第42話 諦めないんだから

「ウツミさん!ご無事でしたか!」


 ギルドの迷宮ダンジョン入り口前。

 職員のサナエさんが俺達を出迎えてくれた。


 後ろには救助隊の冒険者達が集まっている。

 そして他のギルド職員達が彼らと何やら打ち合わせていた。救助計画か何かだろう。


「ええ、お騒がせしました。

 マリ達は無事救助し、一連の事件も解決しましたよ。

 詳しいことは、彼から取り調べてください」



 そう言ってタナカさんを突き出す。

 オオっ!と冒険者たちから歓声が上がる。

 屈強なギルド職員に両脇から捉えられたタナカさんは、ただうなだれている。



「な、なんと!犯人逮捕までしてくれるなんて!

 いや、とにかく皆さん無事で何よりです!!!」



 そうこうしている間に、職員たちが冒険者たちを解散させる。

 興味深げにこちらを遠巻きに眺める者や、カフェに引っ込む者、そのまま迷宮ダンジョンに潜る者と、反応は様々だった。



 そして、一人の男性が職員の中から俺の元へとやってきた。

 50代半ばという風情の、いかにも仕事のできそうな白髪の男。

 たしか、このギルドの所長さんだったな。



「お手柄でしたなウツミさん。

 我がギルド始まって以来の大不祥事でしたが、早急に収束してくれたこと、心より御礼申し上げます。

 犠牲者の皆様にはご冥福を祈ることしかできませんが、おかげで皆安心して冒険活動に復帰できることでしょう。


 ギルドとして公式に賞金首のような取り扱いはできませんが、功労者であるあなた方に何かお礼をしなくてはいけませんな」


「ああ、いえ。

 別にそんなつもりでやったわけではないので……」



 予想外の人物に話しかけられ、つい塩な返事をしてしまう。

 そこで、力なくうなだれるタナカさんが再度目に入った。



「ちなみにですが、彼はこれからどうなるのでしょうか」


 不意にそんなことを聞いてしまったが、所長は特段不審がることもなく答えてくれた。


「さしあたり警察に引き渡し、送検されることでしょう。

 迷宮ダンジョン内での犯罪行為については法律が追いついていないところもありますが、これだけの凶悪犯罪。極刑が免れるとは思えません。

 ……しかし、冒険者活動の推進は国是。醜聞は極力隠蔽されるものと予想されます。

 本件は徹底した戒厳令のもと、秘密裏に処分されるのではないでしょうか」



 ……そうか。


 正直、釈然としない気持ちはある。通常の犯罪と比べてあまりにも不公平な感があるしな。

 でも、少し安心している自分もいる。


 タナカさんのお母さんや娘さん。彼が道を踏み外してまで守ろうとした人達。

 彼女らが犯罪者の家族として生活を追い込まれずに済むというのならば、多少のアンフェアな措置も、俺の方からわざわざ文句を言う気にはなれない。



「もう一つ質問があります。

 彼の私有財産はどうなるんでしょうか。

 例えば、この”白銀の指揮棒タクト”なんかはかなりの資産価値があるかと思いますが、迷宮の外では無用の長物です。

 重罪人とはいえ、財産の所有権までは喪失しないと思うんですが」


「そちらについては、ギルドで買取をすることになります。

 正規の価格で、二千万円ほどですか。その他の装備品等もこちらですべて換金します。

 そうしたお金のほとんどは、被害者の遺族の皆さんへの賠償となるかと思いますが」



 なるほどね。

 まあ想定の範囲内の答えだ。

 特に意外なところもなく、まあそんな感じだろうねというか。



 だが、そこで俺はある提案をすることとした。



「あの指揮棒タクトですが……俺が彼から直接買い取ることはできませんかね?

 冒険者同士での直接取引ならば、三千万円くらいが相場ってところでしょ?」



 所長が、のみならず周りにいたサナエさんやマリ、サワタリ君達までもが眼を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 俺は構わず続ける。



「ええと、そうしたら1千万円ばかりお金が浮くでしょう?タナカさんの立場で。

 それで、そのお金でタナカさんのお母さんを特別養護老人施設に入れてあげたいんですよ。

 なるべく設備やらケアやらちゃんとしたトコに。ほら、痴呆もあるそうなんで、ある程度のトコじゃないと生活も大変かと思うので。

 相場を知らないんでこれから調べますけど、まあ一千万円がそれで全部なくなるってわけじゃないかと思うんで、残りは彼の娘さんへの養育費の一括払いに当てられるかな。


 この辺の手続きとか計算、出来ればタナカさんの代理人として責任もってやらせてほしいんですよね。


 いや待てよ。その指揮棒タクト以外にも財産がゼロって事はないですよね?預金やらその他の財産やら。

 被害者遺族への賠償金はあるにせよ、少しでも多く娘さんに残すためにはそこも言い値でポンじゃなくて、妥当な金額をちゃんと見積もって。弁護士とか入れる必要あるかな……」


「ウツミさん」


 半ば独り言モードに入りかけた俺に、所長がストップをかける。

 表情は涼しげなものだが、内心はそれなりに動揺しているのが伝わってきた。



「え、ええとウツミさん。

 たしかに書類上、不可能な処置ではないのですが……ギルドとしては受け入れる理由のない申し出であることはお分かりですよね?


 あえて金銭的なお話をすれば、我々ギルド指揮棒タクトを買い取れば、二千万円で仕入れができます。

 貴方がその指揮棒タクトをご所望ならば、他の冒険者より優先して三千万円でお譲りしますよ?


 我々ギルドが一千万円の利益をみすみす手放すような提案を受け入れるはずがないでしょう?

 いえ、守銭奴のようなことを言うつもりはないのです。

 ただこのようにして得られたギルドの利益は、冒険者の皆様の活動を支えるために資本として……」


「そこは事件解決の功労者ってことで、まかりませんかね?そのぐらいの役得はあってもいいでしょう。

 なんなら、タナカさんの引渡し前に既に売買契約が成立していたってことにしますよ?

 口約束でも契約は成立する。俺がそう主張したら、そちらギルドは反証できないでしょう?


 そこを争うというなら、徹底的にゴネますよ俺は。

 あんまり騒がれると困るのはそちらじゃないですか?事件自体を世間に知られないようにしなきゃならない立場としては」



 内心心臓がバクバクだ。

 手の中には汗がダラダラ流れている。

 基本、事なかれ主義でやってきた俺の人生だ。

 ここまで目の前の相手とバチバチやり合う経験は前の仕事でもほとんどない。

 まして今回は、会社の看板を背負うことなく100%自分として喧嘩を売ってしまっているのだ。



「……わかりませんね」



 両掌を上に向け、肩をことさらに竦めて見せて。

 オーバー気味のアメリカンリアクションなど繰り出しつつ、所長は嘆息する。



「何故、貴方が彼のためにそこまでするのか。

 彼のやったことはご承知なのでしょう?貴方自身の命だって危なかったはずだ。


 それに、その行為が正義にかと言うと怪しいものです。

 加害者の家族にも人権は当然あるでしょうが、それよりも被害者遺族の賠償を1円でも多くしてやりたいと考えるのが一般的な人情というものでは?


 ……ギルドとして、不可能な処置ではありません。

 事件解決の功労者という言い分もわかります。

 だがそれでも、それを押し通すことでギルドに対して大きな”借り”を作ることにはなります。

 ウツミさんも社会人経験者ならば、そのあたりのパワーバランスはおわかりでしょう?


 個人的な好奇心で恐縮ですが、理由を教えていただけませんか。

 なぜ、貴方が彼のためにそこまでするというのか」


「それは……」



 それは、なんでだろうな。

 上手く説明する自信がない。

 どころか、俺だってなぜ自分がこんなことを言い出しているのかよくわからないんだ。


 タナカさんが道を踏み外した原因の一端が俺にあるから?

 それもどうだろう。そうは言っても犯罪行為自体は彼自身の責任だし、そもそも俺の贖罪のために被害者遺族の賠償金が減るというのも理屈に合わない話だ。



 まあ、被害者遺族の賠償金というのもね。

 勿論その心痛を軽んじるつもりは毛頭ない。

 でも、その痛みはお金で解決できるようなものじゃないはずだ。

 賠償金が何百万円か多かったからその分心が軽くなりましたって性質のものじゃない。


 だからと言って不当に減額するよう働きかけるつもりはないが、世間一般の慣習通りの金額を確保したうえで、かつ本来タナカさんが娘さんに払う予定だった養育費の範囲内で、残せるお金を増やすというのも、悪事ではないだろう。

 そもそもその内の一千万円は俺の持ち出しだし。


 とはいえ、何故俺がそのためにリスクやコストを負担するのか、という話か。



「それは、彼が……」



 タナカさんと初めて会った時のことを思い出す。

 傲慢さと臆病さの入り混じったような表情。

 同病相哀れむような彼の弱さが、打ちのめされていたころの俺には妙に心地よかった。それは彼も同じだろう。


 冒険者の道を示してくれたのも彼だった。

 こんな日が来るとは夢にも思わず、随分と下らないことを色々話したもんだ。



「彼が、私の大切な友人だから。それだけですよ」



 一瞬の静寂ののち。



 ウワァァァァァァァァァァっ!!!



 ギルド中に響き渡るような、野太い慟哭が皆の鼓膜をつんざいた。

 さっきまで空虚な眼でうなだれていたタナカさんが、嗚咽を上げながら泣きわめいている。


 いち早く冷静さを取り戻した所長が素早く職員に手で指示し、速やかに奥の部屋に連行されていく。

 心底驚いた。

 あまりの展開に、誰もが言葉を失っていた。


 コホン。所長が咳払いをし、硬直した空気を弛緩させようとする。



「……孤独さで張りつめていた心が決壊しましたかな」



 そして、しばし考えるような素振りを見せて。



「まあ、よいでしょう。おかげで取り調べも順調に進みそうですし。

 ウツミさん。あなたの要求を全て受け入れましょう。

 細かな手続きは後ほど使いの者を寄越します。


 それと。サナエ君、例の物を」


「は、はい!ええと、よろしいのですか?」


「ええ。今回の対応で、私は十分と判断しました」


 そういうと、サナエさんがパタパタと自分のデスクに走っていき、何かを持って戻ってきた。

 何かの書類のようだ。

 それを受け取った所長が、ボールペンでサラサラと何やら書き込んでいる。

 ……文書の代表者名の署名でもしているのか?



「ウツミさん、こちらをどうぞ」


 渡された書類の見出しを見て、驚いた。

 それは冒険活動における、未成年者の保護者資格を認定する書類だった。



「本件を持って、貴方が青少年の指導者として十分に適格であることを確信しました。

 今後も及川さんを初めとする青少年のよき手本として、彼らを導いてくれることを期待します」



 所長の言葉も耳を上滑りする。

 たどたどしく理由を尋ねたところ、以下のような回答を得た。


 もともと俺の活動実績は十分で、もう一歩決め手があれば認定に足るものの、やはり何かが足りないという評価だったようだ。

 しかし今のタナカさんへの対応から、通り一辺倒の無難で安全圏内の行動しかできない男ではなく、誰かのために身を切って力になれる人間であることが分かった。

 これならば、成長過程の青少年の教育を任せられると判断した、とのことだ。


 どうにも、そこまで上から目線で評価されることに釈然としないものもないではないが、まあそこを蒸し返しても仕方がない。

 所詮こちらは他人様の評価を頂戴する立場だ。気に入ってくれたのならそれでいい。

 なによりタナカさんの件が通ったのなら文句があるはずがない。

 とはいえ……。



「……正直、実感がないですね。

 自分なんかが、本当にいいのかと思ってしまいます。

 この数か月、むしろいかに自分が大人として未熟なのかを思い知らされるばかりで。

 冒険者を始める前のほうが、よっぽど自信を持てていたっていうか」


「それを聞いてますます安心しました。

 自分自身を完璧な存在と思い込んでいる指導者程危ういものはないですからね。


 子育ては親育てなどと言いますが。職務上の保護者も同様です。

 教え子とともに学び、成長することを通じて真なる人格にたどり着くことを目指す。教育者の姿勢とはかくあるべきと考えます。

 今後、一層のご精進を期待しています」



 そうとまで言われればこちらも固辞する理由もない。

 さっさと受け取ってしまおう。

 ……そこで、肝心なことを思い出す。

 そもそも俺、保護対象であるマリと相棒バディ解消してんじゃん。


 まぁ……後でちゃんと話すことにしよう。

 ぶっちゃけ、そこは何とかなると思っている俺がいる。



「では、ありがたく頂戴します……」



 と、認定証を受け取ったその瞬間。

 ーーーその時俺に電流走る。



「ーーーってことは!冒険者活動の実績も認定されるってことですね!

 ……よっっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 これで!これでついに養成所の補助金返還の恐怖から解放されたぜ!

 冒険活動の費用も税金計算で控除できるし!これでだいぶ違う!だいぶ違ってくるぞ!


 ……いや、待て。

 ってことは!ってことはだ!!!

 さっき指揮棒タクトに払った三千万円も今年の費用にできるってことじゃん!

 いける!これは余裕で赤字化いけるぞ今年の冒険所得!

 いや、それどころか!マンションの売却益!あれ全部カバーしてもお釣りがくるじゃん!


 ってことは!ってことは!ってことはだ!!!

 社畜時代の給与所得からも費用で控除できるじゃん!

 給与とか賞与から源泉徴収されてた税金も返ってくるじゃん!

 還付金!還付金の足音が聞こえるぞぉぉぉぉぉぉぉ!

 たまらん!これはたまらん!納めるどころか税金が戻ってくるなんて!

 素敵だ!素敵すぎるよぉぉぉぉぉっ!!!来年以降に指揮棒を売って得る所得は分離課税で税率安いしよぉっ!

 俺の好きな四文字熟語は年末調整だぜ!」



 気付けば汗をダラダラ流しながら熱弁を振るっていた。



 圧倒的静寂。圧倒的視線。



 なんすか皆さん。なんで全員そんなに眼が座っているんですか。

 サナエさんとかもうゴミを見る目だよねそれ。

 所長も「やっぱちょっと早かったかなー……」とか呟いてるし。なんでよ。



 なんか不味かったかな今の。

 また俺なにかやっちゃいました?



「いやあの、ウツミんさんのことは私がちゃんと教育するので、どうか皆さんここはひとつ……」



 なんで女子高生にこんなフォローされてんの俺?



 ーーー



 さて。

 で、まあなんやかんやね。場も落ち着いてね。

 今後ともよろしくお願いします的な感じで三々五々解散していったわけですわ。



 ぶっちゃけ疲れた。


 今日は元々体調がよくないところ、昼飯からこっちバタバタだったからな。

 負傷は回復魔術で癒したとはいえ、戦ったり傷ついたりするのは消耗が激しいんですよ。

 もう帰ってひとっ風呂浴びて休みたい。いやいや、それより親父の病院に戻らないと。

 兄貴か母さんに状況聞いてみるか。あの親父に限って、絶対に大丈夫だとは思うけど……。



「ウツミんさん」



 そんな俺の前に女子高生が立ちはだかる。

 ーーーいや、わかってる。

 そもそも、マリと話をするために俺はここに来たんだから。



「マリ」



 マリの視線がまっすぐと俺の両目を射貫く。

 怯むことなく、俺も姿勢を正してマリの眼を見返す。

 改めて、なんて綺麗な子なんだろうと思う。


 顔やスタイルだけじゃない。その眼に灯った火のような意思。

 眩しすぎて、つい眼を逸らしそうになる。

 でも逃げない。俺は向き合うと決めたんだ。



「マリ……」


「ウツミんさん……」


「すまなかった!全て俺が悪いんだ!」


「ごめんなさい!全部私が悪いの!」



 全力で頭を90度まで下げる。

 決死の思いで放った謝罪だが……あれ?


 顔だけ前に向けると、同じく90度までお辞儀したマリの顔が目の前にあった。

 鼻先が触れそうなほどの至近距離。こいつ、睫毛長いな……じゃなくて!



 バッ!弾かれるように。

 二人同時に体を起こして後ずさる。

 顔中に血が集まるのを感じる。マリの顔も真っ赤だ。



「な、なんでマリが謝るんだ!?悪いのは俺の方なのに!」


「な、なんでウツミんさんが謝るの!?悪いのは私の方なのに!」


「だって俺が!マリの気持ちを考えもせずに勝手なことばかり言って!」


「だって私が!私のためにすっごい助けてくれたウツミんさんにひどい事を言って!」


「いやいや、俺が!」


「いやいや、私が!」


「俺が!」


「私が!」



 二人同時に必死になって早口で自分の落ち度を披露し合う。

 いかに自分が悪いことをしたか、いかに相手が悪くないか。

 ターン制バトルのようなライムのぶつけ合いがしばし続く。


 やがてお互いに言いたいことを言いつくした。

 両者ともに汗だくで、ぜえはあと息を切らしている。



 ……フフフっ。

 どちらからともなく笑いを吹き出す。


 ……ア、ハハハハっ。

 つられて相手も笑い始める。


 ハハハハ、アハハ、アハハハハっ!

 二人そろって大爆笑。

 なにわろとんねん、という自分突っ込みを入れるが我慢できない。

 何が面白くて笑っているのかわからないが、何故だか笑わずにいられない。

 なんかオードリーの漫才みたいになってしまってるけど。



 ああ、やっぱり楽しいなぁ。マリと一緒だと。



 俺はマリを許している。

 マリも俺を許している。

 それはもう、最初からだ。言い合ったその時から、互いの落ち度はずーっと許し合ってきた。

 だからそこは問題じゃなかったんだ。



 問題があるとすれば。

 俺が俺を。マリがマリを。許すことができなかったこと。



 互いを傷つけたことだけじゃない。

 嫁に裏切られた自分を、会社に捨てられた自分を。

 お母さんに愛されない自分を、親父さんに逃げられた自分を。

 過去に起こった、受け入れがたい出来事を。


 許し、認めて、次に進むことができなかったこと。

 だからどれだけそいつ・・・が許せない奴かを証明しようと、どんどん過去を遡ってまで悪い部分を探して。どんどん自分を嫌いになって。

 そんなことを続けたらどうなるかはーーータナカさんが教えてくれたよな。



 でも、きっともう大丈夫だ俺達は。

 お互いがいるから、きっと前を向いて進んでいける。



「なあマリ。一つお願いしたいことがあるんだ」


「ウツミんさん。私も一つお願いしたいことがあるよ」


「おっ。本当か。どっちから言う?」


「えへへ。でもきっとおんなじだよね」


「そうだな。じゃあ、せーので同時に言うか」


「うん!いくよ。せーの」



 俺達は二人で一つだ。

 だから、考えていることもきっと同じで。



「マリ!俺ともう一度相棒バディを組んでくれ!」


「好きですウツミんさん!私と付き合ってください!」



 …………あれ?



 静寂。圧倒的静寂。

 外を走る車の音が鮮明に耳に響く。

 今なんて言ったこの子?

 え?なんだって?(難聴系主人公)



 ガタン!

 遠くから椅子か何かが倒れこんだような音が響いた。

 吹き抜けを見上げると、二階のカフェテリアでサワタリ君がすっ転んだようだ。

 ケンジ!しっかりせい!というモキチさんの声が聞こえてくる。

 何やってんだあの連中……じゃなくて!



「……あっれー……?

 おかしいな、今完全にそういう空気だったよね……?」


 マリはマリで首傾げてるしさ。

 いや、どういう空気だよ。



「えーっと……その。

 いや気持ちはすごく嬉しいんだけど、その、そういうのはナシで。ごめん」


「えっ?」



 えって。いやそんな意外そうな顔されても。


 30男が女子高生と付き合うとか。

 ないだろ。無理だろ。

 条例的に考えて。



 なんかなー。そういうのじゃないねん。

 付き合うとかそういうのじゃないねん。

 わかるかな?そういうのじゃないねん。



 ……だからさ、そんな泣きそうな顔しないでくれよ。

 罪悪感すごいやつやん。

 誰か俺を助けてくれ。でも誰かにここを見られたら社会的に死ぬ!



「あー、いや。な。マリ。

 吊り橋効果って言うのかな。極限状況下で結ばれたカップルは長続きしないって言うか。

 とにかくホラ、一回冷静になろうぜ。

 今お前興奮状態なんだよ。その感情を真に受けないほうがいい。

 冷静に考えれば、お前みたいなかわいい子がこんな冴えないオッサンを好きになるわけが……」


「私の好きな人の悪口言わないでよ!」



 うっ……。

 今のは、ちょっとヤバかった。

 真っ赤な顔で、潤んだ瞳で、震えた声で。

 それでそんなにまっすぐに眼を見られたら、動揺しちゃうじゃないかよ!



 ……落ち着け、相手は子供だぞ。

 高校生の未成熟な情動に付け込んで手を出すなんて、大人として最低だろ。

 親父に顔向けできねえよ。



 ……条例もあるしね。(本音)



「とにかく、ナシだナシだナシだ!

 俺達は仕事仲間だ!だからそういうのはナシ!」


 かなり強引に話を打ち切ろうとするが。


「むむむむむむむむむむむむ」


 真っ赤な顔を膨らましてこちらを睨んでくる。

 怒っている。マリさん怒ってはるよお。

 でも負けねえぞ。こっちにだって大人の意地がある。


 ジッとマリの眼をにらみ返してやろうとしたその時。



 バビュン。

 風切り音と共にマリの姿が消える。



 この俺の動体視力を超える瞬発力で飛び込んできたと気付いた時には眼前にマリの顔があってその細い顎が上に突き出されたと思った瞬間ーーー



 ちゅう。



 すでに俺の唇が生暖かく濡れていた。



「お、おま、お前、今!」


「責任取ってもらうんだからね。私、初めてだったんだから」



 これまで以上に赤みを増しながらも、この女子高生は不敵に笑いかけてきた。



「諦めないんだから」

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