コスパ厨のアラサー男、嫁の不倫とリストラを機に子供部屋おじさんになる 〜税金対策に週三でダンジョン潜ってたら脳筋女子高生とバディ組んだ話〜

ジュテーム小村

第1話 俺たちはお互いの自由を尊重する自立した夫婦だからね

 "働いたら負けだと思っている"という常套句。

 俺はこれに異論がある。

 と言って、勤労の美徳を説きたいわけでは全くない。

 むしろ労働は大嫌いだ。

 だが疑問は"負け"の定義だ。

 誰に、何で負けるのか。働かなければ勝てるのか。そもそも、何の勝負だw

 俺にとって勝敗基準は実に明確だ。

 それは費用対効果コストパフォーマンス

 費やした労力や時間と、得られる報酬。その割り算。

 生活に困るほど収入が少ないのはまっぴらだ。

 逆に高収入でも激務で遣う暇がなかったり健康を損ねるなんて論外。

 俺にとって仕事は生活費の回収手段でしかない。

 いかに少ない労働で、いかに多くの収入を得るかが勝負。

 情熱?やりがい?犬にでも食わせとけ。

 無職ってのは、収入がゼロなわけだろ?

 労働もゼロだけど。

 数学的にゼロはゼロで割れない。

 つまり費用対効果コストパフォーマンスは計測不能、ゼロと同じだ。論外。

 まあ労働ゼロで収入があるってんなら、それはコスパ無限大で最強だけど。

 そんなうまい話があるなら教えてくれ。

 なぜ俺はこんなことを考えているのか?

 昼飯時のビジネス街。立ち食い蕎麦屋の行列に一人佇んで。

 それは。

「やっぱ働いたら負けだよなー。

 ウチの会社マジでクソだわ。自分の時間とか全然ないじゃん。

 つれーわー。給料は悪くないけど、マジつれーわー」

「わかる」

「いっそ辞めちまおうかなー。やりがいねーし、仕事おもんねーわ。

 ほら、最近"迷宮ダンジョン冒険者"とか流行ってんじゃん。あれか、もしくはYoutuberとか面白そうじゃね?

 ワンチャン一発当てて遊んで暮らしてーわー」

「せやな」

「でもなー。

 冒険者とか命の危険あるのがなー。魔物モンスターに殺されるとかマジ無理だし。

 Youtuberも一発当てるまでハードルたけーしなー」

「それな」

 後ろに並ぶ若年リーマン2人組。20代中盤位か?

 彼らの喧やかましい会話が耳に障り、せっかくの読書タイムに集中できないからだ。

 見渡すと、行列に並ぶ他の客も眉をひそめている。

 こいつら、襟元に社章までつけてよくこんな話できるなぁ。

 社内の人とか、取引先の人に聞かれるかもとか思わないのか。

 無駄なリスクを負いたがる神経がわからない。

 どこの会社だろ。

 そもそもなにが冒険者だよ。

 迷宮ダンジョンを冒険して?

 魔物モンスターと戦って?

 迷宮ダンジョン産の資源を持ち帰って?

 そんなの、現実と虚構の区別がついてない10代が現実逃避に夢見るものだろ。

 命の危険に対して得られる報酬。

 明らかに費用コスト効果パフォーマンスが釣り合ってない。

 と、いけないいけない。

 俺には関係のないことだ。

 無関係の連中のためにストレスを感じるなんて馬鹿げている。

 精神力だって有限だ。利益のないことに消費するなんて、コスパが悪すぎる。

 というか、彼らも本気で言ってるわけじゃない。

 わかるよ。仕事ダルいよな。でも口に出さないほうがいいよ。メリットないから。

 意識的に彼らの存在を無視して手元のKindle端末に集中する。

 列が進み、食券を店員のおばちゃんに渡す。

「大盛冷やしたぬきそば、お待ちのお客様ー」

 来たよ来た来た。相変わらず美味そうだ。

 たっぷりと盛られたそばに、パラパラの天かす。

 さらにほうれん草、かまぼこ。ここにネギが取り放題。

 この満足感で300円台。

 やっぱ、小諸そばは最強のコスパランチだな。

 ……30歳にもなってこんなこと言ってると、うわぁって目で見られるのはわかってる。

 いや、ちゃんとした蕎麦屋が旨いことはわかってるよ?

 でもそういうとこだと、がっつり食うと1,500 - 2,000円くらいしちゃうじゃん。

 それを業務中の限られた昼休みに、時間を気にしながら食べるってのもなぁ。

 それより一段落ちる、700 - 800円の蕎麦屋になると、逆に立ち食い蕎麦との差が小さすぎる。

 最近は家で茹でる乾麺や市販のめんつゆもレベル高いからなぁ。

 それで十分じゃんて思っちゃうんだよね。コスパ的に。

 どんだけ蕎麦の話をするんだよ、俺は。

 コスパの話になるとつい長くなっちゃうぜ。

 俺の職場は高級ぶった金融街なもんで、他の店が高すぎるんだよ。

 たいして旨くもない店が普通に千円とかするからな。

 いや、金がないわけじゃないよ?

 むしろ、同年代の平均に比べれば余裕がある方じゃないかな。

 大企業勤務で、年収850万円。30歳。

 まあこのくらいで勝ち組ですみたいなイキり方すると、

『FF外から失礼します。年収850万円は勝ち組ではないかと思われます。

 ちなみに私は25歳で年収950万円です。FF外から失礼しました』

 とかクソリプにマウント取られちゃうから、偉そうなことは言わないけど。

 食い終わって外に出る。

 所要時間は行列含めて15分か。エクセレント。

 移動時間考えても、20分はのんびりできるな。

 あの公園の木陰のベンチで、音楽聞きながら読書でもするか。

 やっぱ一人ランチ最高だわ。

 同僚と飯にでると、味とか値段とか以前に、「その人数でもはいれる店」って基準で選ぶからな。

 たいして興味のない連中との会話で昼休みを潰すのも苦痛だ。

 俺は適当に歩き回ったり、読書したりしたいんだよ。

 なんてことを考えてると、ポケットの携帯が鳴った。

 同期のヤマちゃんからのLineだ。もう一人の同期のヨッキーとのグループトークだ。

『ようやく今回の案件終わるわ!飲み行きたいんだけど、お前ら暇?』

『おつ。いつ希望なんよ』

『今日の夜にクロージングだけど、時間読めないから明日とかどや?』

『俺は大丈夫。ヨッキーは?』

『ヤマちゃんおつ。俺も今日は現在進行形で案件炎上してるから、明日のが助かる。

 21時くらいならちょうどいいけど、ウツミん的には遅すぎ?』

ウツミんってのは俺ね。

『多分それより早く上がるけど、別に待てるからムリせんでいいよ。

 てかその状況で明日大丈夫なの?』

『今日で消火するから大丈夫。てか今日消火できなかったらその時点でゲームオーバー。

 残務も含めて、20時目標で動きつつ連絡するわ。会社の玄関集合でいい?』

『おけ』

『おけ』

 相変わらず社畜ってるな二人とも。

 てか仕事抱えすぎなんだよな。もっと適当に流せばいいのに。

 体育会系のヤマちゃんと理系のヨッキー。文系ってか人生モラトリアム系の俺。

 全然タイプの違う俺らだが、最初は14人いた同期のたった3人の生き残りとなると、嫌でも気の置けない仲になる。

 ってか人が辞めすぎなんだよなウチの会社。

 新人の7割が3年で辞めるという異常な業界。

 給料は悪くないし、労働環境も望めば軽めにできるが、いかんせん仕事がつまらないからな。

 夢を持って入った奴から辞めてくことになる。

 定期的にリストラもあるしね。

 俺みたいに始めっから仕事に興味ないやつにとっちゃ天職だけどね。

 最低限失点しないように、のらりくらり立ち回るに限るわ。

 なんてことを思いながら、嫁さんに飲み会のことをメールで報告した。

 申し遅れたな。

 俺は宇津美 京介。30歳。既婚。子なし。

 とある大企業に勤務。年収850万円。

 好きなものは効率がいいこと。

 嫌いなものは無駄な苦労。

 平穏にして、順風満帆な人生を送っている。

 そう思っていたんだ。少なくとも、この時までは。

 ―――

『五年前に突如、世界中に現れた"迷宮ダンジョン"。

 金、ダイヤ、レアメタルといった希少資源に加え、魔法のように不思議な物質が採取される一方で、魔物モンスターが跋扈する危険な空間です。

 そんな危険地帯に命懸けで挑む"冒険者"に、今、注目が集まっています。

 今日は日本一の冒険者と名高い、神崎 直人さんをスタジオに招待しています』

『ご紹介に預かりました、神崎です。よろしくお願いします。

 以前は広告代理店に勤務していましたが、三年前から冒険者に転職しました。

 国が公認冒険者制度を開始したのがきっかけで、その免許取得者の一期生という形ですね』

 自宅のダイニング。中古だが駅近の広目のマンションで、嫁さんの作った夕食を楽しむ。

 テレビを回すが、最近はどこの局も冒険者特集ばっかりで食傷気味だ。

『神崎さん、宜しくお願いいたします。

 冒険者を初めて、どのように生活が変わりましたか?』

『そうですね、一番は"やりがい"ですね。

 前職もとても有意義な仕事だったのですが、やはり自分の腕一本で人生を切り開く浪漫と言いますか。

 希少資源を発掘することで、世の中にダイレクトに価値を提供できていることを非常に誇らしく思います。

 貧困問題、飢餓問題、教育格差、性や民族に基づく差別。

 冒険者活動を通じて、こうした世界的な問題を解決していくことが僕の夢です』

『なるほど。

 迷宮ダンジョンはとても危険と言います。

 神崎さんは何か格闘技などの経験などあったのでしょうか』

『学生時代はサッカーで国体に出場しましたが---あまり関係はないと思います。

 迷宮ダンジョン内は魔力が満ちていて、人間の体もその刺激でとても激しく動かせるんですよ。

 魔素を体に注入しておくと、特に。今ではどこの冒険者養成所でも当たり前にやっていることですね。

 なのでこれからは、運動経験などにとらわれず、いろいろな背景を持った冒険者が登場・活躍すると思っています』

『そうなんですね。ところで失礼ですが、収入の方は---』

 ピっ。

 リモコンでチャンネルを変える。

 どの番組もパっとしないので、Netflixを立ち上げて面白そうなコンテンツを探す。

 ドキュメント系のオリジナル作品がどれも見ごたえあるんだよな。

 実家の親父のアカウントにタダ乗りしてるから実質無料だし。つまりコスパ最強。

 規約的にセーフかどうかわからんが、まあ家族なら大丈夫かな?営利目的でもなし。

 自分で払っちゃうと、「元を取るくらい見なきゃ!(使命感)」ってなってなんか落ち着かないんだよ。

「冒険者って儲かるのかしらねー」

「トップは年収数千万とか数億とか言うけどね。そんなの一握りっていうぜ。

 まあ、ていのいいプロパガンダだよ」

 対面に座る嫁さんの質問に適当に答える。

 大学の同級生で、学生時代からの付き合いだ。

 プロパガンダ?と嫁さんが首をひねる。

 やっぱ可愛いなあ俺の嫁さん。料理も上手だし。好きだ!

 その分掃除とか片付けは苦手だけどね。そこは俺がやるからいいよ。

 共働きだから、家事はしっかり分担しないとね。

 洗濯と食器洗いと片付けと掃除機は俺の仕事だ。

 でも食事中に、箸を宙に浮かせながらそんなポーズをとるのは止めなさい。

「扇動する目的を持った誇大広告っていうかさ。

 ああいう、極小の成功事例をこれでもかと露出させて、あー冒険者って儲かるんだなーってイメージを植え付けてんだろ。

 実際は危険がたっぷりの仕事で、言うほど儲からないっていうぜ」

 ドヤ顔でネットから得た知識を披露する。

 ネットには世の中の真実がすべて書かれているからな。(白目)

「ふーん、でもなんかいいよね。ああいうの。

 やっぱり人生には刺激が必要よね。未知への冒険、命懸けの戦い、莫大な財宝。

 こういうのって、浪漫じゃない?」

「止めてくれよ君まで。命あっての物種だろ?

 この神崎って人も、何考えてんだか。

 前職でもいい給料貰ってただろうに。たまたま上手くいったからよかったようなもんの」

 ふっ。嫁さんが軽く嘆息する。

 最近なんだかこういう、達観したような仕草が増えてきたな。

 仕事大変そうだからな。疲れてるのかな。

 物憂げな表情もセクシーやで。好きや。

「あ、そうだ。昼間メールしたけど、明日同僚のヤマちゃんとヨッキーと飲み行くから」

「了解。何時ぐらいになりそう?」

「んー。21時スタートの見込みだからちょっと遅くなるかも」

「いいわよ。金曜だし、ゆっくり楽しんできてね」

 理解のある嫁さんで助かるなあ。

 っていうか、やっと週末だよ。

 平日とか苦痛でしかないからね。ゆっくり過ごしたろ!

「土日はどう過ごそうかな。図書館に籠ろうかな。

 それとも一日中スパ銭に居座っちゃおうかな。金かけずにリラックスできるからコスパ最高だよね。

 君も一緒にどう?」

「……考えておくわ。でも、ちょっと出かけるかも」

 そうかー。まあ、嫁の行動を束縛する気はない。

 俺たちはお互いの自由を尊重する自立した夫婦だからね。

「それで、今度のゴールデンウィークの温泉旅行なんだけど。やっぱり一泊じゃなくて、二泊してきてもいいかしら?」

「ああ、女子会のやつ?いいよいいよ。行っておいで」

「ありがとう。理解のある旦那様で助かるわ」

 高校時代の同級生との旅行だっけか。

 ちょっと寂しいけど、精々ひと時の一人暮らしを楽しむとしよう。

 夜通しアニメとか見ちゃおうかな。

「……ねぇ。ところで、子供のことなんだけど」

「うん、その内考えなきゃね。

 でも、そのためにも今はしっかり貯金していこう。

 大事なことだし、計画立てていかないとね」

「……そうね」

 ……まあ、これについては若干逃げているところはある。

 結婚してもう5年だからな。そろそろ感はある。

 子供、欲しいけどね。でも自由がなくなるのがなー。

 その内ちゃんと考えます。本当本当。

「貴方はいつもすごくしっかりしてるわね。そういうところ、とても安心するわ」

 嫁さんからお褒めの言葉を頂戴する。

 いやあ、それほどでも。

 可愛い嫁さんとの仲良し夫婦生活。

 俺って幸せだなあ。

 ―――

 翌日。会社でパソコンに向かいながらパチポチと作業を片す。

 15時過ぎってすごいダルくなる時間帯だよね。

 今はたいして重要な案件も抱えてないし、ダラダラモードですわ。一時間に一回くらいトイレ行ってる。

 今日は定時で上がれそうだな。飲み会まで近くのカフェで読書するか。Kindle端末便利すぎるよな。

 とか思っていたら、客先に派遣した二年目の新人からメールが飛んできた。

 どうやら客先で軽くトラブってるらしい。

 あいつの担当は……なんだよ、めっちゃ優しいお客さんじゃん。

 どうやったら揉められるんだ、あんな親切な人たちと。

 念のため電話で確認したところ、大した出来事じゃなさそうだった。

 近場だし、俺が行って直接対応すれば瞬殺だけど、このくらいは自分で解決してもらわんとなー。

 本人の成長にもつながらんし(建前)。面倒だし(本音)。

 そんなことを思いつつ、本日何度目かわからないトイレ休憩に向かう途中。

 通りすがりの会議室から、上司たちの声が漏れ出てくるのが聞こえた。

「これ、重要審査対象事項になるね。大変だ。今対応できる奴いるか?」

「若手じゃ荷が重いな。中堅以上で手の空いてるのとなると。内海君あたりに頼むのが妥当か」

「今日中に対応してもらわないと危ないぞ。彼の予定は大丈夫か?

 そもそもなんでここまで放っておいたんだ!」

 どうやら、二個下の後輩が上司に二人がかりで詰められているようだ、

 彼、自分でできると思い込んで仕事抱える癖があるからな。

 さっさと悲鳴を上げれば助かることも多いのに。

 ってか、俺の名前が出てるな。

 やべえ、重審って。滅茶苦茶面倒くさい奴じゃん。

 今日中に対応とか、深夜残業確定。冗談じゃないぞ。

 ブー、ブー。

 ポケットの携帯が鳴る。同期のヨッキーからか。

『思ったより早く仕事終わったから定時で上がれるわ。

 飲み会速攻で行けそうだけど、二人の都合はどう?』

『オレも余裕。ウツミんは?』

『あー、ちょっと待って。状況確認したら連絡する』

 そうだよ、こっちは飲み会があるんだ。付き合ってられるか。

 俺は即座に客先の新人に電話をかける。

「もしもし!トラブルだって!?大変だ!

 すぐに向かうからお客さんにもそう伝えて!

 いやいや、遠慮しなくていいよ。後輩のフォローも俺の仕事の内だから。安心して待っててくれ」

 仕事は自分で作り出すものだ(至言)。こういう意味じゃないと思うけど。

 近くにいた先輩に、気持ち盛り気味にトラブルの存在を報告する。

 直接出向いて対応、遅くなるのでそのまま直帰する旨伝え、ゴチャゴチャ言われる隙を与えず会社を出る。

『俺も定時で上がれそうだわ。いつものとこで集合な』

 新人を守るためだから仕方ないよね!

 余計な仕事を抱えないのもコスパのためには重要だ。

 たまの飲み会を邪魔されてたまるかい。

 ―――

「せやからな、ガツーン言うたってん。

 一丁前のこと言うのは一丁前に仕事してからにせえ!ってな」

「後輩に負荷を寄せるのは合理的ではないよヤマちゃん。

 効率性向上に投資してこなかった俺たち先輩にこそ責任がある。

 もっと自動化できるところはあるはずだ」

 馴染みの立ち飲み屋。

 友人二人がいつものように激論を交わしている。

 関西出身のヤマちゃんは、アメフト部でしごかれただけあってイケイケの成果主義。

 理系でボンボン育ちのヨッキーは、どうにもたおやかで、いつも仕事を押し付けられて損をしている。

 で、集まるといつもこんな話題だよ。

 仕事の話とか興味皆無なんですけど。

 このままでは飲み代をドブに捨てる羽目になる。

 俺はやや強引に話題を変え、場を盛り上げることに注力した。

 楽しくないなら酒なんか飲むべきじゃない。

 仕事の話はシラフでしようぜ。業務時間中に、残業代が出る形でね!



 飲み会ってのも、コスパだけ考えれば宅飲み一択だ。かかる金額が半分以下になる。

 だが、宅飲みはダラダラと長くなりがちなんだよな。

 また他人ひとの家から帰宅するとなると、職場の最寄からと比べて移動時間も余計にかかる。

 時間vs楽しさの割り算でコスパを考えると決してお得ではない。

 自宅飲みなら移動時間的には最強だが、こいつらが何時に帰るかわからんからな。

 外飲みなら自分が帰ればそれで終了だけど。

 俺は、自分の時間を自分でコントロールできないことに強いストレスを感じるんだ。

 そもそも飲み会で楽しいのは、最初の一時間半までという理論を俺は提唱する。あとは惰性。

 30分で温まって、一時間ハイライト、そこで切り上げる。

 これが金銭的、体力的、時間的、二日酔い的に最強。

 その点立ち飲み屋は短期決戦に最適。

 構造的に長居するのは足がつらいし、立ってるから気分的にもダラけない。

 お財布にも優しい。

 その分、序盤先行型で盛り上げにかかるよ俺は。

 最近読んだ本から、面白かった部分の話で二人の興味を引く。

 からの、徐々に盛り上げつつの、オチでドーン。

 まあ最近は、Twitterで検索すれば同じ本読んでる人とか簡単に見つかるからな。

 そういう人のつぶやきで、面白いこと言ってる人は絶対いるし。

 それを自分の手柄のように話すだけでヤヤ受け以上は確実に取れる。

 というかこいつら全然本とか読まないからな、反応が新鮮で気持ちいいわ。

 本から得た他人の知識と、Twitterから得た他人のユーモアで笑い取れるとか、なろう主人公感あってコスパええわ。

 また俺何かやっちゃいました?

 もうちょっと飲みたいかな?位の気分でスパっと切り上げ退店。

 我ながら理想的なムーブだぜ。

 二次会に行こうと言い出す二人を「嫁さんがコレだから」と指で角を作って回避。

 いや別に嫁さんは怒らないけど、口実にさせてもらいました。

 君たち独身どもは存分に飲み続けてくれたまえ。

 タクシーに乗ろうとするのを制止し、駅までの最短距離を三人で歩く。

 こいつら移動に金を使いたがるよなー。

 裏路地を突き進めば7-8分で着くんだからさ。

 そんな無駄遣いする程の給料は貰ってないだろうよ。

 と、そこで何やらトラブってるシーンに出くわした。

「だからよぉ!なんでわかンねーんだよ、お前はよぉ!

 ちゃんと考えりゃわかんだろ!クビにされてぇのかよ!」

 アラフォーくらいの男性が、いかにも新卒という感じの女性に食って掛かってた。

 かなり酔ってるな、ありゃ。手を振り回して、叫び散らして。

 暴力沙汰に発展してもおかしくない雰囲気だ。

「おい、ちょっとほかの道通ろうぜ」

「アカンやろ。あのオッサン危ないわ。オレちょっと止めてくるわ」

 俺の提案を無視してヤマちゃんがオッサンに接近する。

 おいおい。余計なことに首突っ込むなよ。

 そりゃ喧嘩になったらお前が勝つだろうけどさ。トラブル自体が社会人にとっちゃリスクなの。

「オッサンその辺にしときいや。姉ちゃんこわがっとるやんけ。

 そない居丈高に言うてたら、伝わるもんも伝れへんで」

「なんだテメぇ!?俺はこいつのために言ってンだよ!」

 案の定揉め始めた。てかあのオッサン、190cm近くあるヤマちゃんによくビビらないな。

 相当酔ってんのか。となると、余計に危ない。

「ど、どうしようウツミん。なんとかしないと」

「落ち着けヨッキー。俺たちゃこういう時のために税金払ってるんだ」

 流れるような手つきで110番。

 五分もしないうちに警察が到着し、オッサンを連行していった。

 優秀優秀。お勤めご苦労さんです。

「お前マジか。なにも警察沙汰にすることないやろ。

 あのオッサン、やばいことになるんちゃうか」

「お前が余計なことに首突っ込むからだろ。

 向こうに怪我でもさせたら、お前もタダじゃすまないんだぞ」

「そうならへんように説得しとるんやろ。

 ちゃんと話せばあのオッサンも捕まらんで済んだんやぞ」

「時間と労力の無駄だよ。捕まるようなことする方が悪い」

「そういうとこがアカンねん。

 ウツミんなあ、お前は頭もええし、面白いし、ええ奴やとは思ってるぞ?

 でも、人間として欠けとるところがあるわ」

「勘弁してくれよ、その関西独特のやつ。

 ナチュラルに自分を人に説教する側の人間と認識してるパターン。

 島田紳助とか、テレビ出てた頃本当苦手だったわ」

「まあまあ二人とも。落ち着いて」

 ヨッキーのとりなしで、とりあえず矛を収める。

 俺もヤマちゃんも喧嘩がしたいわけじゃないからな。

「ウツミんがヤマちゃんを守るために警察呼んだんだって、俺はちゃんとわかってるよ。

 今回はちょっとやりすぎだったけど、ヤマちゃんもそこはちゃんと感謝しないと」

「お前がそうやって甘やかすからコイツはな」

「もうよそう、俺もムキになって悪かったよ。ヨッキーありがとな」

 ヨッキーが優しい態度でなだめつつも、俺の行動が間違っている前提で話しているのが少し気にかかるが。

 まあこれ以上揉めても仕方ない。

 30男三人で喧嘩するとかメリットの臭いが全く感じられないからな。

「じゃあ、俺は帰るよ。最後はすまんかったな。また来週もよろしく」

「おう、オレも言い過ぎたわ。お疲れさん」

「おっつーウツミん。ヤマちゃんと俺はもうちょっと飲み直していくよ」

 笑顔で軽く手を振り帰路に就く。

 釈然としないところはある。

 でもこんな、男子高校生みたいな感覚で喋れる、貴重な友達を失いたくないからな。

 ―――

 最寄駅からの帰宅途中、なんとなくスーパーで花を買った。

 友達と揉めたモヤモヤを、嫁さんを喜ばせることで解消しようとしたのかもしれない。

 何も花屋でしっかりしたのを買うことはない。

 スーパーなら数百円で買えるからね。

 二人分のプリンを買ってくついでだから、行動の動線的に無駄がないし。

 気持ちもちゃんと華やぐからね。コスパがいい。

 嫁さんがちゃんとしたのを欲しがったら、花屋で高いのを買えばいい。

 先に高いの買っちゃうと、その先も高いの買い続けることになるからね。

 コスパ理論的に不正解だわ。

 家に着いたのが19時過ぎだ。

 嫁さんに話してたよりもずいぶん早い帰宅になったな。

 驚くかな?

 めっちゃ油断して、ダボダボの部屋着でカップ麺とかで夕飯済ませてたりして。

 それ可愛いな。

 玄関に入ると、見慣れない靴があった。

 男性用の革靴?お客さんか?こんな時間に。

 胸騒ぎがする。

 なぜか、物音を立てないように歩いてしまう。自分の家なのに。

 リビングは無人だ。でも電気やエアコンはついてる。

 テーブルの上には、ワインが開けられている。グラスは2つ。

 食べかけのつまみも適当に広げられていた。

 まるで、ついさっきまで誰かがそこにいたかのようだ。

「……っと、家じゃヤバいって……。……が帰ってきちゃ……」

「……丈夫だ……。……時まで飲んでんだろ……」

 寝室から漏れ出る声に、時間が引き延ばされるような感覚を覚えた。

 呼吸を忘れた。膝に力が入らず、体がやけに重い。

 喉がカラカラだ。心臓がドクドクと鳴っている。

 バンっ!

 勢いよくドアを開けると。

 見知らぬ男に全裸で跨る嫁の姿がそこにはあった。

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