第23話 真実(その4)
「……不満かの?」
「いえ……」
「正直に言うがよい。ここにはワタクシしかおらんし、不満を漏らしたところで咎める程にワタクシの器は狭くはないぞ? それともまだ酒が足らんか?」
ニタニタと笑ってグラス越しに顔を覗き込むエレクシアの様子に、クライヴはため息を漏らした。
「……では申し上げますと、エレクシアが羽月・伊澄にあそこまで礼を尽くしてまで取り込もうとする、その意図が分かりません。
確かに彼は優秀だ。我らとは違った視点と技術を持ち、それらを引き出せれば多くを我が国にもたらしてくれるでしょう。いつか来る時には、我が王国に欠かせぬ人材となるかもしれません」
「――だがそうでないかもしれない。そして彼の代わりになりうる者は国内にもいる。
クライヴはそう言いたいということでよいな?」
「そうです。まして、
一応弱らせていたとは聞いておりますが、思惑通りに事が進んだから良かったものの、一歩間違えば惨事になりかねませんでした」
「じゃがそうはならんかったろう? 大丈夫、そうはならんよう手は打っておった。それに、万が一伊澄が負けたとしてもお主らが何とかしたじゃろうて」
そうエレクシアは告げて口に弧を描かせる。そして一口酒を含み、楽しそうに本質を突いた。
「言葉を弄してごまかすでない、クライヴよ。正直に言え、とワタクシは言ったぞ。
お主は欲しいのじゃろう?
「……」
「お主は負けることも嫌いじゃが、誰かを諮ることも同じくらいに嫌いじゃからの。確かに直前にそのような命令をされれば不満の一つも持つのも無理はあるまいし、業腹であろう」
「ご理解しているのならば早い」クライヴはため息で応じた。「なれば理由を教えて頂きたい。
エレクシア、貴女の深謀は理解しているつもりです。まだ少女であった貴女が城へやってきて以降、なにかもが変わりました。それも全て良い方に。だから今回の件についても深い考えがあるだろうことは察しております。それとも――」
クライヴは珍しく鋭い眼差しをエレクシアに向けた。
「それとも――また
沈黙が流れる。クライヴはジッとエレクシアを見つめ、エレクシアもまた彼を見返す。
やがて、視線を外したのはエレクシアだった。彼女は軽く息を吐き出すとグラスの酒を飲み干す。空になり、グラス越しの彼の姿が瞳の中にクリアに映る。
「……羽月・伊澄をこの世界に連れてきたのは、確かに彼女――アリシアが見せた景色の中に伊澄がいたからじゃ。じゃがお主に負けさせたのはあくまでワタクシの考えじゃよ」
「……信じてよろしいのでしょうか?」
「うむ。というよりもクライヴ、お主は少々勘違いしておるようじゃがの」
エレクシアはグラスをテーブルに置き、立ち上がった。そして窓の方へ歩き、カーテンを開ける。夜は遅いが、眼下に広がる城下町にはまだ煌々と明かりが灯っていた。
「アリシアはいつだって何もワタクシには告げぬ。アレはただ未来を断片的に見せるだけじゃ。見せられた世界がいつなのか、どういった状況なのか……それを解釈するのは見た者、つまりワタクシじゃ」
「……本当に、本当にそのアリシアという女が見せているのは未来なのでしょうか?」
「今のところは、の。少なくとも見せられた未来を実現しようとする限り、そのとおりの未来が待っておる。別に努力せずとも自然とその未来に到達することも多いが……絶対ではない。中には、ワタクシの見たことのない全く別の未来に辿り着いた事もある。
じゃからこそワタクシは、望む未来に辿り着けるようあらゆる手段を講じるのじゃ。それこそが、来るべき十三年前の悲劇を乗り越える、たった一つの方法と信じておる」
「わざと負けるよう指示したのも、その一環だったということでしょうか?」
「そういう事になるの。
羽月・伊澄……アリシアの見せた光景の多くにあの男の姿があった。ワタクシが思うに、伊澄は重要なキーパーソンじゃ。ひょっとすると、我らに力を授ける以上の役割を担っとる可能性すらある。
あの男を兵や整備スタッフなど衆目に晒すという
「……エレクシアの考えは分かりました。伊澄を懐柔し、この国を彼にとって居心地の良いものにして離れられないようにしようということですね?」
「伊澄を召喚するにあたって、ニヴィールにおる者に徹底的に調べさせた。優秀な素養はあるが、あの男に足らんのは一言で言えば自信じゃの。
潜在能力はあるというのに、それを引っ込み思案な性格が邪魔しとるし、現状を自ら変えようという意識も低い。ニヴィールではあの男を活かすことができんが故にあやつの才能に気づかず、必要とされなかったために意欲を失っておる。
じゃが逆に言えば、あの手の男は才能を認め、ケツを叩いてやれば幾らでも身を粉にして働こうとするはずじゃ。何なら嫁の一人くらいあてがってやっても良いかもしれぬな。そうすればこの世界にも里心がついてニヴィールに戻ろうとは思わなくなるじゃろう。幸い、身内との関係もよろしくはないようじゃしの」
「上手く手懐けられれば友好に活用できる、とお考えですか……
しかし……そう上手くいくでしょうか?」
「そこは上手くやるしかなかろうの。
それに、どうせ一度こちらに来れば当分は孔を繋げる事もできん。一度は帰してやらねばならぬじゃろうが、その後は適当になだめすかして気を落ち着かせ、それでも戻ろうというのであればあの
幸い、魔法に対する耐性はなさそうじゃしの。最悪の場合じゃが……魔法で頭の中を弄って忠誠を誓わせる手もある。こういった手管は好きではないが、必ずしも飴をやる必要はないのじゃから――」
ガタ。
その時、部屋の外で音がした。
部屋にいた二人は、その物音に息を飲み、弾かれたように振り向いた。
そこには、扉を押し開く形で倒れるアナスターシアの姿があった。
「アナスターシアっ!?」
エレクシアが声を上げるも、アナスターシアはピクリとも動かない。クライヴがいち早く駆け寄って抱き起こすもやはり反応はない。しかし呼吸はしており見た限り命に別状はなさそうだった。
「……大丈夫です。どうやら眠っているだけのようです」
「そうか……」エレクシアは胸を撫で下ろした。「しかし何故……?」
アナスターシアに顔を寄せたエレクシアだったが、そこで彼女は一枚の紙切れが落ちているのに気づいた。そしてそれには、いわゆる「破魔」の効果を持つ魔法陣が描かれていた。
「いったい誰が――」
エレクシアの思考がそこまで及んで、ようやくあることに気づく。
何故倒れた彼女が室内に向かって倒れたか。扉は壊れていたわけではなく、人一人が寄りかかっただけで扉が開くはずはない。
「……」
彼女が見上げた先。そこには暗がりでも分かるほどに顔が青ざめた伊澄が立っていた。
「羽月、伊澄っ……!」
昼間は欠かさず付けていた敬称も忘れ、エレクシアは伊澄の名を口にした。その声で伊澄はハッと我に返り、エレクシアの顔を見下ろす。
そして――伊澄は逃げ出した。
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