第32話 踊るマイ・ウェイ(その1)





 シルヴェリア王国の王都西端。そこにはユーミリィアと名付けられた湖が広がっている。

 その豊かな水産資源を求めてエルフが定住したことから国が始まったと歴史書ではされていて、湖から東側全方向に領土を広げていき、今では湖の東側のやや出っ張った部分が王都と接している。湖から水路を作ることで豊かな水を安全に王都に引き込むことに成功し、長い年月をかけて街中に張り巡らされたそれは王都の人々の生活を支えていた。

 時に国土を広げ、時に滅亡に瀕し、しかし力強く立ち上がる。シルヴェリア王国の歴史をユーミリィア湖はずっと傍らで見つめ続けてきた。

 その中を、一機のノイエ・ヴェルトがゆっくりと進んでいた。


「……行った、かな?」

「みたいだな。うし、行くぞ」


 ゆったりと泳ぐ頭足類の形をしたモンスターが通り過ぎたのを見届け、伊澄たちは静かに岩陰から出ていった。

 地面を蹴り、浮力を利用して大きくジャンプするようにして進む。まだ天気はよく水面側から日差しが届くのに加え、湖の透明度も高いために目視でも遠くまでよく見える。それでも慎重に注意を払いながら王都に向かって泳いで向かっていた。


「しかし水の中たぁ……ちょっと盲点だったぜ」

「基本的にノイエ・ヴェルトで水中戦はしませんからね」


 妖精に導かれてやってきたが、それまで伊澄たちの頭に水中を進もうという考えは全く浮かんでいなかった。

 先日伊澄が搭乗したように水陸用のノイエ・ヴェルトもあるが、あれはかなり特殊である。本来的に戦闘用ノイエ・ヴェルトは拠点制圧や防衛用であり、陸戦でこそ性能を発揮する。当然伊澄とクーゲルも陸戦しか想定しておらず、また王国の地理に詳しいわけでもないため、妖精に連れてこられた先に広がる湖を見た時はそろって膝を叩いたものだ。


「でもまさか水中でも稼働できるとは思ってなかったよ」

『この機体は全環境型を想定して設計されてますので。実際の戦闘では水上戦も十分に考えられますし、ワイズマン博士は特化型よりもオールラウンダーな機体設計を好むようです。

 とはいえ、現時点での戦闘機動は困難であり装備類も不十分なので戦闘を避ける必要はあります』


 エルが伝えたように、水中機動はできるがあくまで可能なのは移動程度だ。防水処理こそされているものの水中で遠くまで探知できるソナー類は装備されておらず、今は水の透明度が高いために近くのモンスターを目視で発見できるが陸上のようには探知できないし、戦闘距離になるまでは接近に気づけないだろう。

 しかしながらここまで幾度かモンスターの接近をやり過ごすことができている。その理由は、伊澄の指にしがみついて頬ずりしている妖精のおかげである。


「本当に助かるよ。君がいなきゃ途中で見つかってしまってただろうしね」


 そう感謝を口にしながら微笑み、伊澄が指先で妖精の頭を撫でる。風か植物由来の妖精かと思っていたのだが、どうやら水に関しても彼女(彼?)は造詣が深いようである。

 手足が樹木のような見た目だから伊澄はそう思っていたのだが、樹木の生長には水が欠かせないし、だからこそ水系にも相性が良いのだろう。水中でもソナーに代わって生物の接近をいち早く探知して知らせてくれていた。

 伊澄が撫でると妖精はくすぐったそうにしながら伊澄に笑いかけ、クルクルと楽しそうにコクピット内を飛び回って喜びを表す。状況としては中々に緊張するべきなのだろうが、妖精の奔放で無垢な姿を眺めているとそれだけでリラックスできて伊澄たちの頬も自然に緩んだ。

 喜びの舞ともいうべき飛行を続けていた妖精だったが、ふとその動きを止めた。そして伊澄たちの目の前に移動し、なにやら手足をバタつかせ何かを主張し始める。


「え、どうしたの?」

「……! ……、……、…………!」

「ひょっとしてまた敵か?」


 クーゲルがそう言うと、身振り手振りで伝えようとしていた妖精が勢いよくコクコクと何度もうなずく。

 伊澄は近くにあった湖底のくぼみに機体を滑り込ませた。着地音を立てないようバーニアをごく短時間に小刻みに噴射しながらそっと静止させ、ジェネレータ出力をギリギリまで落とす。そして頭部カメラだけを持ち上げ、妖精が指さしている方を伺った。


「今度は何だ? さっきはタコみたいな野郎だったが今度はイカでも来たか?」

「ンな安直な。エビかもしれませ――っ!」


 果たしてカメラが捉えたのはイカ型でもエビ型でもなかった。

 遠くからジワリと近づいてきて、目視で確認できたのは丸みを帯びた四肢のある影だ。

 生物的な肉感のない、金属でできた存在。ノイエ・ヴェルトだ。バックパックからウォータージェットを噴出させて移動し、手には銃らしき武器を持っている。

 コクピット内で動いたところで機体が動くわけではない。それでも伊澄たちは思わず息を潜め、ただモニターごしにその動きを監視する。


「僕たちを探してる……?」

「……いや、違うな。単なる見回りだろうぜ」


 クーゲルの言葉どおり、王国所属らしいその機体はゆっくりと推進しながら首を左右に振って辺りを警戒し、しかしそれだけで伊澄機の傍を離れていった。それを見届け、伊澄たちはそろって息を吐き出した。


「良かった……

 エル、現在の王城までの距離は?」

『NGPS(New Global Positioning System)と接続できないため移動速度等からの推定ですが、距離およそ五百です』

「哨戒機も出てきてたことだし、ならもうすぐだな」

「……急ぎましょう」


 ジェネレータの出力を再び上げ、エーテリアは湖底を泳ぐようにして進み始めた。

 そうして間もなく、妖精が再び伊澄に静止の合図をする。

 そこはまだ水深もだいぶある深いところで、王城のすぐ傍だがもう少し距離がある。機体の横には藻の生えた岩肌があり、しかしそれ以外には何もない。

 ここにいったい何があるのだろう。妖精の指示に首を傾げる伊澄だったが、小さな道案内人はその岩肌を指さして手をせっせと前から後ろへ動かしてみせる。


「まさかと思うけど……ひょっとして、ここから掘って進めってこと……?」


 伊澄の問いかけに妖精は我が意を得たり、とばかりに胸を張った。

 なるほど、ここまでくれば王城まで一息。地面を掘って進めば確かに見つかることなく王城に乗り込めるだろう。いいアイデア――


「……いやいやいやいや! 無理だって!」


 納得しかけ、だが伊澄は慌てて手を横に振った。掘って進むというアイデア自体は別に構わないが、穴を掘るというのは存外に難しいのだ。ノイエ・ヴェルトは確かに元々は土木工事用ではあるが、もはやこの機体はそうしたコンセプトからはかけ離れてしまっている。


「できねーの?」

「そりゃあ絶対無理とは言いませんけど、手で掘るなんて無茶ですよ。専用の道具があるならともかく――」

『道具ならありますが?』

「――は?」

『コンソールを開き、今から申し上げる隠しコマンドを入力してください』


 手元の端末を開き、言われるがままにコンソール画面を開く。


「……ヤな予感がするけど一応聞くよ。どんなコマンド?」

『『こんなこともあろうかとサムシング・ライク・ディス』です』

「……なんでしょう、開発者のニヤケ顔が手に取るように分かるんですけど」

「奇遇だよな、俺もだよ……」


 伊澄とクーゲルはそろって顔をひきつらせた。だがもたもたしてる余裕もないし、嫌だが従うしか無い。指定されたコマンドを入力しプログラムが起動する。すると、機体が勝手に動き出した。

 両腕が前に突き出され、肘から手首に掛けて腕が裂ける。手首から先が引っ込み、変わって裂けた部分から「ガシィン」と音を立てながら金属部品がせり出し、「ガシュィン」と拳部分に装着された。

 そして最後に先端が傘のように広がり――見事なドリルが完成したのだった。


『これで土砂程度であれば掘削が可能になるはずです』

「そうはならんでしょ……」

「つか、なんでこんなのが組み込まれてるんだよ?」

『理由は不明です。ですが私が理由を尋ねたところ、ワイズマン博士から『ドリルはロマンだからね!』との回答を頂いています』

「ああ、うん。もうどうでもいいや」


 いったいどんな仕組みでギミックが組み込まれてたのかとか、どうやってコンパクトに収納してたのかなど無数の疑問が伊澄の中に生まれたのだが、もはや伊澄は思考を放棄した。バカと天才は紙一重などというが、ルシュカ・ワイズマンという人間を理解しようとするだけ無駄である。


「ま、まあこれで進めるんだしな! ほら、とっとと行こうぜ」

「……そうですね」


 諦めを吐息と共に吐き出し、伊澄は機体を半身にして右腕を弓を射るように引く。

 先端のドリルが水の抵抗をものともせずに高速で回転を始める。それに伴ってジェネレータ出力が上がっていき、肩部から放熱板が開いた。ドリルの回転部による減圧と放熱部から発せられた熱で水が沸騰していき気泡が混ざっていく。


『回転数、限界速度まで上昇しました』

「では……いっけぇぇぇっっっっ!!」


 叫びながら右腕を突き出し、岩肌とドリルがぶつかる。最初こそ抵抗があったものの、ぶつかるとほぼ同時に岩を砕き、その下の土砂をえぐっていく。機体が地面の奥へとめり込んでいき、吐き出された土砂が機体を汚していった。

 反動で外へと押し出され、それでもバーニアを噴射し力任せに伊澄は機体を奥へ奥へと押し込んでいく。

 やがて完全に穴は穿たれ、機体は王城地下へと続くその中へと消え去っていったのだった。




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