第9話

 夜になった。正確に言うと時計がそう告げていた。この部屋にはなぜか時計が無く、私は自分がしてきた腕時計をベッドの手すりに括り付けて時間を確認していた。

ベッドに寝たままで動けない私にはそれ位しか時間を感じる事が出来ないのだ。

 突如廊下にテレビの音声が爆音で響き渡る。どうもどこかの部屋の患者がテレビの音量を最大にしているようだ。すぐに看護師の声が聞こえ、音量が下げられた。

当然ながら病院には色々な人が入院している。HCUはそれぞれが個室になっているので姿は分からない。生活音でどんな人物か想像するしかない。

テレビも見ず、音楽も聴いていない私には様々な音が聞こえていた。

 夜になったため、看護師が私の部屋に現れて、電気を消しますか?と聞いてきた。

部屋の照明や空調は入口のすぐ横にスイッチがあり、私には操作出来ない。

看護師に出来るだけ負担をかけたくないと思っていた私は、ナースコールを押すことはせずに、向こうからやってくるまで放っておいた。

 部屋の照明が落ち、暗くなった。しかし、残念ながらカーテンの向こうの廊下には弱いオレンジ色の照明が付いていて、完全には暗くならない。

常に部屋を真っ暗にしないと眠れなかった私は、これではなかなか寝付けない。

そうでなくとも怒涛の一日、初めての入院で興奮と緊張でとても眠れないし、更には様々な機械の信号音が気になってしまう。

 私の部屋の向かいには病室ではない何かの部屋があり、時折看護師が来ると部屋の照明が付き、バタンという蓋を閉めるような音と水が流れる音がする。

更に部屋の隣がICUで、私の部屋の入口のすぐ横に自動扉があるようだった。

昼夜問わず人の出入りがあり、足音が聞こえ、時にはワゴンの車輪のカラカラという音が聞こえ、そのたびに自動ドアが動く音がするのだ。

 これで眠れと言われても無理だ。

それでも私は暗い中じっと目を瞑っていたが、どうしても音が気になって目を開けてしまう。

 しばらくすると物凄い勢いで咳き込む人がいた。そのうち噎せ始めて、げーげーと、とても苦しそうだ。看護師の対応する声も聞こえてきた。

そうかと思うと夜中に大声で騒ぎ始める老婆もいた。恐らく痴呆症なのだろう。また看護師の対応する声が聞こえる。看護師は本当に大変だ。私には無理だ。

 病院なのだから当たり前ではあるのだが、HCUは特に重い患者がいる病棟だ。初めて入った病室はとても落ち着けるような物では無なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る