第26話 俺は充実した気分を味わっていた
早いもので、あれから2週間。
マリの家も随分と住みよくなった。
なにより、ゴミが溜まらなくなった。
カエデやモミジに教育を徹底したおかげだろう。
マインドとして、「ゴミを貯めておいて後から一気に片付ける」から「ゴミが出る都度すぐに処分する」に変換したのが大きい。
まぁ、あの子たちを教育するために、ずいぶんとエサが必要だったが。
最新の電子レンジで作った、サツマイモのおやつがドンピシャに効果的だった。
食材には素材ごとに甘さを引き出すための最適な温度って言うものがある。
今時の家電にはそれをピンポイントで狙ってくれる機能があり、下手な売り物よりもよっぽどおいしいおやつを簡単に作ることができる。
レンジ以外にも家具や家電を抜本的に入れ替えたのかデカい。
食洗機、乾燥機付き洗濯機、自動お掃除ロボット。
これらの導入が家事の負担を大幅に削減した。
なお、これらのアイテムの運用・管理はカエデとモミジに一任している。
これまではマリが1人でほぼ全ての家事を負担していたが、それはあまりに不健全な体制だろう。
“マリに休息の時間を与えるため”という大義名分はカエデとモミジによく効いた。
この家の収入を増やすことに直結するし、何よりもマリ自身の身の安全につながる。
このあたりが腹落ちした二人は、慣れないながらも熱心に家事に格闘している。
なんだかんだ言って素直な良い子達なのだ。
食事の準備についてだが、ここはなんと、上の弟のヒロアキ君がかなりの部分を協力してくれることになった。
最初のうちは顔見せてくれなかった彼だが、食事の内容が変わったことから(俺が作るようになったから)何かが起きていることを察知し、ある日リビングに降りてきた。
部外者の俺に対して警戒心を隠さなかった彼だが、俺に彼を無理矢理学校に行かせる意思がないことがわかると、ある程度は打ち解けてくれるようになった。
引きこもりのご多分にもれずと言うべきか、彼の部屋は大量の漫画に埋もれていた。
断捨離の精神を粘り強く説くことで、大切な作品をトップスリーに絞らせて、それ以外のものを処分させることに成功した。
ちなみにその際の彼のチョイスは、ジョジョ、鋼の錬金術師、ドリフターズの3つだ。
いいセンスだ。今度ゆっくりと語り合いたいものだ。
その代わりと言ってはなんだが、Kindle端末を与えてさらに50,000円分のギフトカードを進呈してやった。
読み返したい漫画についてはそれで読めばいい。
それだけでも随分と部屋が広くなった。
引きこもりの強みを活かすと言うわけではないが、ヒロアキ君には水出しのお茶や出汁の準備、そして炊飯を担当させた。何しろ日中の時間が自由に使えるからな。
さらには食材の管理。
各スーパーのウェブ上のチラシや見比べて、家の中にある食材の足りるもの足りないもの、値段や栄養・品質、保存の効く効かないといった視点からルーチンの買い物について責任を持たせる。
パソコンの大先生であるヒロアキ君には、Excelを用いた食材管理は性に合っていたようだ。
この先慣れてきたら、野菜の皮むきやみじん切りといった下ごしらえ、そしてスチームオーブンや電子レンジを用いた下ごしらえを任せてみるのも良いだろう。
彼が下準備をしてくれるおかげで、買い置きした惣菜やジャンクフードに頼りがちだった食生活から、随分とまともな内容の食事に切り替わり、みんなの健康状態が良くなったことも収穫だろう。
ヒロアキ君の生活についても大人として何か言うべきなのかもしれないが、俺の個人的意見として、不登校の子に無理矢理今すぐ学校に行かせるのは賛成しない。
もしもその気になれたなら保健室登校か、それも難しいようなら早朝に学校に行って校門をタッチして帰ってくるなどできることから始めることを勧めてみている。
実体験として家に閉じこもっていると予想以上の速度で体力が落ちるからな。
何でもいいから少しは外の空気を吸うように勧めたところ、もともと真面目な性格だったらしく、意外と前向きな返答を得ている。
その代わりってわけじゃないが、彼の勉強については多少見てやっている。
とはいっても、もともと優等生だっただけにあまり手はかからないが。
これらの改革を行うためには、かなりの投資は必要だった。
各種の家電は1世代前の型落ちのものを中心に選んだが、それでもやはり全てを揃えるとなると何十万円と言うお金が必要になった。
これは一旦俺がすべて立て替えた。
なぁに、その分は身体で払ってくれればいい。(ニチャア)
いや、勿論仕事で稼いで返せってことね。ゴブリンキングを今まで以上のペースで狩りましょうということで。
だからその手錠をしまってくださいお巡りさん。
今までは1時間に1匹狩っていたゴブリンキングだったが、複数の
もちろん危険は増すが、俺たちのレベルも随分と上がっている。オサム君が後に控えてくれているから、どの辺までが安全なペース化を探るのは難しくなかった。
安全マージンを確保しても1時間で2匹、少し無理をしてすれば3匹かれる位だということがわかった。
それを鑑みれば、レベルアップを度外視すれば、家電代位を回収する事はそれほど難しいことでは無い。
もちろん全てが完璧と言うわけではない。
まだまだ不慣れなところはたくさんある。
でもこの短期間に、猛烈なスピードでマリたちの生活は改善されていた。
出来れば庭も何とかしたいんだが。あれは業者に頼まなきゃかな。
……いまだにお母さんに挨拶できていないことが気がかりだったが。
お母さんの要るタイミングに家に行こうとすると、マリが凄く拒否してくるんだよな。
---
「あっ……あぁぁ~~、はぁぁぁん……。
そこ、ヤバい。すごい深いとこまで入ってくるよ、ウツミんさん……」
「ああ、痛かったか?マリ。
もう少し優しくしたほうがいいか?」
「ううん、やめないで……。
すごく気持ちいいの……。痛いのも、なんだか凄くいい……」
マリの悩ましい声が響き渡る。
最近は1時間に2匹ゴブリンキングを倒すようになったため、マリの疲労を考慮して休憩時間にマッサージを施すことにしている。
流石迷宮の中。
俺の眼が"魔素"で強化されているため、骨格や神経、筋肉、リンパの流れまで全部見える。
体内の強張りを解(ほぐ)し、循環系を整えてやる。おかげで非常に効果的にマリの体力を回復させてやれている。
脛、ふくらはぎ、頸椎周辺、肩甲骨周辺くらいならば穏やかな反応なんだけどね。
大臀筋周辺、鼠径部、脇腹、鎖骨周辺。
敏感な箇所の奥深くまで指を入れるたびに、マリが艶っぽい声を上げるのが難点だ。
今日とかよだれ垂らしてるじゃん。だらしのない奴だ。
女子高生をマッサージでよがらせる、か。
逆だったらいいんだけどね。性癖的に。
JKに濃厚なマッサージで昇天させてもらうとか、1大ビジネスの香りがするぜ。
30分6000円位取られたあげく摘発される未来まで見えた。
あくまで施術の一環ですから。
中からほぐしていきますね。
ここにリンパが集まってるんですよ。
リンパの流れ良くしますね。
リンパがですね~。
それではリンパマッサージの方始めさせていただきます。
「それにしても、やってみればできるもんだよね」
「ん?あぁ、ボス狩りのことか。
俺達もかなりレベルアップしてるからな。1時間2匹もギリ行ける感じだな」
「うん。
いろいろと、電化製品も買い込んじゃったしね。モトを取るためには頑張らなくちゃ」
「無理する事は無いけどな。最近はオサム君も付き合ってくれなくなっちゃったし」
そう、このところオサムくんのサポートは受けていない。
彼は彼で色々とビジネスの準備に忙しいらしい。
「具体的に何やってるのあの人?
いろんな冒険者に声をかけているのはたまに見かけるけど」
「最近は、パワーレベリングのサービスを試しているらしい。
ほら小田さんと倉本くんのコンビいるだろ?」
「誰だっけ?」
いや、忘れんなよ……。
同期冒険者のオタクコンビだよ。おっさんと男子高校生の。
「今度彼らを連れて3階層を冒険するとか言ってたな。
実際戦うのはオサムくんオンリーなんだろうけど、"魔素"を回収してレベルアップさせようってことらしい」
「あの2人なんて1階層でもヒーヒー言ってる位なんじゃないの?意味あるのかな?
お金払ってレベリングするぐらいなら、普通に"魔素"を買ってレベルアップしたほうがいいんじゃない?」
「格上の戦いのスピードを体感するだけでも良い経験になるんじゃないか?
オサム君以外にも、ベテラン冒険者の人でそういうことしてる人もいるんだってさ。
こないだタナカさんも利用したって言ってたぜ」
「へー」
うわあどうでも良さそう。
「それじゃあそろそろ休憩終わりにするか。
どうする?もう一回ぐらいボスを狩って終わりにするか?
それとも、適当に雑魚狩りでもして上がっちまっても良い時間だけど」
「うん……。ねえ、ウツミんさん。
もしよかったらなんだけど、ここで宿題とかやっちゃってもいいかな?
ほら、"魔素"で脳内機能をレベルアップしてるから、外でやるよりもずっと効率的に勉強できるんだよね。
今これやっちゃうとウツミんさんの稼ぐ時間奪っちゃうし、そもそもズルかもしれないから気が引けるけどさ」
へー。面白いことを考えるもんだな。
確かにマリが言うように俺的にはデメリットのある提案かもしれない。
でもまぁいいか。たまにはそういうのも。
俺は俺で本でも読んでいようかな。
ダンジョン内は危険だけど、このボスの出現地域はボスさえ倒しちまえば逆に安全地帯だからな。
というか俺はちょっと嬉しかった。
家族のためにお金を稼がなきゃってナーバスになってたマリが、自分のために行動していることが。
俺相手に遠慮なく自分の都合で頼み事をしてくるのも良い傾向だろう。
勉強宿題なんかも効率的にここで終わらしちゃって、家に帰ってから有意義な時間を過ごせりゃ最高だな。
というか俺も、同じ方法で有意義な生活が送れそうだな。
せっかくだから読む本も軽い小説なんかじゃなくて、普段ならばてこずるような学問系の本を用意するのもいいかもしれない。
人文化学や数学を勉強してみたい気持ちはあったし、あるいは全然違うところでプログラミングを身に付けてみたい気持ちはあった。
どうにも敷居が高くてチャレンジする勇気がなかったけれど、ダンジョンの中で強化された脳を今まで使えばできなかったことができるかもしれない。
それかノートパソコンを持ち込んで、何かここで仕事をしてみるとか?
一大ビジネスの香りがしてきたな。ネットが使えないのが難点だが、逆に集中しやすい環境かもしれない。
「ちなみに何の教科なんだ?
数学や英語なら教えてやれるかも」
「古文だよ」
「ああ、じゃあ無理だ。頑張ってください」
古文の知識とか一生使わねぇからな。
高校生さんは、今が古文知識のピークだと思って頑張って勉強してください。
---
そんなこんなで日々が流れる。
いろいろなことが前向きな方向に動き出している実感があり、俺は充実した気分を味わっていた。
マリの家庭は訪れるたびに環境が良くなった。
清潔で無駄なものが散らかっていないし、家の中の空気もいい。
庭の樹木は思い切ってバッサリ切り倒してしまった。落ち着いたら不要な部分はコンクリで舗装してしまうらしい。
管理できないくらいなら、いっそその方がいいだろう。
そのおかげか、最近は友達をよく読んでいるそうだ。とても良い傾向だろう。
モミジやカエデもちゃんと挨拶をできるようになった。
俺が行った時は、上手にお茶も入れてくれるしね。
学校の成績も良くなったらしく、習い事にピアノを習わせるかどうかマリに相談をされた。
本人たちの意向次第だが、あまり急に無理をするなよと言っておいた。
ヒロアキくんともよく話ができるようになった。
まだ保健室登校だが、少しずつ学校に馴染むための努力をしているようだ。
気の合う友達を家に呼んでゲームをしている姿も見かけた。
及川家だけではない。
先日、古流武術のモキチ爺さんとお茶した時、ヤンキーのサワタリ君が少しずつLINEの返信をしてくれるようになったと言っていた。
といっても、ギルドで一生懸命サワタリくんに話しかけられながらも、鬱陶しそうに無視されるモキチさんの姿を見るに、まだまだ道は長そうだが。
タナカさんも少しばかり生活が落ち着いてきたのだろうか。
日中の時間帯でも時折休憩スペースで一服している姿を見かける。
せっかく禁煙したのに元の木阿弥になっているのは残念だが、適当に休憩を挟みながら体調を管理できてるなら前よりは良い状態なのだろう。
最近はあまりガチャに手を出していないようだ。それだけでも生活は上向くというものだろう。
オサム君は最近見かけないな。
まぁまた何かビジネスチャンス()を探して活動しているのだろう。
その日はそんなことを思いながら、ギルドのカフェテリアで仕事終わりのティータイムを楽しんでいた。
すると、ギルド職員のサナエさんが沈痛な面持ちで歩いてきた。
仕事中らしく、何枚かの上の書類を運んでいる。
掲示板の前に立ち、掲示物の入れ替えを始めた。
仕事、疲れてるのかな。
マリの家庭のことで最近何度か相談に乗ってもらってるしな。
たまには何か奢ってあげてもいいかもしれない。
そんなことを考えていたが。
サナエさんが貼り付けた1枚の書類を見て、しばし呼吸を忘れた。
【今月の犠牲者】
20XX年7月 該当なし
20XX年8月 該当なし
20XX年9月 該当なし
20XX年10月 該当なし
20XX年11月
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