第18話

 心リハビリという物が始まった。まずは看護師同伴で病室のあるフロアを二周ほど時間内に歩くという物だ。

そんな簡単な事で良いのか?ほんの少し歩くだけなんて楽勝じゃないか。

そう思って挑んだのだが、一週間ほどベッドで寝ていただけなのに、驚くほど筋力が落ちている。

 ストップウォッチを持った看護師と共に病室を出ると、すぐ目の前は汚物処理室という部屋だった。つまりは尿瓶や差し込み便器を持ってきて中身を捨てて洗浄するための部屋だ。

どうりで昼夜問わず看護師の出入りがあり、ドタンバタン、ジャーという音が聞こえたわけである。ずっと何のための部屋なのか不思議だったのだが、ようやく謎が解けた。

 すぐ右隣はやはりICUの入口の自動扉があった。ベッドごと入れる大きな扉だ。こちらは昼間よりも夜間の出入りが多く、カタカタ、ウィィンという音が私の睡眠を妨げていた。私のいる病室は騒音に囲まれていて、条件としては最も良くない物件だ。

 壁も天井も白い廊下を真直ぐに歩くとやがて曲がり角があり、右手に大きな自動扉がある。こちらは今いるHCUの入口の扉で、私は最初にこの扉を通って運ばれてきた。

左折していくと右手にカテーテル室と書かれた扉があった。自分で歩いてみると意外に近かったのかという印象だ。

 そのまま歩いてナースセンターを曲がり、複数の病室を抜けて一周だ。各病室の入口には大きな液晶モニタが付いていて、各部屋の患者のバイタルサインが表示されている。看護師が廊下を歩きながら状況を把握出来るようになっているのだろう。

 一周大した事の無い距離なのだが、二周目になると途端に足が重くなり始めた。自分でも驚くほどに体力が落ちていて、確かにこの状況でいきなり社会復帰しても普通に生活する事は難しいだろう。

それでも辛うじて時間内にフィニッシュした私は、次からルームランナーを使用したもっと負荷の高いリハビリに移る事になった。

 この日はこれでメニューが終了である。つまり残りの時間は病室内で過ごすしかない。窓の外をずっと眺めていると、お昼休みにはジョギングする人や、ベンチに座って休憩する人、ハトに餌をあげている人たちが見える。

夕方になると勤務先から帰る社会人、学校帰りの学生たち、犬の散歩をする人たちが見えた。

 入院する前の私は運動が嫌いだったし、歩いて移動するなんて考えもしなかった。休みといえば家でごろごろしてばかり。

しかし入院し、病室の窓から色々な人たちを見て、自分の足で歩いて自由に移動出来るというありがたみを身に染みて感じた。

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