第33話 踊るマイ・ウェイ(その2)
王城の地下に向かって掘り進み始めておよそ十分。エーテリアは順調に奥へと向かっていた。
「……まさかアルヴヘイムでモグラの真似事をするたぁ思ってなかったなぁ」
「僕もですよ。
……せっかくのカッコいい機体なのに、これじゃ台無しだ」
「だよなぁ。さらわれたお姫様を助ける王子様役ってのは、もっとこう、颯爽とカッコよく登場するもんだろ」
『現実の王族の方々は泥臭い仕事も多いとのことです』
「だからって泥まみれで土木工事する奴ぁいねぇだろ」
ぼやく約二名。それでもこうして前に進めているし、まさか王国側もノイエ・ヴェルトでトンネル工事をしながらやってくるとは夢にも思っていないだろう。ユカリを助けるためにもこれは必要なことだ。伊澄は自身に言い聞かせながら掘削作業を進めていた。
「……何見てるんですか、クーゲルさん?」
明後日の方向に掘り進めないように、エルが作成した簡易マップを見て機体を細かく制御しながら頭上を見上げると、クーゲルが何やら本を広げていた。
「ここに来てまでエッチな本ですか?」
「バカ野郎、俺だってそこまでスケベじゃねぇよ」
『午前中にこっそり持ち込もうとしてマリア少尉に没収されていました』
「……クーゲルさん?」
「てめっ! 起動してやがったのかよ!」
『ちょうどエルズベリー一曹からシステムチェックを受けておりましたので』
「……変わんないですねぇ」
伊澄から生暖かいものを見る目を向けられ、クーゲルはコホン、と咳払いでごまかす。
「ともかく、俺が読んでんのはンな不埒な本じゃねぇっての」
「不埒なって自覚はあるんですね」
「うっせ。こいつはこの機体のマニュアルだよマ・ニュ・ア・ル。インターフェースはテュールと似たもんみてぇだけどな、念の為も一回確認しとこうと思ってよ」
「はぁ、いい心がけだとは思いますけど、なんで急に?」
「なんでって、この後で俺が操縦するだろ? ただでさえこの機体はニヴィールに持って帰んねぇといけねぇんだからよ。お前が城に突入した後の俺の操縦中に撃墜されちまったら超恥ずかしいじゃん」
「え?」
「あ?」
クーゲルを見上げたまま伊澄の顔色が変わった。クーゲルとしては当たり前の返答をしたつもりだったのだが、彼を見る伊澄の眼には困惑と不安が顔を覗かせていた。
「……クーゲルさんも一緒に来てくれるんじゃないんですか?」
「おいおい、何言ってんだよ? 二人してこの機体空っぽにする気か?」
『一応私でも機体を動かすくらいはできますが』
「動かすったってマジで『動かす』くらいだろうが。指揮車と通信ができるんならともかく、幾らエルがご立派なVCだからって複雑な戦闘機動ができんのか? ん?」
『いえ、そこまでの機能は私には搭載されておりません』
「だろ?」
「でも! でも……僕一人じゃ無理ですよ」伊澄は表情を曇らせた。「クーゲルさんだって僕の格闘訓練の成績知ってるでしょう? ノイエ・ヴェルトで戦うのならともかく、城の中で兵士と生身で戦うだけの力なんて……」
伊澄は正規の軍人ではないし、訓練だって少しやっただけ。それさえ一ヶ月以上やっていないのだ。ノイエ・ヴェルトで戦闘していた時の自信は鳴りを潜め、ただ不安さだけがこみ上げてくる。
「……やっぱり無理です。僕だけでユカリを助けるのは現実的じゃありません。機体はエルに任せてクーゲルさんも一緒に――」
「伊澄」
名を呼ばれて顔を上げる。と、正面に逆さまになったクーゲルの顔があった。
クーゲルはガシッと力強く伊澄の顔を両手で掴むと、言った。
「
「……!」
「ユカリちゃんを助けるっつったのはお前だろ? ならお前の手で責任もってユカリちゃんを連れて帰ってこい。いいな?」
「で、ですけど……」
「お前がバルダーに来た経緯も聞いたぜ? ドクが最初に断った時、自分だけでも良いからアルヴヘイムに送れっつったんだろ? ありゃ嘘か?」
「嘘じゃ、ないです……」
「ユカリちゃんを助けるっつったのは嘘か?」
「嘘じゃないです」
「だろ? なら大丈夫だ。なぁに、お前ならやれるよ」
クーゲルが伊澄の両頬をパシン、と叩いた。やや強めに叩かれた頬は軽く赤くなり、伊澄は「つぅ……」と声を漏らして顔をしかめるも、不安を押し殺して小さく笑った。
「気合入ったろ?」
「ええ、とっても」
クーゲルがついてきてくれると当たり前のように伊澄は思っていた。年齢はそう変わらないとはいえ、実戦でのベテランがいてくれる。無意識に彼を頼っていた。
でもそうではない。
不安はもちろん拭えない。伊澄はまだ怖かった。けれども、やるしかない。逃げ出すことも誰かを頼ることもできないのだ。操縦桿であるアームレイカーを握る自分の両腕を、伊澄は見下ろした。
「ま、安心しな。お前が出てった後は、俺が外で暴れて敵を引きつけてやるからよ。つか、この機体なら敵も全滅させることくらいできんじゃねぇか? うん、そりゃいい考えだな。そうすりゃ実質的にユカリちゃんを助けたのは俺だってことにもなるし」
「あはは。クーゲルさんにこのじゃじゃ馬を手懐けることができますか?」
「テメェ、俺をバカにしてんな? こちとら米軍時代から何年ノイエ・ヴェルトに乗ってると思ってんだ? 後で『クーゲル様、ありがとうございました』って伝統のジャパニーズ・ドゲザさせてやっから覚悟しとけよ?」
『楽しそうな会話に私も混ざりたいところですが』エルが平坦な口調で二人の会話に割って入った。『推定ではもうすぐ城に到着します』
「いよいよ来たか」
果たして、エルの言葉どおり土砂の隙間にコンクリートらしい材質の壁が見えた。
「どこらへんか分かるか?」
『伊澄准尉の情報によれば城は小高い丘の上にあります。湖底から上るようにして進んできましたので、恐らくはノイエ・ヴェルト格納庫と同じ階層かと思われます』
「なら見回り兵士もいるかもしれねぇな」
エルとクーゲルの推測を聞きながら伊澄は息を吸って一度呼吸を整える。そして、破壊しすぎないよう慎重にドリルを突き刺していった。
やがて壁が崩れ、暗かったノイエ・ヴェルトに向かって光が差し込んでくる。伊澄はコクピットを開けると注意しながら外に出ていく。
「伊澄」
クーゲルからスモークを投げ渡され、それを壁の奥へ放り込む。またたく間に煙が立ち込めていくが、耳を澄ます限りどうやら近くに兵士らしい存在はいないようだった。
「銃の使い方は大丈夫だよな?」
「ええ、マリアさんにみっちりしごかれましたからね。それから、もちろんクーゲルさんにも」
「なら上等だ。
……伊澄」
コクピットに座りながらクーゲルが呼び、伊澄が振り返る。
「絶対、ユカリちゃん連れて帰るぞ」
「……ええ、もちろんです」
伊澄がサムズアップで応えるとクーゲルもまた同じように親指を立てる。そうしてハッチが閉まり、ノイエ・ヴェルトは地上に向かって再び掘り進んでいった。
その姿を見送った伊澄は気持ちを入れ替えて城内の様子を伺う。煙幕のせいで見通せはしないが、どうやら人影はなさそうだ。
(ユカリ……今行くよ)
自分を頼ってくれた少女の姿を脳裏に思い浮かべ、大きく息を吸い込む。
伊澄は煙の奥へと飛び出していった。
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