第7話
説明が一通り終わると着替えすることになった。患者衣と言うらしい、体の前で大きく開くようになっている服である。素材はよく分からないのだが、ごわごわしている硬い生地であまり着心地が良い物でもない。薄手の柔道着みたいだ。
看護師が立ち去ると、次は待っていたかのように病院事務の人が部屋に入って来る。
次は社会保険や自治体の医療制度についての説明があった。とにかく書類、書類、書類で、次々に署名をしなくてはならない。なかなか忙しい。
ようやく全ての説明と作業が終わったようで、病院のスタッフは部屋からいなくなり、父と私だけになった。
しかし、何を話して良いのか分からない。この病院に来てから怒涛の勢いでここまで来たので、何かと呆気に取られて思考が追い付かない。
それは父にとっても同じ事で、まさに青天の霹靂だっただろう。
この頃は私と父の仲はあまり良くは無く、普段から会話も少なかった事もあり、尚更何を話して良いのかお互いに分からない。
私は父に帰宅するように促した。どちらにせよこのまま病室に居ても出来る事はない。私のいるHCUは携帯電話もPCも使用禁止になっているため、私はお金以外の持ち物を全て父に渡し、代わりに明日来る時に、私の部屋にある小説の本を持ってきてもらえるようお願いした。
父が帰ると部屋は一気に静かになった。ピッピッという信号音だけが響くのだが、この音が隣の部屋、更に隣の部屋の信号音まで聞こえてくる。
部屋の入口は一応扉があるのだが、開け放しにされていて、カーテンで目隠しされているだけだ。なので音は全部聞こえてしまう。
コンビニで買った、計量カップのように目盛りの入ったコップに、父が水を入れてくれていた。
冷蔵庫に父がコンビニで買ってきた、聞いたこともないブランドの天然水が入っているのだが、私は冷蔵庫に手が届かないので自分でコップに水を入れる事が出来ない。
飲んだらその都度ナースコールを押して看護師を呼ばなくてはならないのだ。
そんな事で看護師を呼ぶのは気が引けるのだが仕方がない。どうせ動かないのだし、飲めば飲むほどトイレに行きたくなるだけなので、出来るだけ我慢しようと思うのだが、水分は大目に取るようにと指示されていた。
これは心筋梗塞だけではなく脳梗塞でも言えるそうなのだが、水分をしっかり取らないと血液の流れが悪くなり、発作を起こすリスクが増える。
これは何も病気にかかったから、というわけではなく、普段から気を付けておいた方が良い。就寝前は水分を取るようにした方が良いと言われている。
私はコップに入った水を飲んだのだが、これが驚くほど不味い。何とも説明が難しいのだが、薬品のような味がするのだ。聞いたことの無いブランドの水、これは酷い味だと思ったのだが、我慢して飲むしかない。他に飲むものは無い。
明日父が来たら、有名ブランドの烏龍茶にしてもらおう。
テレビをつけてみた。イヤホンが無いので音は消したのだが、元々自宅でもテレビを見ない私が今更見ても面白いとは思えなかったので、すぐ消してしまった。
私は何もすることがない。ベッドから動けないし、天井を見つめる以外に出来る事がない。恐ろしく退屈だ。
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