けるとそこには新たなモンスターが出現した。


「ンだとぉ……!」


 いずれもヴァッケル・グラーデよりはずっと小柄だがそれでもノイエ・ヴェルトの半分ほどのサイズはある。狼のような姿で、目を真っ赤に光らせながらノイエ・ヴェルトたちを睨むと次々と躍りかかった。


「そんな……!」

「マジかよっ! ンなのありかぁっ!?」


 それまで白き者を攻撃していたノイエ・ヴェルトが、狼型のモンスターたちによって妨害されていく。戦闘力は白き者に遥かに及ばないが無視できる存在ではなく、シルヴェリア軍の各々が対応を迫られていた。

 ツー・マン・セルの陣形が崩され、各個で一対一の戦いを強いられる。攻撃こそ喰らわないが白き者への攻撃は完全に途絶えてしまった。


「こちらにも来ます!」

「ちぃっ……!」


 クーゲル機にもその牙が迫る。やむを得ずクーゲルは銃身を狼型モンスターに向け発射。素早い動きで襲いかかってくるが、彼の巧みな射撃能力によって放たれた弾は直撃。モンスターを撃ち落とすが、反動で固まったところに白き者が飛びかかった。


「……っ……!」


 目前に迫る巨大な口。血のように真っ赤な舌がクーゲルたちを絡め取らんとばかりにうごめく。牙から滴り落ちる唾液の臭いが、コクピットにまで漂ってくる。そんな気がした。

 クーゲルとアルシュリーヌは一瞬で死を覚悟した。しかしその瞬間は訪れない。


「■■■■■っっ――!?」


 クーゲルのモニターに一瞬の煌めきが走った。次いで悲鳴のような耳障りな音がけたたましく響く。珠のような血の飛沫がモニターを覆った。


「伊澄っ!?」

「クーゲルさんは取り巻きの狼たちを! 本命は僕らが引き受けます!」

「伊澄さん、右っ!」

「ちぃっ!!」


 ユカリの警告に伊澄は確認するでもなく機体を上昇させる。その直後に足元を尾撃が通過していき、ビュンと風切り音が響く。


「てあああぁぁぁぁぁっっ!!」


 伊澄の雄叫びに呼応するかのようにエーテリアの速度が増していく。リュアスの力を得た巨大な魔法剣を振るい、白き者を何度も斬りつける。その度に血飛沫が舞って、白き者は鬱陶しそうに尾を使って追い払おうとするが、エーテリアはそれら全てを軽々とかわしていった。


『伊澄! 君は背後を! 俺が正面を引き受ける!』

「了解です!」


 クライヴの指示に応じ、二機で巧みに位置を入れ替えながら攻撃を繰り返していく。白き者の周囲をバーニアの青白い光が高速で動き回り、白き者の体に傷が増えていく。二人の攻撃に対し、回復の速度が追いつかなくなってきていた。


「下から来るっ!」

「了解!」


 伊澄の予測にユカリの未来視が加わり、それまで以上の反応速度で攻撃をことごとくかわしていく。互いを信頼した淀みのない動きで、それまで苦戦を強いられていた相手を圧倒していた。

 白き者は完全に伊澄とクライヴの二機の相手に奔走することとなり、おかげでクーゲルや他のシルヴェリア軍のノイエ・ヴェルトは小型の狼モンスター相手に注力することができていた。

 素早い動きに翻弄されていたシルヴェリア軍も経験豊富な軍だ。クライヴに日頃鍛えられていることもあって徐々にその動きを捉え始め、次第に攻勢に転じ始める。


「……よし、これなら!」


 伊澄も攻撃しながら視界の片隅でその様子を捉え、負けていられないと俄然気合も入る。アームレイカーを掴む腕にも力が入り、剣に込められた魔力もいっそう力強さを増した。

 だが。


「っ!?」


 白き者の腹を斬り裂きその下をくぐって上空高く舞い上がったところで突然ガクン、と機体が揺れた。ピー、ピーと警報が鳴って何事かとモニターを確認し、愕然とした。


「推進剤が……!」


 元々心もとなかった残量メーターが、今はほぼゼロを示している。不足した推進剤が反応器に流れ込む際にエアを噛み、噴出するバーニアが安定しない。伊澄は何とか機体を安定させようとするも、いかに彼とて燃料がなければ不可能な芸当だ。


『残量皆無。リザーブも使い果たしていますのでもって数分です。今のうちに着地することを推奨します』

「そんなこと分かってるっ! この……! 言うことを聞けって――」

「伊澄さんっ! 正面!!」

「っ!!」


 ユカリの悲鳴にハッとして顔を上げた。彼の眼前。そこには真っ白な尻尾が迫っていた。

 咄嗟に剣で斬り払おうとする。だが間に合わない。

 尾撃がエーテリアを叩きつけられる。エーテリアの腕がひしゃげる音がし、コクピットにいる二人に凄まじい衝撃が襲った。


「っ……!!」


 砲弾が撃ち出されたかのような勢いでエーテリアが弾き飛ばされていく。濡れた荒れ地に背面から墜落し、それでもなお勢いは殺されずに何度も何度もボールのようにバウンドし、やがて木を数本なぎ倒したところでようやく止まった。


『伊澄っ! くっ……!』


 エーテリアが離脱したことで、自然、白き者の相手をクライヴ一人ですることとなる。クライヴの意識が一瞬だけ伊澄たちへと向かったが、眼前には迫る巨体の姿。クライヴが伊澄を助けに向かうことは適わず、より苛烈になる戦いに集中せざるを得なかった。

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