第七話 招待
ニュース屋ディウルナ・ルモラが立ち去り、野菜売りのレグ・ミナも自分の店へ戻ったところで、ゲルエイ・ドゥの占い屋での騒動は閉幕となった。一応、揉め事は解決したということで、ピペタ・ピペトと部下たちも、ゲルエイの店から離れる。
そしてピペタたちは、いつものように街の見回りを続けて……。
「一通り見て回ったな。時間的にも良い頃合いだし、これで今日は解散としよう」
ピペタのその言葉で、ピペタ小隊の本日の仕事は終了。ただし『解散』と言っても、四人とも騎士寮に帰るのだから、同じ方向に歩くことになる。
「先ほどの話ですが……。アリカム隊長のところ、思ったより大変そうですね」
歩きながら、軽い世間話といった口調で、ウイングがその話題を持ち出した。
おそらく、彼の『思ったより』という言葉は、朝アリカムから聞いた内容と、ゲルエイの占い屋で入手した情報とを比較しているのだろう。そう判断したピペタは、ウイングに同意を示す。
「そうだな。アリカム隊長の話では、息子さんが禁止区域で遊んだ、というだけかと思ったが……。どうやら、そんな単純な話ではなさそうだ」
「秋キャンプで怪我をしたとか、他の学生を突き飛ばしたとか、言ってましたね」
タイガが、ディウルナやゲルエイの言葉を、改めてピペタに思い出させる。
ピペタたちは、断片的にしか話を聞いていないので、はっきりとした全体像は把握していない。あやふやな状態で他人の問題に首を突っ込むのは良くないが、軽い噂話のネタにする程度ならば、構わないだろう。ピペタは、そう考えて、部下たちが話すに任せることにした。
「その二つを繋げて考えるならば、突き飛ばされて怪我をしたのでしょうね。しかも、被害者はレグの息子の方で、アリカム隊長の息子フィリウスは、加害者側のようです」
「ああ、僕は少し勘違いしてた。アリカム隊長の息子さんは、怪我はしてないのか……」
ウイングとタイガが言葉を交わすところに、ラヴィが、別の視点を加える。
「でも、どちらの息子さんも、ある意味では被害者なのではないかしら? ほら『魔女』の呪い、とか言っていたでしょう?」
「いやいや、彼らが呪われたのだとしても、それを『被害者』と呼ぶのも相応しくないでしょう。禁止された『魔女の遺跡』で遊んだのが、原因なのですから」
「ウイングは、自業自得だと言いたいの?」
彼はラヴィに対して肯定も否定もせず、ピペタの方に顔を向けた。
「そもそも……。『魔女』の呪いなんて、本当に実在するのでしょうか?」
「いや、私に聞かれても……。どうだろうな? 何とも言えない」
急に話を振られて、ピペタは、はっきりした言葉を返すことが出来なかった。
そんな感じで、アリカム・ラテスに関する話が一区切りついたタイミングで。
「おっ、ワンテンポ遅れた感じだけど……。噂をすれば、ってやつみたいですよ」
タイガが面白そうな口調で言うので、ピペタたちも、彼の視線の先に顔を向ける。
ちょうど、今さっきまで話題にされていたアリカムが、一人で通りを歩いているところだった。
彼は帰宅途中だったようだが、四人の騎士に視線を向けられたことで、アリカムの方でも気づいたらしい。歩く向きを変えて、ピペタたちに近づいてきた。
「やあ、アリカム隊長。お帰りですかな?」
「そうです。ピペタ隊長の方は、まだ見回り途中ですか? 相変わらず、精が出ますなあ」
ピペタたちは四人一緒にいるので、まだ仕事中だと、アリカムは誤解したらしい。
「いや、私も騎士寮に戻るところで……」
「ああ、これは失礼。ピペタ隊長は、騎士寮暮らしでしたな」
アリカムは自分の屋敷へ帰るところだったので、騎士寮へ向かう部下たちとは別行動だ。小隊長としては、それが常識だろう。ピペタの年齢で騎士寮に住んでいることの方が、普通ではないのだから。
別にアリカムは、ピペタに対して「いい歳して、まだ騎士寮で暮らしているのか」と侮蔑したつもりではないはずだ。だが、そんなニュアンスを感じ取ってしまった者がいた。
「うちのピペタ隊長は、王都守護騎士団からの派遣組ですから。いわば単身赴任です」
横からラヴィが、ピペタの立場を弁解するような言葉を挟む。
ピペタが王都から派遣された騎士であり、今でも正式な所属は『都市警備騎士団』ではなく『王都守護騎士団』であることを、あえて彼女は指摘したのだ。
だが、胸を張って言ったラヴィの様子は、単に事実を告げたのではなく、まるで「自分のところの隊長はサウザではなく王都の騎士なのだ」と誇っているかのようにも見えた。
ピペタとしては、ラヴィの態度は、二重の意味で恥ずかしい。まず、その内容に関わらず『誇る』という行為自体が恥ずかしい。それに、その『内容』にも問題がある。王都から派遣されてきたといっても、ピペタの場合、誇るべき『派遣』ではなく、むしろ『左遷』なのだから。
普通ならば、王都からの騎士は、大隊長のような要職に就くはず。それなのにピペタが『小隊長』をやっているという時点で、その辺りの事情は、誰にでも推測できてしまう。
アリカムだって、それくらい察しているのだろう。アリカムは苦笑しながら、
「ははは……。しかし、ピペタ隊長。ずっと騎士寮にいたら、家庭の味が恋しくなるのではないですかな?」
「いや、そんなことはないですぞ。ラヴィは『単身赴任』なんて言葉を使いましたが、私は独身です。王都に妻子を残してきたわけではありませんからな」
自分が独り身であることは、以前アリカムにも告げたはず。そう思いながら、ピペタは改めて説明しておく。
「王都では養父母と暮らしていた時期も長いので、もちろん私も、たまには家庭料理を懐かしく思うこともありますが……」
ピペタとしては、本当に『懐かしく』思ったわけではなく、ただ適当に、アリカムの話に合わせただけだった。
だが、これこそ、アリカムがピペタから引き出したい反応だったのかもしれない。アリカムは、ピペタの言葉に飛びついてきた。
「ならば、どうでしょう? 今晩、我が家で夕食をご一緒しませんか?」
「……え?」
思いも寄らぬ提案に、ピペタは、少し言葉を詰まらせる。その間に、アリカムは、勝手に話を進めていた。
「もちろん屋敷には使用人もいますが、夕食は妻が料理することになっています。身内を褒めるのも少し恥ずかしいですが、彼女の手料理は美味しいですよ。ぜひピペタ隊長にも食べていただきたい。いや、ピペタ隊長だけでなく、部下の方々も一緒に」
「いやいや、アリカム隊長。せっかくのお誘いですが、私は辞退しておきましょう。先ほど述べたように、私は独り身ですから。同伴する者もいないのでね」
ピペタが断る口実として持ち出したのは、マナーの問題だった。アリカムが「部下の方々も一緒に」と言い出したことで――参加人数が増えたことで――、これを一種のホームパーティーとみなしたのだ。
貴族の社交界ほどではないが、騎士が私的に開催する小規模なパーティーであっても、そこには一種の
妻帯者であるならば夫婦で行くのが普通であるし、婚約者がいるならばそれを連れて行くのが一般的だ。正式な婚約者ではなく非公式な恋人でも構わないし、あるいは、恋愛関係ではなく仕事の上でのパートナー――例えば秘書のような存在――を同伴する場合もある。
もちろん、これは
正直、ピペタは、この風習が嫌いだった。もともと孤児院出身の彼は、騎士や貴族の世界とは違う価値観で生きてきた。わざわざパーティーに同伴者を必要とするのも、ピペタには理解できない。行きたければ一人で――自分の意思で――行けばいいじゃないか、と思う。そもそもピペタは、他人と連れ立って行動するよりも一人を好む人間なので、余計にそう思うのかもしれないが……。
「ああ、ピペタ隊長。あまり堅苦しく考えないでいただきたい。別に、パーティーでも何でもないのですから」
アリカムは軽く笑ってから、少し言いにくそうな口調で、話を続ける。
「それに……。まあ、料理云々は、半ば口実なのです。実際には、ピペタ隊長たちを招いて、きちんと話をしようかと……。ほら、今朝、中途半端な形で、息子のことを話してしまいましたからね」
「ああ、その話ですか」
「そうです。あんな言い方では、ピペタ隊長も部下の方々も、変に想像して、誤解してしまうのではないか……。そう思いましてな」
アリカムは冗談っぽく笑っているが、あながち間違ってもいないだろう。ピペタは、まるで見透かされていたかのように感じて、内心ドキッとする。つい先ほどまで、まさにピペタたちは、アリカムの息子の件を世間話のネタにしていたのだから。
そして、あの時アリカムの話を最初に持ち出したウイングが、すかさず口を挟む。
「どうでしょう、ピペタ隊長。せっかくの招待ですから、応じてみては? 私とタイガは辞退しておきますから、それならば、もう『パーティー』という規模でもないでしょう」
「えっ、僕も?」
勝手に『辞退』ということにされたタイガは、少し驚いている。アリカムが自慢する妻の手料理を、彼も食べてみたかったのかもしれない。
「代わりに、私たち部下を代表する形で、ラヴィを連れていってやってください」
「えっ、私?」
今度は、ラヴィが驚きの声を上げる番だった。
「いや、ラヴィを同伴者にするのは……」
ピペタも戸惑ってしまう。
見れば、彼女は少し恥ずかしそうに、顔を赤らめている。別にラヴィはピペタの愛人でも恋人でもなく、ただの部下なのだから、彼女を『同伴者』に指名するのは、ピペタとしても抵抗がある。若い女の部下に対して、上司権限を悪用しているように思えるのだ。
ラヴィだって照れているようだから、あまり気が進まないに違いない。いくらラヴィがピペタを上司として慕っているとはいえ、若い彼女にしてみれば、ピペタと男女の仲であるかのように誤解される状況は、やはり嫌なのだろう。
今朝の会話の中で「ピペタとは大きく歳が離れているわけではなく、ぴったり十歳の差」と主張していたのも、別に「男女の仲になり得る年齢」と言いたかったわけではなく、単に「あまり若輩者として扱って欲しくはない」という意味だったはず……。
そうやってピペタが、ラヴィの心境を思いやっていると、
「二人とも、変に意識しちゃってますね。仮にパーティーだとしても、仕事上のパートナーを同伴する人だっているのだから、ピペタ隊長とラヴィが一緒に行くのは、おかしな話ではないでしょう?」
ニヤニヤしながら、タイガが意見を述べる。
ウイングも、真面目な顔で頷いていた。
「そうです。ラヴィは、いわばピペタ小隊の副官のようなものですから、ピペタ隊長のパートナーには最適ですね。いっそのこと、今後、何かパーティーがある時には、いつもラヴィと二人で行くようにしてはいかがですか?」
ピペタの小隊に『副官』なんて設置されていない。あえてサブリーダー的な存在を一人挙げるとしたら、むしろラヴィではなくウイングになるはずだ。それくらいウイングだって理解しているはずなのに……。
そうピペタは反論したい気持ちもあったのだが、それを口に出せないでいる間に、
「では、決まりのようですな」
アリカムが、話をまとめてしまった。ピペタもラヴィも否定しなかったのを見て、了承と受け取ったらしい。
「今から帰って、妻に準備させますから……。二時間後くらいに、二人で来てください」
――――――――――――
騎士寮に戻ったピペタは、騎士鎧を脱いで、アリカムの屋敷へ行く支度をし始めた。
騎士にとって、騎士鎧は正装の一種にもなり得る。だが、同僚の家に呼ばれて食事をするというのに、鎧姿は相応しくないだろう。
また、正式なパーティーではないが、騎士の屋敷の晩餐に招待されたと考えれば、ある程度きちんとした格好の方がいいはずだ。しかし『正式なパーティーではない』からこそ、礼服で正装したら堅苦しい感じにも思える。
ピペタは、小さな衣裳戸棚の中身を見ながら、少し思い悩んでしまう。結局、敢えて上下を揃えず、濃青色のジャケットとクリーム色のスラックスに、水色のシャツと縞模様のネクタイを合わせる服装を選んだ。
思ったよりも着替えに手間取ったため、少し自室で時間を潰すだけで、約束の時間になった。男性の騎士寮を出て女性騎士の棟の方へ向かうと、女性寮の玄関前で、もうラヴィが待っていた。
「ああ、すまない。待たせてしまったかな?」
ピペタとしては、女性寮の中に入るつもりはなかった。かといって、女性寮の前で男が立っているのも好奇な目で見られるだろうから、先にラヴィが出て来てくれていたのは、むしろありがたい。しかし、そんなことは言えないから、形式上、謝罪の言葉を口にしたのだった。
「いいえ、私も今来たばかりですから」
ラヴィの返事も、形の上での挨拶なのだろう。それを承知の上で、続いてピペタは、今度は社交辞令でもお世辞でもなく、素直に感嘆の言葉を口にするのだった。
「それにしても……。見違えるものだな」
ピペタが騎士鎧姿ではないように、今のラヴィも、仕事の時の格好とは全く違う。
ラヴィは、赤いワンピースタイプのドレスを着ていた。ただし、深みのある落ち着いた『赤』なので、あまり派手な印象はない。ピペタと同じく「正式なパーティーではないから」という点を考慮したらしく、フォーマルなドレスではなくカジュアルな形状のものを選んでいた。
咲き開いた花びらのように広がった裾を見れば、可愛らしい印象を受けるかもしれない。だが、それ以外は、むしろ大人っぽいドレスだった。ノースリーブの肩出しドレスなので、上半身の露出度は高めであり、胸元を飾る黒いレースの縁取り模様は、そちらに視線を向けさせる目的で施された装飾にも思える。
手にしたポーチも、ドレスと同じ色合いなので、セットになった小物なのだろう。頭には薄桃色の小さな髪飾りをつけており、いつもと同じはずのショートの金髪が、なんだか輝いて見えるのだった。
さらに、よくよく観察すると、唇に薄っすらと
「今のラヴィは、まるで別人なくらいに、美しいではないか」
「まあ、ピペタ隊長ったら……」
あまりにストレートな賛辞に、ラヴィは恥ずかしそうに、少し頬を染めた。ピペタの「美しい」という言葉は、ただの形だけではなく、気持ちのこもったものであり、それが彼女にも伝わったのだろう。
十代の乙女のように照れるラヴィを見ると、ピペタは、自分の発言が迂闊だったと反省する。
「すまないな、ラヴィ。君に恥ずかしい思いをさせる気はなかったのだが……。もう少し、考えてから発言するべきだった」
「謝らないでください、ピペタ隊長。容姿を褒められて、嫌に思う女はいませんよ。ただ……。ピペタ隊長から、そうした言葉をかけてもらったのは初めてでしたから。ちょっと慣れていなくて、照れくさいだけです」
そしてラヴィは、改めてピペタを上から下まで眺めて、賛辞を返す。
「そう言うピペタ隊長も、今夜は素敵ですね。いつも以上に、ハンサムですよ」
「ああ、ありがとう」
ピペタは、同年代の男たちと比べて髪の毛が少ないのだが、顔の造形自体は、二枚目半と言っても構わない程度だ。だから『ハンサム』と言われることにも、それほど抵抗は感じないのだが……。
ラヴィと言葉を交わしながら、心の中でピペタは、どこか他人事のように「何なのだ、この会話は」と思ってしまった。
まるで、男女交際に慣れていなかった頃の、初々しい少年少女のようではないか。だが、自分とラヴィは、そんな思春期の少年少女ではない。二人が慣れていないのは男女間の事柄ではなく、あくまでも、今の状態だ。あまりにも普段と違う、というだけだ。仕事で顔をあわせる時とは違って見える、というだけだ。
ただの仕事仲間である二人の間に、男女関係的な甘いニュアンスは介在しないはず。やはり自分にとってラヴィは『部下』に過ぎないし、ラヴィにとっての自分も『上司』でしかないのだろう……。
そんなことを考えながら。
「では、行こうか」
「はい、ピペタ隊長」
ピペタはラヴィと共に、アリカムの屋敷に向かって歩き出した。
まだ夜も早い時間帯なので、騎士寮に出入りする者もいれば、近くを出歩く騎士たちもいる。それらの中には、明らかに着飾った格好のピペタとラヴィに対して、好奇心のこもった視線を向ける者も多かった。
気恥ずかしい思いをしながら、ピペタは考える。
どこで聞いた話だったか、はっきりとは覚えていないが……。若い女性がお洒落や化粧をするのは、男性の目を意識した行為ではなく、むしろ同じ女性の目を気にするからだという。
それと同じで、今のラヴィが着飾っているのも、同行するピペタを意識したわけではないのだろう。夕食に招待してくれたアリカムとその家族に対して、失礼にならないようにと思う気持ちから、慣れない化粧などをしてきたのではないか。
若い頃のピペタならば、着飾った女性と出かける際に「同行する自分に気があるから、綺麗にしてきたのかな?」と勘違いすることもあったが、今ならば、もう大丈夫だ……。
そうやって気を引き締めながら、並んで歩くラヴィの横顔を眺めるピペタ。
ラヴィの方でも、ピペタの視線が、少し気になったらしい。彼女は、小首を
「何でしょうか、ピペタ隊長?」
「いや、何でもない。ただ……」
正直に話すのは抵抗があるので、どう誤魔化すべきか。ピペタが言葉に詰まっていると、
「『見とれていた』とか、言わないでくださいね。そういう感じじゃなかったのは、わかりますから。それより……」
ラヴィが、軽く笑いながら、話題を変える。
「待ち合わせ場所をわざわざ女子寮の前にしたのは、パーティーの同伴者として、私をエスコートしてくださる意味なのですよね?」
「……まあ、そうかな」
ピペタとしては特に意識していなかったが、言われてみれば、そういう理屈になるのかもしれない。同伴者のエスコートという話ならば、男性側が女性側を家まで送り迎えするのが普通だろうから。
もしも、そうした意識が皆無だった場合、男性寮の前で待ち合わせた方が自然だったに違いない。ラヴィの方では、男性寮に出入りすることにも抵抗がないはずなのだ。
女性騎士の人数が男性騎士よりも明らかに少ない影響で、女性寮は建物が小規模であり、食堂は設置されていない。そのため、女性騎士も男性寮の食堂を利用する。それが、サウザの騎士寮の仕組みになっていた。
「そうですよね。ならば……」
一つ頷いてからラヴィは、距離を詰めて、自分の腕をピペタの腕に絡めてきた。
「な、何を……」
動揺するピペタ。
歩いている間に、騎士寮からは十分に離れており、もう周囲の目を気にする必要はなさそうだ。それでも、別の問題があった。
ピペタにとってラヴィは、毎日一緒に働く『部下』なのだから、あまり彼女を『若い女性』として意識したくないのだ。だが、こうして体をギュッと密着されると、嫌でも異性として意識してしまう。
ほんのりと、柑橘系の香りも漂ってくる。これもパーティー向けのお洒落の一環として、今夜のラヴィは、わずかに香水を使っているのだろう。ピペタは今、初めてそれに気づいた。
当然ピペタは、香水の種類には詳しくない。香水といえば、もっと甘ったるい匂いという偏見もあったのだが、ラヴィが身に纏う匂いは、そんなイメージとは違っていた。
落ち着いた上品な香りであり、一緒に歩いていて、むしろリラックスできるくらいだ。少しは穏やかな気分になり、ピペタは、ラヴィのセンスを好ましく思った。
「パーティーの同伴者なら、腕を組んでエスコートというのが、普通かと思うのですが……」
「いやいや、ラヴィ。それにしては、体をくっつけ過ぎではないか? これでは歩きにくいぞ」
「あら、すいません。私も、あまり慣れていなくて……」
ピペタに言われて、ラヴィは少しだけ体を離す。依然として腕は組んだままなので、まだ体は軽く触れ合う距離だ。
「意外と、難しいものですね。エスコートするとか、されるとか、って」
そう言って微笑むラヴィ。「慣れていない」という言葉が本当なら、彼女も、ピペタほどではないにしても、あまりパーティーには出席しないタイプということになる。
「アリカム隊長に招待されたのも、今後、正式なパーティーに参加する時のための予行演習と考えたら、良い機会かもしれませんね」
「予行演習……?」
「そうですよ、ピペタ隊長。ウイングも言っていましたよね、『今後パーティーには二人で行くように』って」
彼女の言葉に、ピペタは驚いてしまう。
確かにウイングは、そんな提案をしていた。それに、ピペタも特に否定はしなかった。だが、ラヴィまでもがその気になっているとは、ピペタは思っていなかったのだ。
「しかし、ラヴィ。あの場は小隊メンバーしかいなかったから、今夜はこういう形になったが……。ラヴィならば、一緒にパーティーに行く相手など、私以外にいくらでもいるのではないか?」
「あら!」
今度はラヴィが、驚いたような声をあげた。それも、思わず立ち止まりそうになるくらい、大きく驚いているように見える。
「私、そんな相手なんていません。恋人も恋人候補も、誰一人いませんし……。仕事が終われば、寂しい女なのですよ?」
冗談っぽく言って、笑うラヴィ。
ピペタの知る限り、ラヴィは、男性騎士の間で密かに人気だという話だが……。
こうして改めて見ても、ピペタの目には、ラヴィは魅力的な女性として映る。若い娘に特有の色気を感じさせる、引き締まった体つき。陽気で明るく、それでいて女性的な優しさも垣間見せる性格。
いずれ近いうちに、ラヴィには素敵な恋人が出来るはずだ。だが「それまでの間」ということならば、パーティーの同伴者になってもらうのも、悪くないかもしれない。
そう結論づけて、ピペタは、ラヴィに微笑みかけた。
「そうなのか。まあ、ラヴィが私の同伴者となってくれるのであれば……。私としても、ありがたいかな」
「尊敬できる上司とパートナーになれるというのは、私の方こそ、光栄な話です。今後もよろしくお願いします、ピペタ隊長」
言葉と共に、ラヴィは、組んでいる腕に少し力を込めたようだ。
彼女の体温が、いっそう伝わってくるような気がして。
なぜだかピペタは、心が温まるのだった。
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