第14話 初陣(その3)





『伊澄准尉?』


 顔を上げた伊澄の顔つきが変わった。眼から人間らしい感情が消え、対象的に口端だけは楽しげに吊り上がっていく。

 息を吐きだすと再び敵機目掛けて機体を疾走らせる。限界までペダルを踏み込み、背面のバーニアを全力で噴射させて更に加速していく。

 モニターに映る敵機の姿が一気に拡大する。それをまばたきもせず、ただ楽しげに正面の敵を観察した。

 レバーのスイッチを一度押し込む。一瞬遅らせて左手のトラックボールを操作し、照準をわざと外して今度はスイッチを連打。

 ハンドガンから放たれた弾丸の初撃は外れ、しかしそれも想定どおり。


「そこぉっっ!!」


 敵機が避けた方向。そこに伊澄が敢えて照準を外して放った弾が、まるで未来でも見えていたかのように続けざまに命中。残弾全てが叩き込まれ、最初は魔法障壁に阻まれていたがやがて最後の一発がそれを貫いた。

 ガラスの破砕音に似た音が響く。そしてその時には、伊澄は敵機のすぐ眼の前にまで接近していた。

 敵機の魔法銃が向けられ、前方モニターが巨大な銃口で埋まる。それでも伊澄は臆さない。落ち着いてハンドガンの銃床で敵機の銃身を跳ね上げると、無防備になった敵機の肘関節目掛けてナイフを突き出した。

 魔壁を失い、伊澄のナイフが容易く関節を斬り裂いていく。冷却用のオイルが溢れて黒い機体を汚していき、肘から先を跳ね飛ばす。

 伊澄はそのままナイフの向きを変え、振り抜く。高速で振動する刃が敵ノイエ・ヴェルトの太い首を正確に捉えた。

 抵抗がかかり、伊澄機の腕の動きが鈍る。だがそれも刹那。真っ赤な火花を飛ばし、バターを切るようにして切断しきる。切り取られた頭部がナイフとの摩擦で跳ね飛ばされ、荒れ地の上に転がっていった。


「まず一機っ!」

『右舷、高エネルギー反応』


 響く警報とエルの警告。側面より真っ赤な火炎の塊が、伊澄機を焼き尽くそうと迫ってくる。しかしエルに警告された時にはすでに反応済みだ。

 首の取れたノイエ・ヴェルトを蹴りとばし、その反動を利用して後退。更には機体を背から倒して火炎魔法弾から逃れた。

 モニター内が真っ赤に染まる。それを見ても伊澄の表情は変わらない。巨大な魔法の筋を真っ直ぐに見つめ、口元の笑みは絶えない。


『頭部および胸部前面装甲表面がやや高温ですが耐用温度内。損傷軽微です、准尉』

「さっすがの最新機っ!」


 エルの報告に応じながら伊澄はバク転の要領でその場を退避。そして即座に機体のバーニアを噴射した。

 黒い機体が赤い空へと舞い上がっていく。風に乗り、重力に逆らう自由を感じながら伊澄は眼下の敵機を睨みつけた。


「エル! ライフルをっ!!」

『了承しました』


 敵機が上空の伊澄機に照準を合わせ、狙ってくる。伊澄は左右のバーニアの向きを制御して魔法の砲撃を避けながら手に持っていたナイフ、そしてハンドガンを投げつけた。

 単なる投擲に威力はない。だが迫ってくる飛来物に敵機は射撃を止めて回避行動に移行。その隙に伊澄は武装を変更していた。

 バーニアパック上に設置されていた黒く長いライフル状の武器。それが肩部背後の回転機構によって移動し、脇下に抱えこむような形で収まる。機体の右腕が上向きのグリップを握りしめる。

 伊澄の顔の前に精密射撃用の照準器が降りてくる。当たり前の様に伊澄はオートフォーカス機能をオフにし、ナイフとハンドガンから逃れ、再び伊澄へ迫ろうとするノイエ・ヴェルトの横に狙いを定めた。

 だがまだ発射しない。自由落下を始めた自機と敵機の相対速度を感覚で計算しながら敵機の移動終了時の硬直を見極めていく。

 そして、引き金を引いた。


「ぐっ!」


 レールガンのけたたましい破裂音と反動が機体を揺らす。ローレンツ力によって吐き出された弾丸が音速の壁を突き破り、空気を破裂させて敵機に向かっていく。

 着弾。鈍い音と破砕音が青空にこだまする。

 魔法の障壁は直撃は防いでくれるが万能ではない。レールガンの強力な破壊力は障壁を容易く破壊し、けれども弾丸の威力を大きく軽減する程度の効果はあったのか、敵ノイエ・ヴェルトは着弾の勢いで弾き飛ばされ、大きな機体が傾いでたたらを踏んだ。

 そしてそこを伊澄は見逃さない。

 自身も反動によって態勢を崩すも即座に立て直し、再び照準を定める。初撃は、当てるのはどこでも良かった。だが、次は――


「エル、周囲からの攻撃警戒を任せる」

『了承』


 伊澄の集中が更に高まる。周囲から音が消え、鼓動だけが残る。やがてそれさえも消え、無音になる。

 処理する情報は唯一つ。敵ノイエ・ヴェルトのみ。伊澄の瞳の中で、創造された幾つものノイエ・ヴェルトの動きが再現されていく。

 発射。反動を受けて情報を修正。ターゲットを変更。再度引き金を引く。破裂。情報を再修正のち照準を変化。再度、発射。

 都合三発の弾が連続して発射された。

 空気を破壊しながら弾丸が飛ぶ。命中。一発目はたたらを踏んだ敵機左肩。着弾の衝撃で大きくのけぞり、そこで二発目が頭部を破壊。そして三発目が左股関節を砕いた。

 その威力は凄まじく、着弾した箇所は原型を止めない程に破壊され、敵機は抵抗することもできず地面に倒れ伏した。破壊された関節部でショートした電子回路が火花を上げ、おびただしい量の錆びたオイルが流れ落ちた。これでこの敵機はもう動けない。


「次は――」


 伊澄に聴覚が戻り、どっと吹き出す汗を拭うのも忘れて索敵を再開する。

 だが残っていたはずの敵機はすでにマリアとクーゲルによって駆逐されてしまっていた。破壊された敵ノイエ・ヴェルトがそこらに転がり、無残な金属の躯を晒している。

 そして残った敵機二体は、すでに敗北を悟り戦場を離れ始めていた。


『おひょー! やるじゃん、伊澄!』


 ようやく汗を拭い、伊澄が撤退する二機を見送っていると、スピーカーからクーゲルの楽しげな声が届いた。普段から生身で伊澄にしてくるようにノイエ・ヴェルトで伊澄機の肩をバシバシと叩くとグイッと首に腕を絡めてくる。


『ドク肝入りの面目躍如ってかぁ? ええ? くそ、新人のクセに生意気にも良い腕しやがって』

『クーゲル。絡むのは後。さっさと仕事済ませてしまいなさい』

『へいよ、姐さん』


 マリアにたしなめられ、最後に伊澄に向かってサムズアップをすると、クーゲルは離れていき、やや小高い場所へ降り立つ。そして背面に背負っていた、戦闘中には使わなかった一際砲身の長いライフルを地面に設置した。

 機体を寝そべらせ、スコープを覗き込む。銃身の向きは先程逃げていった敵機がいる方向だ。


(まさか……?)


 伊澄はクーゲルが何をしようとしているか理解するも、さすがに無謀だと思った。すでに敵機はレーダーの範囲からも離れ、モニター標準のズーミング機能で限界まで拡大しても点のようにしか見えない。


『へへっ、姐さんや伊澄にばっか良いカッコさせるわけにゃいかねぇからな』


 だがクーゲルに気負いはない。リラックスした様子でスナイプ用の照準器を覗き込んでいる。

 少しずつ、だがすばやく銃身の向きを微調整していく。やがて、微妙なその動きが停止した。


『せっかくの平和的な話し合いを邪魔する悪いやつには――ヒーローの鉄拳が必要って相場が決まってんだよ』


 カチリ。スピーカーから引き金の音が届いた。

 次の瞬間、凄まじい轟音とともに二発の弾丸が解き放たれていった。

 それは曲率の大きな弧を描き、空を滑走する。音速を突破した衝撃波が地上を荒らし、猛烈な砂埃を巻き上げた。

 静寂が戻る。伊澄とマリアは飛んでいく弾丸の行く末を見守り、数秒の後に遠く着弾の音が届いた。


『うっしっ! 命中確認っと!』

「……うっそぉん」

『敵機は?』

『さあてね。ま、少なくとももう動けやしねぇよ。機体の上半身が吹っ飛んでくのだけは見えたからさ』

『そ。お疲れ様。相変わらず良い腕してるわね』


 まさかこの距離で直撃させるなんて。伊澄はあんぐりと口を開けて、驚きを通り越してもはや呆れるばかりだがマリアとクーゲルのやり取りは至っていつもどおりだ。

 クーゲルが狙撃の名手だとは聞いていたが、こうして目の当たりにするとその腕がバケモノじみているのがよく分かる。


『どうよ、伊澄? お前もちったあ俺のこと見直したろ?』

「ええ、そりゃもう。

 ……単なるイタズラ好きなはた迷惑な人じゃなかったんですね」

『お前俺のことンな眼で見てたのかよっ?』

「他にどう見ろっていうんですかっ!? 毎っ回毎っ回、人がバルダーに来る度にしょーもないイタズラしかけて!」

『バーカ! ありゃお前がウチに馴染みやすいよう敢えてやってんだよっ!!』

「一番爆笑してマリアさんに蹴飛ばされてたの誰ですかっ!!」

『はいはーい、三人共おつかれおつかれー』


 戦闘が終了し緊張が解れて伊澄とクーゲルの言い争いが始まりそうであったが、そこにルシュカを写したウインドウが割り込んできた。同時に足元を見下ろすと、管制車もまた伊澄たちの元へ到着して止まった。


『報告します、ドクター。敵ノイエ・ヴェルトの殲滅を確認。対してこちらの損傷は軽微です。破壊したノイエ・ヴェルトは回収しますか?』

『んー、そうだねぇ。契約書に特に処遇は書かれてないし、比較的マシなヤツを一、二体分くらい回収しといて。型古の機体だけどちょぉっと修理して動けるようにすれば、ニヴィールだとたかぁく売れるでしょ。

 それより――まぁだもう一仕事残ってるよ?』

「っ……!」


 まさか新手か、と伊澄はすぐさま身構えてレーダーを注視した。しかしそこに味方以外の反応はない。

 ではなんだろうか、と伊澄が首を捻ってると管制車からの割り込み映像がモニターに表示される。

 その中では数台の車が走っていた。煙の上がる建物の隣から猛烈な勢いで飛び出していき、高級そうな黒い車が列を為して遠ざかっていく。それが、獣人と交渉する相手であった皇国の司教たちのものだとすぐに理解した。


「まあそうですよね」


 司教たちの思惑がどうであったのかは現場にいなかった伊澄には預かり知らぬことだ。が、彼らが今回の事件を知らなかったならば安全を確保するためにとっくに逃げていてしかるべきであるし、まだ現場に居座っていたということは、あの司教たちも今回の騙し討ちに一枚噛んでいたということか。


「何にせよ、普通は拘束するか……」


 獣人とバルダー側も不意を打たれたわけであるし、会談現場では逃げるのに必死で敵の無力化までは無理だったのだろう。であれば、これから自分たちに彼らを捕まえてこいという追加のお仕事か。

 伊澄はそう考えて、一番下っ端である自分が行くべきだろうな、と心づもりをしたのだが、そこにマリアのため息混じりの声が聞こえてきた。


『ドクター。良いんですね・・・・・・?』

『モチロン。だって、ほら? 私たちは雇われだからねぇ? 依頼主のご意向には極力応えてあげなきゃ?』

『しかし……』

『んー、ならマリアにこの言葉をプレゼントしようか。

 ――これは命令だよ』


 顔にはヘラヘラとした笑えを浮かべ、しかしルシュカは黙りこくったマリアに冷たく言い放つ。

 マリアはわずかに逡巡した。しかしすぐに顔を上げ、そしてノイエ・ヴェルトの左腕を正面に掲げる。その腕の下にはガトリングガン・・・・・・・が付いていた。

 何を、と伊澄が怪訝に眉をしかめた瞬間――けたたましい炸裂音が連続して響いた。

 伊澄の目の前に映っていた司教たちの乗る車が遅れて一瞬で穴だらけになる。着弾の衝撃で車体が跳ね上がり、やがて燃料に引火して盛大に爆散した。


「あ……」


 轟々と上がる炎と黒い煙。それがまたたく間に三台の車両全てを飲み込んでいく。煙のカーテンの奥へ消えていく。

 言葉が、出ない。伊澄はコクピットの中から唖然としてその光景を眺めた。


『――任務、完了しました』

『はい、ご苦労さま。これで本当におしまい。んじゃ、三人共もう降りて休憩しちゃっていいよー』


 マリアの硬い声と、あまりに場違いなルシュカのいつもどおりの声が聞こえた。

 伊澄はそっとモニターに映るマリアの横顔を窺い見た。だが彼女は伊澄とは反対の方向を向いていて、結局コクピットから降りるまで彼女の表情をうかがい知ることはできなかったのだった。




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