第29話 シルヴェリア王国へ(その3)




『これで全て撃退しました。感触はいかがですか?』

「……生き物を殺すのは気分は良くないけど、機体の感覚の事を言ってるなら多少は慣れたかな?」

「そりゃいいんだけどよ……」


 シートの下からクーゲルのうんざりしたような声が聞こえる。身を乗り出して覗き込めば、ベルトにかろうじて脚を引っ掛けただけで逆さ吊り状態のクーゲルが恨みがましい眼を向けていた。


「……こりゃアレだな。お前とは絶対一緒に乗ったらダメだ。帰ったら姐さんにもキツく言っとくぜ」


 そう言いながら「よっ」と掛け声を上げながら腹筋の要領で体を起こして姿勢を元に戻す。


「コホン……ともかく、だ。このまま飛んでいくのが一番早ぇのかもしんねぇけど、燃料とか推進剤を消費しちまうし、今みたいにモンスターに襲われるかもしんねぇ。本チャンはオルヴィウスとの戦闘だからな。無駄な戦闘は極力避けるにこしたことはねぇ。オレは反対だぜ」

「それは……そうかもですけど」

「それにいくらエーテリアコイツの性能がダンチだからって王国のノイエ・ヴェルト部隊全部を相手にするつもりか? たとえくぐり抜けたってオルヴィウスと戦う前にボロボロでまともに動けねぇとかなっちまったら意味ねぇだろうが。オレはそんな自殺行為に付き合うつもりはねぇぞ」

「じゃあどうするんですか?」

「せめて地上から地形に紛れてこっそり近づくとかさぁあんだろ。EDH(Electric Device Homographic Camouflage System)でも使って、ゆっくり近づきゃなんとかなるんじゃね?」

『お言葉ですがそれは難しいかと』


 クーゲルが案を上げるが、それをエルが否定した。


「なんでだよ? まさかこいつにゃEDHが搭載されてねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」

『軍曹の仰るとおりエーテリアにはEDHは搭載されておりません。ですが正確にはEDHに変わる新たな迷彩システムとしてSDCが搭載されています』

「なんだそりゃ?」

『SDC、正式名称はSpatial Distortion Camouflageと呼ばれる次世代のシステムです。高磁力・高重力場を形成することで機体周辺の空間を歪曲し、到達する光を屈折させて不可視とする迷彩方法とされています。本システムによりレーダー・光学共に認知がほぼ不可能となります。かつ従来のEDHで必要とされた投影スクリーンが不要となり、弱点とされた接触によるスクリーンの破壊による探知を克服しています』

「そんなことが可能なの?」

『はい、スペック上はそういうものと記載されています』

「よく分からんけどよ、要はEDHよりすげぇシステムだってことだろ? ならそいつ使やぁいいじゃねぇか」

『肯定したいところではありますが、現時点では重大な欠点があります』

「はぁ?」

「……ジェネレータからの発熱だね、エル?」

『さすがの理解力です、伊澄准尉。軍曹とは違いますね』

「おう、ケンカ売ってんのか?」

『そちらは否定します。

 軍曹にも容易に理解できるよう説明致しますと、空間を歪曲させるような場を作り出すために相当な出力が必要とされます。そのために十分な放熱システムが必要となり、ない場合は機体周辺が熱せられて高温になります。現時点ではまだ冷却系および発熱への対処が十分ではありません。

 アルヴヘイムではモンスターの探知のために熱感知系の警備システムが構築されることが多く、シルヴェリア王国でも同様とされています。なのでSDCを発動させて接近しても途中でほぼ一〇〇パーセント敵に探知されると考えられます』

「とんだ欠陥システムじゃねぇか……」


 クーゲルがぼやく。だが今それを嘆いたところで仕方がない。


「となると……強行突破か、それとも探知システムに引っかからないようなルートを探すか、だけど……」

「静粛機動モードに切り替えた上で、森の茂みとか使って慎重に近づくか?」

「うーん……」


 伊澄は記憶を探る。確かに城の近くには森が広がっていて、うまくいけば気づかれずにかなり接近できるかもしれない。だが以前に伊澄が巨大モグラと戦った時は、城の近くまできたところで王国もその存在を探知できていた。あの時はエレクシアの策略で探知が遅れただけであり、本来ならばもっと早くに探知できていたのだろう。それを考えると森を使うルートもあまり得策ではないような気もする。


「だからって、他に良い案は浮かばないし……」


 ならば少しでも可能性が高そうなクーゲルの案で行くしかないか。

 消極的ながらそう判断した伊澄だったが、その時、彼の懐が淡い光を発し始めた。


「な、なんだぁっ!?」

「これは……?」


 伊澄の中から小さな光の玉が現れた。それがクルクルとコクピットの中を旋回していく。やがて伊澄の正面に戻ってきて、頭上からゆっくりと落ちてくる。伊澄がその下にそっと手を差し伸べ、手のひらに舞い降りるとその光が弱まっていった。

 ほどなく光が完全に消え去り、そこから現れたのは東南アジアの船上で見かけた、緑色の髪をした妖精だった。


「君はあの時の妖精……?」

「妖精? このちっこいのがか?」

「……良かった、元気になったみたいだね」


 伊澄が話しかけながら指先で頭を撫でると妖精はくすぐったそうに身をよじった。伊澄のその指先をガジガジとかじり、そうして浮かび上がって伊澄の頬に口づけするともう一度伊澄の周りを楽しそうに飛び回る。そして機体のモニターに張り付くと木の枝の様な手足を使って身振り手振りで何かを伝えようとしてきた。


「ひょっとして……案内してくれるの?」


 まさかと思いながら浮かんだ考えを口にすると、妖精は嬉しそうにクルクルと踊る。どうやら当たりのようだ。

 であるならば。


「……この子に従ってみましょう」

「マジかよ……

 ま、この際それもありか。いいぜ。

 その代わり! しっかり案内頼むぜ、妖精さんよ」

『妖精がどのようなものか私は知覚できませんが、私は伊澄准尉に従います』


 クーゲルとうなずきあうと、伊澄はペダルを踏み込んだ。

 滑らかに機体が動き出す。妖精の指示に従い、地上付近を低空で飛行する。そうしてエーテリアは一気に加速していったのだった。




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