第13話 初陣(その2)





 強烈な勢いで開いた扉の奥からまず届いたのは、罵詈雑言の嵐であった。


『クソっ、クソっ、クソっ、クソがぁっ! 許さん許さんぞ、あの人間どもめっ!!』


 声に遅れて入ってきたのは三人の獣人たちだった。どうやら爆発に巻き込まれたらしく、階段前は綺麗に手入れされていた白い体毛がススで黒く汚れてしまっていた。軽く怪我もしているようでバルダーの黒服たちに支えられていたのだが、完成車にたどり着くと激しく罵り続けながら彼らを振り払い、力任せに壁に拳を叩きつける。

 当たり前の話だが、よっぽどだまし討ちにあったことが腹立たしいらしかった。


『水だっ! 水を持ってこいっ!』

『はいはい、ほら』


 横暴な態度でどかっと椅子に座った彼らに、ボトルの水をルシュカが渡す。三人のうち一人は冷静に礼を述べているが、怒りを露わにしている二人は一気に飲み干し、しかしそれでも気が鎮まらないのか空になったボトルを床に叩きつけた。弾んだそれがサキの背に当たる。だが彼らが謝ることもなく、サキもまたムッとした表情を伊澄たちに見せるも一瞥だにしない。


『ドクター。時間が』

『分かってるって。

 いやぁ、とんだ災難だったねぇ、お三方。せっかくのお綺麗な毛並みが台無しだ』


 鋭い牙をむき出しにして唸る獣人たちに、ルシュカはニタニタとしてねちっこい声で近づいていく。


『なにが災難だっ!! 最初っから我らを謀る腹づもりだったのだ……! せっかく誇り高き我らが人間どもに頭まで下げたというのに、この屈辱……っ!』

『だーよねぇ? 悔しいよねぇ? 貴方たちのよーうな誇り高き獣人が、人族なんかに小馬鹿にされて。ぜぇひとも仕返ししたぁい。そうは思わないかぁい?』

『当たり前だっ!!』尖った爪をむき出しにした腕がコンソールに叩きつけられた。『倍では足らん! この我らの傷つけられた誇りに比べれば、屈辱を万倍にしても不足! あの下等な連中に、今すぐにでも眼にものを見せてやれっ!』


 ニヤリ、とモニターの中でルシュカが嘲笑った。そう見えた。


『……それは御三方の総意と受け取っていいかい?』

『当たり前だっ!』

『オーケー。つまり御三方のご意向は、皇国軍の殲滅、ということでいいのかな?』

『そう言っているだろうっ!! さっさとあいつらを叩きのめせっ!』

『待てっ! 怒りに飲まれて短慮を――』


 獣人たちの中で、唯一最初から落ち着いていた一人――代表として握手をしていた獣人だ――が仲間を制止しようとする。だが、ルシュカがそれを遮る形で手を大きく叩き声を張り上げかき消した。


『オッケーオッケー!! それではご依頼承りましたっ!

 ――マリア、聞いてたね?』

『もちろん』

『なら――目標を殲滅しろ』


 ルシュカの声が、鋭く伊澄の耳に突き刺さる。

 次の瞬間、マリアの機体が空高く舞い上がっていた。

 跳躍と同時にEDHが解除され、手に持っていた高周波ブレードが上空から敵機の首元に振り下ろされる。

 黒い機体が砂色の敵機にのしかかり、ブレードと魔法装甲がぶつかり合って激しい閃光を散らす。だがそれも一瞬。マリア機のブレードが魔法の装甲をすぐに打ち破ると、そのまま下の金属装甲へと突き刺さった。

 奇襲に敵機は何の抵抗をすることもできない。ガクリとライフルを持った両腕が下がり、そのまま砂地へと倒れ込んだ。


『一機っ!』


 マリアの攻勢は止まらない。

 敵機を踏み台にして跳躍。まるで猫のように青空の下で軽々と機体を躍らせ、回転しながら腕部からせり出したガトリングガンを連射していく。

 ばらまかれた弾丸が次々と着弾。砂塵が舞い上がり展開された敵機の魔壁に遮られて弾が砕けていくが、その数に耐えきれなくなりガラスが割れたような音が響いた。

 マリアは着地しながらも巧みに姿勢を制御し、更に特殊弾頭の嵐をお見舞いしていく。防御壁を失った敵ノイエ・ヴェルトを、股関節からコクピットまで銃撃で斬り裂くようにして攻撃を浴びせた。


「危ないっ!!」


 そんなマリアの背後から二機のノイエ・ヴェルトが狙撃しようとしていることに気づき、伊澄は思わず叫んだ。手には魔法弾が装填されたライフル。彼女目掛けてそれを発射しようと銃口が光り始めた。

 だがそこに光弾が連続して着弾した。焼け付くような赤い光を伴ったそれがノイエ・ヴェルトの顔面に叩きつけられ、一機は魔壁を貫通されて頭部を失い、もう一機も衝撃に弾き飛ばされて倒れ込んだ。

 伊澄は射線をたどっていく。そこには、巨大なライフルを構えたクーゲル機が銃口から白煙を上げていた。


『サンキュ、クーゲル!』

『あったりまえだろっ!! 姐さんの背中を守るのは俺の役目ってな!』


 軽快なやり取りを交わしながらマリアは蜂の巣にした機体にナイフで止めを差した。コクピットを抉るように突き刺し、即座に跳躍して敵機の囲みから脱出する。

 ここまで僅か数十秒。瞬く間に三機を撃墜したマリアとクーゲルの無駄のない連携に伊澄は思わず釘付けになっていたが、そこに鋭い叱責が届いた。


『伊澄、EDHを解除っ! ボサッとしてるんじゃないよっ!!』

「……っ! すみませんっ!」


 ルシュカの一声から始まった怒涛の展開。そこに伊澄はついていけていなかったが、マリアに怒鳴られ慌ててEDHを解除して戦闘に参加しようとした。

 そして彼の乗るテュールが現れた。

 敵機の前で棒立ちで。


『准尉、敵に奇襲した上でEDHを切るべきだったのでは?』

「……だよね」

『伊澄、後で反省会だから』


 敵からしてみれば、突然現れた三機目に慄くがただそれだけだ。マリアの低い声が届き、伊澄は冷や汗を流した。


『ま、それはそれとして、伊澄――やれるの?』


 マリアの声色が和らぎ、鋭いながらも気遣うような響きが届く。伊澄はやや荒く呼吸し、機体を操作しながら敵機を見据える。

 残敵数はまだ七機。戦力差は約一対三から一対二になったが、まだ数の上では敵の方が有利。加えてここからは奇襲ではなく正面切った戦いだ。

 隊列を整えた敵機の隙間から、先程マリアが倒した機体の姿が覗き見える。コクピットは破壊され、パイロットは生きていないだろう。だがこちら側も敵側もそのことに頓着している様子はなかった。

 まだ戦ってもいないのに伊澄の頬から顎へ汗が流れた。絶え間なく逡巡が続き、「人殺し」への恐怖が襲う。

 それでも。


「……やります」


 胃がねじ切れそうな感覚を覚えながらも伊澄は言い切った。気を抜けばガチガチと音を立てそうな奥歯を強く噛み、レバーを握る。マリアは敵機の動きから眼を離さないまま伊澄のその声を聞き、刹那の間の後に軽く息を吐いた。


『伊澄』

「はい」

『信じてるわよ』


 短い彼女からの返答。決しておざなりな言葉ではなく、本心からの言葉。それだけで伊澄の震えが少し止まった。


『なら――攻撃開始っ!』


 マリアの指示が飛び、距離をとってのにらみ合いが崩れた。

 モニターの端で黒い機体が敵機に躍りかかり、伊澄もまたペダルを踏み込みレバーを前に倒した。

 加速する。慣性力によって体がシートに押し付けられ、全周囲モニターに映る景色が線となって後ろに流れていく。


(殺したくないなら――)


 まだ伊澄は戦場での殺し合いを許容できたわけではない。だが戦いから逃げ出すこともできない。そんな二律背反から抜け出すため、伊澄が導いた結論は。


(機体を動けなくしてしまえばいいってことで――っ!!)


 近接用の高周波ナイフを右手に、ハンドガンを左手に持ち伊澄は正面にいた敵機目掛け機体を走らせる。ハンドガンを構え、照準器が敵機の頭部を捉えた瞬間引き金を引く。

 高速で走る弾丸。だが敵兵も熟練だ。横へすばやくステップし、伊澄の銃弾をかわしていく。そして返す刀で自身の魔法銃を発射した。

 ハンドガンに比べれば遥かに高威力で砲撃も大きい。しかしそれを伊澄は軽やかなステップでかわしていき、移動しながら再びハンドガンを発射する。三発が放たれ、一発こそ頭部へ命中したがそれも魔壁によって遮られ、二発は虚しく後方へと流れていった。


「っ……端部だけを狙うってのは――!」


 やはり難しい。だがやらねばならない。


(考えろ、よく考えろ、俺……ゲームじゃこのくらい当たり前だろ)


 唇を強く噛み締め、言い聞かせる。ゲームの方が敵の動きは良い。性能が段違いなのだから当たり前だ。それでも伊澄は頭部や腕部を狙って命中させ、勝ってきた。だからできないはずはない。

 静かに息を吐いた。



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