第48話 願いよ、届け(その4)




「ひゃっひゃっひゃっ! やっぱオメーはいつまで経ってもケツがお留守だな!」

「クーゲル、さぁん……!」

「油断大敵、注意は常に! へっへっへっ! バルダーでの一撃も完ッ璧だったが今のも会心の一発だったな!」


 ここがバルダーであればマリアのキツイお仕置きが待っているのだがここにはいない。後ろで女性騎士がひどく冷めた眼をしているのだが、クーゲルはそれに気づく素振りもなく我が世の春とばかりに胸を張って笑った。


「ま、これでちったぁ凝り固まった頭も解れたろ?」


 解れたのは頭というよりも別の場所だ、と伊澄は言いたかった。が、それどころではない。


「ったくよ。あれこれ考えてねぇで素直に思ったことを口にすりゃいいんだよ」

「クーゲルさん?」

「伝えてぇ事は色々あんだろ? なら格好なんてどうだっていいから、思い浮かんだことから言ってやれよ」


 そんな伊澄を見下ろしながら、クーゲルはフッと小さく笑うと腰に手を当て、諭すように言った。

 まさに兄貴分。金髪をかき上げて内心で「決まったな……」などと思いながら立派な言葉を掛けたつもりのクーゲルだったが、その背後に影が忍び寄る。


「――ホント、アンタの言うとおりだ、よっ!!」

「ひでぶっ!?」


 振り抜かれるしなやかな脚。メキョ、と側頭部に見事にユカリの蹴りがめり込んだ。クーゲルは真横に一回転した。

 お手本のような回し蹴りで滑っていくクーゲルを引きつった顔で伊澄は見送ったのだが、そこに手が差し出された。


「立てっか?」

「う、うん」


 ユカリの手を掴み立ち上がる。再度相対した二人だがクーゲルのおかげで変な緊張感が霧散し、伊澄の顔が自然と綻んでいった。


「改めてありがとう、ユカリ。おかげで何とかオルヴィウスあの人に勝てたよ。正直もうダメかと思ったけど……ユカリからメッセージが届いてたから諦めずに済んだんだ」

「別に。アタシはできることをやったまでだし……

 それよりもさ」

「うん?」

「アタシの方こそ……ごめん。アタシが捕まっちまったせいで伊澄さんにも迷惑かけちまって……」


 眉間にシワを寄せ、ユカリは申し訳なさそうに頭を下げる。そんなユカリに、しかし伊澄は小さく笑みを浮かべて首を横に振った。


「謝る必要ないよ。悪いのはオルヴィウスさんだし」

「でも聞いたぜ? アタシを助けるためにこいつらバルダーの仲間になる契約までしちまったんだろ?」


 伊澄は口を尖らせて、白目を向いて転がるクーゲルを睨んだ。目線が如実に「余計なことを」と語っている。


「まあね。でもユカリが気にすることじゃないよ」

「そりゃ無理な相談ってもんだぜ……だって伊澄さん、戦うのが嫌でバルダーを止めたって言ってたろ? なのにまた戦わせちまうハメになっちまったんだし……」

「ま、そう言っちゃったのは確かだけどね」伊澄は笑った。「だけど、良いんだ。戦うのが嫌だっていうのは、結局は僕が自分に言い訳をしてただけだって気づいたから」

「……でもよ」

「それにユカリ、言ってくれたでしょ?」

「何をだよ?」

「どうしたいかってことが大切だって」


 伊澄は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。


「……今回のことはさ、僕がそうしたいって思ったからそうしただけなんだ。ユカリを助けたいって思っただけだから。

 だから迷惑だなんて思ってないし、バルダーに戻ったのだって――まあ、多少は思うところがある人はいるけど――後悔はしてないよ。最新のノイエ・ヴェルトだって思う存分操縦できたし」


 そう言って黒いノイエ・ヴェルトを見上げ、先程までの時間を思い出すように言った。


「そういうわけだからさ。ユカリが『来るなって』言ったって、『助けてくれなくていい』って言ったって、もし自分の意思でオルヴィウスさんについていってたとしたって、たぶん僕はここに立ってたと思うんだ。だから謝る必要性を一切僕は感じないし、むしろ『来るのがおせーよ!』って罵られることをちょっと期待してたんだけど」

「……ったくよ」


 ユカリは舌打ちしながら頭を掻きむしった。そして腰に手を当て、雨空を見上げて思いっきりため息をついてみせる。しかしその口元は緩んでいた。


「なんだよ、ンなことならアタシ一人罪悪感持っててバカみてーじゃねぇか」

「ごめん」

「なんでアンタが謝んだっての。

 しっかし罵られてぇとかバカじゃねぇの? マゾか? ん?」

「クーゲルさんと一緒にしないでよ。ただ単にユカリが言いそうな言葉を言ってみただけだし?」

「アタシはもっとお淑やかだっての」

「どの口がそんなこと言うんだか。おっと、ユカリの場合は口よりも脚が先だっけ?」

「てりゃ!」

「あだぁっ!? 何するんだよっ!」

「リクエストに応えてやっただけじゃねーか」

「だからってホントに蹴るっ!? 恩人に対してさぁ!?」

「はーん。やっぱり『助けてやった』とか思ってんだ? 『やりたいからやっただけ』とかカッコつけやがって!」

「ユカリが蹴るからだろっ!!」


 二人して歯をむき出しにして額を突き合わせる。売り言葉に買い言葉。互いににらみ合い、だがフッと我に返ると、どちらともなく声を上げて笑いだした。


「あー、何やってんだか……」

「ホントだよ。バカバカしいや」

「でも……ありがとな、伊澄さん。助けにきてくれたってのは――嬉しかったぜ」


 ユカリの顔に素直な笑顔が浮かんだ。普段の勝ち気な顔とは違った、珍しい柔らかい笑顔に伊澄は思わずドキッとして、思わず目を逸らして頬を掻いた。


「ん……僕の方こそ。繰り返しだけどユカリのおかげで助かったから。

 そういえばどうやってモンスターを操ったの? アレってユカリが操作してたんだよね?」

「あー、それはだな……」


 話がユカリの能力に及んで、今度はユカリが頭を掻いた。エレクシアには他言しないようきつく言われているが伊澄にまで隠し事はしたくない。後でエレクシアに確認してみるか、と思った時、純白のノイエ・ヴェルトが飛来してくるのが見えた。

 エアリエルが伊澄たちの傍らにゆっくりと着地し、中からクライヴが姿を現す。ふわりと飛び上がって軽やかに伊澄とユカリの傍に降り立ち、二人の元気な姿を見て小さく口元に笑みを浮かべた。


「二人共無事だったようだな。良かった」

「結構危なかったですけどね。でもユカリのおかげで何とか」

「前にも伝えたが謙遜する必要はない。私も戦いながら伊澄の戦いっぷりを見ていたが、オルヴィウス相手に素晴らしい腕前だった。またいつか、今度は本気で伊澄と戦ってみたいものだ」

「……そうですね。僕もぜひ。

 あ、ところでエレクシアさんは?」

「おう、そうだ。こいつらを――」ユカリはのんびりと体を掻いているソルディニオスたちを指さした。「返さなきゃいけねぇんだけど、エレクシアのババアんとこに連れて行きゃいいのか?」

「ば、ババア……」


 ユカリの呼び方に、クーゲルを介抱していた女性騎士――アルシュリーヌが絶句するがクーゲルは苦笑いするだけだった。


「エレクシア様は王城に残られて戦後処理の指揮に当たられている。今回の戦闘で城内にも兵士にもかなり被害が出ていることだしな」

「大変そうですね……」

「死者がいなかったことが幸いだな。

 人的被害もそうだがいつもどおり被害額に頭を抱えているだろう。だが通話の声を聞く限りでは元気だったぞ。これも二人が協力してくれたからだろう」


 クライヴの説明に伊澄とユカリは不思議そうに顔を見合わせた。

 エレクシアにとって二人との関係を改善する事こそが目下の最重要事項であった。今後の協力を得られるかは不明だが、多少なりとも関係改善が得られたことで気も晴れたのだろうとクライヴは思う。もっとも、その推察を二人に告げることはしないが。


「翼竜については城に連れていけば事情を知る者が対応してくれるはずだ。

 さて、もう夜も更けたことだ。今晩は城でゆっくり休むといい。礼も兼ねて皆の歓待をしたい旨もエレクシア様から言付かっている」

「お、マジでマジで? 俺も参加していいのかよ?」


 いつの間にか復活したクーゲルが確認するとクライヴはうなずいた。


「もちろんだとも。フェルミ殿にもだいぶ世話になったからな。共にフォーゼットと戦った戦友として精一杯もてなさせてもらおう」

「やっりぃ! こっちの飯とかに興味あったんだよな。

 あ、そだ。あとエレクシアさんにも会ってみてぇな。すげぇ美人なんだろ? 話にゃ聞いてるけどまだ会ったことねぇし、会わせてくれよ」

「わかった。私の一存では返答しかねるが、おそらく会食時に顔を合わせることになるだろう」

「セクハラしちゃダメですよ?」

「わーってるって。相手は王女様なんだろ? こう見えても軍にいた時は大統領にだって会ったことあんだぜ? 作法は分かってるって。心配すんなよ」

「全く信用できねぇ……クライヴさんよ。この野郎が失礼な事やったら遠慮なくしばいていいからな?」

「ユカリもたいがい失礼だと思うけどね……」


 クーゲルがエレクシアとの邂逅を妄想してだらしなく口元を緩め、ユカリが呆れて伊澄がツッコむ。若い三人の反応にクライヴは相好を崩してアルシュリーヌと共に見守っていたが、そこに通信を告げるベルがなった。


「はい、クライヴ……エレクシア様?」

『クライヴ! まだ戦場に残っておるか!?』


 通信の相手はエレクシアだった。だがその声は逼迫しており、彼女の様子に戸惑いながらも質問に答えた。


「はい、残っております。伊澄たちも一緒で、ちょうど今から城に帰還しようとしていました」

『ならばすぐにその場を離れるよう伝えるんじゃ! すぐにじゃぞ! お主はしばらくそこに留まって、可能ならば部下たちを全員集めろ!』

「……何をご覧になられたのですか?」


 ただならぬ様子に危急の事態が迫っているのだと気づき、尋ねる。だが異変は彼女の返答よりも早く訪れた。

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