第28話 お互い、気を付けようぜ。色んな意味で

 オサム君が……死んだ?

 小田さんや、倉本君も……?



「ウツミさんーー」


 サナエさんがこちらに気づき、ペコリと軽く会釈する。


「サナエさんーーこれは、一体。

 何かの間違い、ですよね?

 ハハハ、あのオサムくんが、まさか」



 俺の言葉に、早苗さんがそっと目を伏せる。

 ……何よりも雄弁な反応だった。



「な、何が起きたんですか!?

 こんなバカな!ありえない!

 あのオサム君が!三階層なんかで!

 お、おかしいですよ!こんなこと、あるはずがない!」



「何が起きてもおかしくないのが冒険者の皆さんのお仕事です」


 低く、重く、冷たい声で即答するサナエさん。


「だからこそギルドはそんな皆さんに敬意を払い、少なくない報償金を上乗せして報酬をお支払いしております」



 機械を相手にしている心境だった。



 明瞭にして、淀みのない口調。

 非の打ちどころのない論理。


 明らかに、前もって用意された答弁だ。

 彼女は何度同じセリフを口にしてきたのだろうか。


 おそらく他のギルド職員に問いただしても、一言一句違わぬ文言が帰ってくる確信があった。



「ひ、人違いってこともあるでしょう!

 それか、そうだ、職員さんの見てないうちに迷宮から出て、そのまま旅行にでも行っちまったとか!そんで行方不明なんですよきっと!


“今回の旅はあえてのデジタル断食。誰にもいく先を告げず、気ままな旅。

 時にはそんな時間を大切にしてみたい。”

 なんつって。いかにもそういうしゃらくさいこと言いそうな野郎じゃないですか!?」


「遺体が発見されています。ひどく損傷していましたが、他の冒険者の方が発見してくださいました。

 冒険者ライセンス付与時に登録したDNA情報と照合した結果、本人に間違いありません」


 サナエさんの即答は、一縷の希望にすがることさえ許してはくれない。

 そんな、そんな、ばかな、そんな。



「しかしギルドとしても、調査の必要があると判断しています。

 近藤さんは本迷宮攻略の期待のホープでしたから。3階層での事故発生には、職員一同驚いております。


 さしあたり、直近の冒険活動に関するデータを分析しています。

 極端な過重労働。あるいは無茶な深層への進出。

 そうした疲労による判断力の低下が、普段ならばありえないような事故を招いた事例は、国内外で枚挙に暇がありません」



 そんなーーはずはない。

 オサム君は、金銭的には余裕があったはずだ。

 体調を崩すほどの負荷をかけてまで無茶なトライをする理由がない。


 ビジネスのために無理をしたーー?

 でも、あの超人オサムだぞ?

 もともとバケモノみたいに強かった彼だが、俺と一緒に活動してからはさらに磨きがかかっていた。

 3階層ボスのワイトキング程度、多少油断しても悠々屠れるくらいの怪物ぶりなのにーー。



「どうか、ウツミさんもくれぐれも事故にはお気を付けてくだーー」


「オイコラ職員!!!

 油売ってんじゃねーぞクソが!!

 なんでレジに誰もいねーんだよっ!!」



 言葉の途中で、サナエさんに怒号が浴びせられた。


 驚き振り向くと、声の主は同期のヤンキー、サワタリ君だ。

 ショップで買い物してるところか。


 サナエさんが俺に一礼し、サワタリ君の元へ駆けていく。



 ーーー信じられない。

 へたり、と手近な椅子に座り込む。


 身体中の皮膚が泡立っている。胸の奥から何かがせりあがり、何度も空えずきを起こした。

 頭の奥がガンガンと響く。

 しばらくして、自分の上半身がずっと左右に大きく揺れていることに気付く。



「ふざけんなよ……」


 思わず声が出ていた。


 ふざけんなよ。ふざけんなよ。

 ふ、ふざけんなよ。ふざけるな!

 な、な、なんだよそれ!馬鹿野郎!

 ええ、おい。ええ?ふざ、けんなよ。


 ふざけんなよーーー。

 オサム、君ーーー!



「大変なことになったね」


「ウワァっ!」


 後ろからかけられた声に、自分でも滑稽なくらい驚いてしまった。

 同期冒険者のタナカさんだ。


 俺の会釈を片手で軽く制して、隣の席に座ってきた。

 二言三言、この件について言葉を交わす。

 落ち着いて見えるタナカさんだが、彼にとっても知らない相手ではない。内心の動揺は深いはずだ。



 そんなことをしているとーーー。


「ええっ!?

 こちらの商品ですか!?」


「なんだぁ!?

 テメエ客の買い物にケチつけんのか!?

 ゴチャゴチャ言ってねえでさっさと寄越しゃいいんだよ!!!」



 ショップのあたりから、またサワタリ君の怒号が響く。

 何事かと思い眺めてみるとーーーあの靴は!?


 サワタリ君が買おうとしているのは、先日ショップに搬入された、一品物の超高級靴だった。

 基礎スペックの高さに加えて、床や魔物モンスターを蹴った際にそこから"魔素"を吸収するという、ハイエンドモデル。

 お値段なんと、270万円。



「金ならあんだよ!!!

 文句あるか、オラ!!!」



 レジに札束をたたきつけながら、サワタリ君が台をバンバン叩く。


 ーーー正直、驚いた。

 荒事が得意そうな彼とは言え、ここまで羽振りがいいのは意外だ。

 裕福な身ではないはずだ。信じられない、とさえ思う。


 冒険者業を始めてそう日が経ってないのに、どうやってあれほどの大金を集めたんだ……?



「オサムの奴が発見されたとき、所持品はそばに落ちてなかったらしいよ。

 ご自慢の高級グローブも含めてさ」


 タナカさんの言葉を聞き、胸にまた重いものが広がるのを感じる。

 まさか、いや、そんな、いくらなんでもーーー。



「お互い、気を付けようぜ。色んな意味で」



 ーーー



 それから二日たっての水曜日。

 普段ならば迷宮に行ってマリと冒険する日だが。



『ごめん!ウツミんさん。

 今日は高熱が出ちゃって、とても動けそうにないんだ。

 明後日までには絶対治すから、今日だけ冒険お休みさせてください!

 この埋め合わせは必ずします!』



 ベッドにダラダラと転がりながら、マリからの体温計の写メ付きのLineを見返す。

 38.7°って。

 絶対金曜も無理だろ。



『了解です。

 全然大丈夫だから気にしないでくれ。

 というか金曜も休みで確定にしよう。

 仮に熱が下がっても、無理に動くのは危険すぎるよ。

 俺はもう金曜も予定入れちゃうから、焦らずゆっくり休んでください。

 人手がいるようなら今からでも家に行こうか?』



 見まいがてら訪問しようかと打診したが、それは遠慮された。

 兄弟4人が総出で看病しようと張り切っているらしい。

 カエデやモミジの料理の腕は心配だが、まあヒロがいるなら大丈夫だろう。一応、夜はお母さんもいるらしいし。


 女子高生が弱っていると聞くやいなや家まで押しかけようとする30男ってのも絵ヅラ的にキツイもんがあるしね。(迫真)



 ……正直、助かったという思いがある。

 熱で苦しんでいるマリに対して、不謹慎だけど。


 オサム君の件があって、冒険活動に対して少なからず怯んでいる所があるからな。

 1階層ならば十分な安全圏だと思うけど……それを言うならオサム君にとっての3階層もそうだったはずだ。


 一体なぜあんなことが。普通に油断したのか?

 ……わからない。ギルドの分析を待つしかないのか?しかし、それで何かわかるのか?

 このまま、ずっと冒険を避けているわけにも、いかないよな。


 でもなぁ……。

 いや、普通に考えて、先週までと状況が変わったわけじゃない。

 危険は、常にそこにあったんだ。意識してなかっただけで。



 だから、これまで乗り越えてきたリスクをことさら避けるのは、合理的ではない。

 20面ダイスを振って一度1が出たからと言って、次に振った時に1が出る確率が上がるわけじゃない。

 そんなの、一度一等賞が出た宝くじ売り場に、また当たりが出るはずだと言って行列に並ぶ連中と変わらない。



 ……理屈じゃそうなんだろうけど。

 ならなぜ俺は、父さんや母さんにオサム君のニュースを話せないんだ?

 両親がそれを知れば、絶対に冒険活動を止められることがわかっているからだ。


 情報規制がかかっているのか、冒険者の死亡ニュースはテレビや新聞で報道されることはない。

 公的な機関紙を閲覧すれば正確な統計数値が公表されているが、そんなものをわざわざ見に行く奴はほとんどいないしな。



「オサム君……」



 いかん、また涙が出てきた。

 いろいろとポンコツなとこもある奴だったけど。ゲイの疑いもある奴だったけど。

 いい奴……だったよな。


 畜生、なんで死んだんだよ。

 ふざけるなよ、ーーー畜生!

 葬式くらい出てやりたいが……ギルドは彼住所だとかの個人情報を全く教えてくれない。


 ……いっそ、彼の大学に押しかけて、レスリング部の人に強引に聞いてみるかな。

 不審者丸出しだが、トレーニングジムで顔見知りになった連中に会えれば、あるいは。



「ああ、もう!」


 なにをやっていても、頭の中がぐしゃぐしゃだ。

 ……折角の休日なんだ。なにかして有意義に過ごさなければならないと、わかっているはずなのに。



 いつしかほとんど無意識に、スマホで転職サイトを眺めている自分に気付いた。

 俺の年齢、職歴、資格、希望年収……。

 まあ、なくはないって感じか。

 へぇ、地元にこんな会社もあるんだ。

 あーでも、仕事は楽そうだけど給料がなー。でも富山の物価と、実家暮らしの力があれば何とか……?



 ……ってオイオイオイ!

 しれっと転職する気かよ!マリはどうなるんだよマリは!

 あの娘の生活改造のために、家電やらなんやらでどんだけ投資させたんだよ!

 ここで稼げなかったら、また元の生活に逆戻りかよ!


 ……じゃあ、前と同じように迷宮で戦えるのか?

 命を懸けてよぉ。

 たかが金だろ?バツが悪いなら、家電代くらいくれてやればいいじゃねえか。



 ……金の問題だけじゃない。

 俺はあの娘の保護者なんだ。

 マリに、また大人に裏切られた、なんて思いをさせたいのか!?


 保護者、ねえ。

 それも結局、税金対策で便宜上名乗ってるだけだろ。

 親父にちょいと釘を刺されて、それ以上怒られたくないから、責任感持ってるフリしやがって。

 だいたいどんな状況だろうと、命までかけるほどの責任なんてあるわきゃないだろ。戦前じゃあるまいし。



 ……こんな状況でも自分のことばっかり考えている自分に驚く。

 人が死んでるんだぞ?もっとオサム君のことを想うべきなんじゃないか?人として。

 しかし、彼はもう……いなくなってしまったんだ。

 今更彼にしてやれることなんて。


 だからそういうところが……。



 ブー!ブー!


 スマホのバイブ音が思考を中断する。

 これはLineの着信だな。


 マリからかと思ったが、意外な相手からの連絡だった。



 ヤマちゃんだ。以前の勤め先の同僚の。

 同じく元同僚のヨッキーとのグループLineか。



『おっつー。ウツミん。

 今度の週末、ヨッキーと出張にかこつけて富山に旅行に行くんやけど、予定とかあるか?

 一緒に遊べんか?』



 こいつ、マジか。

 無職相手に予定をたずねるとか、正気か?

 常にヒマに決まってんだろ。

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