隣の彼女は自由を夢見る

@fuka2116

第1話 イケメン親友

 明日が土曜日であることで、だるい授業も気持ち的になんとか乗り越え、中学からの親友である晴樹はるきと帰ることにした。


 帰り道で、俺たちがした話はアニメやドラマ、映画を見るなどの殆どが休日をどのように過ごすかの事だった。


 曜日の感覚は人によるのだろうか? 


 聞いたことがある。月曜日は休み明けで気持ちの切り替えが出来ずに辛いという人、木曜日は月火水の疲労が溜まって辛いという人。


 俺は前者だが、やはり金曜日は気が楽というのは皆、共通して思われているそうだ。








 学校からだいぶ離れ、長く続く繁華街に差し掛かった時。半袖から露出した腕に小さく冷たい感触がした。視線を向けると、細かい雫がついていた。それが分かったのは微かに肌とは違う色をしていたのと──


 空へと視線を変える。


「雨だ」


 学校を出た時から予想はしていた。明らかに空模様が怪しかったからだ。


 その感触は次第に大きくなってきた。


「おい、れんどこかで雨宿りするぞ」

「そうだな」


 今朝俺は天気予報を見なかった。朝起きてカーテンを開けると、この都会では珍しいことに空は澄み渡っていたからだ。これを快晴と言うのだろうと思っていた。快晴の基準は、空に覆う雲の量が1割以下と習ったことがある。


 まぁ雲の量を見たところで、快晴か晴れかの違いなんか俺には分からないがな。


 つまりそういうことで俺は傘を持っていない。雨宿りを提案してきたので、彼も持ってないのだろう。


 俺たちは近くの喫茶店に駆け込んだ。


 いらっしゃいませと言う声とともに出迎えられ、人は少なかったのでそこらの空いてる席に晴樹と向かい合う形で座った。


 外からはひたすらにザーッという音が聞こえてくる。小さい頃にテレビで覚えてしまった、砂嵐によく似た音だ。


 それを聞きながら、雨で滲んだワイシャツをタオルで拭く。


「いやー危なかったな!」


 と、言う晴樹のワイシャツも少々濡れているので彼によって拭かれていた。


「まぁ、危なくはなかったけどな」


 着替えがないので家に着くまではこの肌に貼り付くワイシャツの嫌な感触ともよろしくしなきゃな。


 この喫茶店にもただで居さしてもらうわけにもいかないので、何か注文しようとメニューを開く。その1ページ目には、画面いっぱいに映し出されたメロンフロート。神々しく映し出されていた。


 これ頼めって言ってるみたいなもんじゃん。


 晴樹は注文を決めていたので、俺はテーブルの端に置いてあるボタンを押した。


 すぐに店員が来たので、その神々しいものを頼んだ。


 今になって値段を見た。


 420円か……高校生でこの支出は痛いなぁ。


「それにしてもこの喫茶店、しっかり冷房効いてるなー」


 と、口にする晴樹もどうやらメロンフロートを頼んだようだ。


 8月とは言えども、湿った服に冷房は冷えるな。帰ったら早く風呂に入ろう。


「そうだな、結構冷える」


 すると急に真剣な顔になる晴樹。


「……脱いでもいいか」 

「やめろ」


 の後に気持ち悪い……と言いそうになったがやめておいた。真剣な顔で言われたので変な風に捉えてしまったが、晴樹には彼女がいるので、そういう趣味がないというのは分かっていたからだ。


 そういうってなんだろうか……聞くな。


「冗談だよ」

「知ってる」


 そこでお待たせしましたと言う声とともに、メロンフロートが定員の手によって俺と晴樹の元に置かれた。そこに刺さっていたストローにすかさず口をつける。


 そういえば晴樹は彼女と帰らなくて良かったのだろうか? とは言え晴樹とは同じ5組で、しょっちゅう誘われて一緒に帰ってる。彼女は確か8組だった気がする。まぁ、親友として束縛はあまり気に入らないからきっと良い人なんだな。俺も──


 すると晴樹は両手を組み、ニヤリとした笑みを浮かべ、そこに顎を乗せる形で口を開く。


「お前、彼女作らないの?」

「ぶぉっ」


 ストローで口に含んだメロンジュースは噎せる寸前で飲み込んでいたのでよかった。


 もし口に含んだ状態でその話をしていたら今頃貴様のワイシャツは鮮やかな色と化すだろう。


「わりいわりい、変なこと聞いちまったな」

「……作れたら作ってるよ」


 嫌味気味に言ってみる。


「なんでさ、廉なら作れると思うぜー、イケメンだし」


 イケメン……


 俺の嫌いな単語だ。最近の女子はすぐイケメンという言葉を使う。別にそれが悪いことではないのは当たり前だが、その単語を聞くと、どうも不快な気持ちになる。何故だろうか? 多分嫉妬なのだろう。まぁどうにもならないことなので最低限の身嗜みは整えてるつもりだ。


 その単語が自分に向けられていると知り、頰が緩みかけたが、3年間一緒にいるせいか、その言葉は彼のお世辞なのは分かっていたので。


「イケメンの定義って知ってっか? それはな、お前のことを言うんだよ。俺はただの凡人だ」


 こればかりは本音だ。晴樹は身長も高いし、頭も良い、スポーツ万能のいわゆる秀才イケメンというやつだ。俺の身長は晴樹ほどではないが、中学の頃の身長順では後ろの方に立っていたという唯一の誇れるところがある。


「嬉しいこと言ってくれるなー。そうだな、じゃあかっこいいでどうだ?」


 かっこいい……


 これなら許せる。どんな男子でも最低限の身嗜みをどうにかして、髪型を決めればかっこよくなれると思ってる俺にとってその言葉は嬉しい。


「……頑張ってみるよ。まだ、高校生活始まったばかりだから希望はある」


 言い聞かせるように言った。その言葉が甘えであることを知っていながら。


「ファイト!」


 目を細める晴樹。


 ああ、いい友達もったな……なんか自信が湧いてきた。


 相変わらず晴樹の印象は"とにかく明るい"の一択だ。その榛色を遊ばせた髪からも伝わってくる。


 気づいたら砂嵐の音は聞こえなくなっていた。窓越しに外を見ると、雨はもう止んでいたそうで、外は明るくなっていた。


「よし! 帰るか」

「そうだな」


 よいしょと席を立つ。


 会計を済まし俺たちは、ありがとうございましたと言う声と、カランカランというベル音とともに扉を開ける。


 外へ出た瞬間、もわっとした生暖い変な匂いがした。雨上がりに外に出ると、こんなことがよくある。俺はこの匂いの名前を知っている。


 ペトリコール


 ギリシャ語で石のエッセンスを意味するそうだ。何故知ってるかって言うと、小さい頃俺は自分しか知らなそうなことをネットで調べ、誰かに教えて優越感に浸りたかったからだ。


 この効果は片付けをしない幼少期の子供にも効くらしい。このおもちゃどこに仕舞うの? と聞くとその子供はおもちゃを元の場所に仕舞うそうだ。やはり人に教えたいというのは人間特有の感情なのだろう。


「なんつったっけこの匂い……ペタリなんとか」

「ペトリコールな」

「そうそう!」


 中学の頃、このような同じ状況があった時に晴樹に教えたことがある。


 うろ覚えにしてもペタリはないって。それにしてもこのに匂い、そしてこの雰囲気、嫌いじゃないの分かる人いるかな。


 所々アスファルトに溜まった水溜りを踏まないように避けながら、2人で繁華街を抜ける。


 ここで彼とは道が分かれるのでお別れだ。


「じゃあな!」

「ああ、また明々後日かな」


 そしてお互い正反対に歩きだす。


 晴樹の足音は工事や人、車などの街の騒音によって、すぐにかき消されてしまった。




 








 

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