第5話 4

 屋敷中の点検が終わるころ、フィリナは最新式自動車のご機嫌なエンジン音を耳にした。とっさに主人に与えられた懐中時計を見る。長針が指し示すのは、十一時五七分。執事の男――ナズレが駐車するのはぴったり正午だろう。彼が空港からよこした電話のとおりだと、フィリナは満足げにうなずいた。

 使用人の出入り口から、メイドの姉妹と料理人は外へ出た。

 この家の主人より、普段は家人として玄関を使ってよいとされていたが、この時ばかりは別だった。こういうのは、マナーなのだ。高貴な雇用主に対する礼儀を見えぬところで表せるくらいに、使用人たちは彼のことを敬愛していた。

 全員が玄関の横へ、たった三人で一列に並ぶ。雪は降っていなかったが風が思いのほか強く、コートを着ずに立つのは辛かった。

 本来ならば、この十倍以上――三十人でも足りないように思われる――の使用人を抱えてもおかしくないほどの貴人だった。フィリナはもう諦めたが、初老の執事はまだ異を唱えていた。

 そのナズレが運転する車が、三エーカーある前庭へ堂々と侵入し、玄関の手前で止まった。黒塗りの自動車が、灰色の雪景色の中くっきりと浮かんでいる。

 車同様の真っ黒な出で立ちをした運転手が、主人のために扉を開けた。

 端正な目鼻立ちをはちみつ色の金髪で包み、そのてっぺんにシルクハットをのせた青年が、踵を大地に下ろす。彼が立ちあがったと同時に、使用人たちは揃って頭を下げた。

「おかえりなさいませ」

「ああ。ただいま。留守中、ご苦労だった」

 穏やかなハイバリトンでねぎらう彼こそが、この屋敷の主人、パーシィ・グウェンドソンその人だった。

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