ブギーマン・ホラーショー!!

罵論≪バロン≫

序章. 片隅のリベリオン

片隅のリベリオン

『親愛なるボギーへ。


 其方ではハロウィンが過ぎ、冷たい風が吹くようになったようですが、貴方はどのようにお過ごしですか? 貴方は律儀に返事を出してくれるけれど、回数を重ねるごとに貴方の返事は薄く、か細くなっていってるわ。今回、手紙に時間が掛かったのも解読に時間が掛かってしまったからです。 頑固な貴方は仕事を放棄するのを良しとしないかもしれないけれど、やっぱり時代は変わってきているみたい。タラニスの戦車の威光を自ら作り、操るという偉業を成し遂げてからは、彼等は酷く傲慢になってしまった。彼等は私達の事なんか覚えていないし、必要だとも思っていない。勿論私達は彼等の事が大好きだけれど、彼等は私達を追い出してしまった。それはどうしようもない事実だわ。 ボギー、きっと貴方は嫌な顔をするだろうけど、とにかく一度帰って来てみない? 貴方は誤解されやすい所があるから、仲間の中には貴方の事を悪く言うヒトも居るかもしれない。でも私は、本当の貴方を知っている。貴方の事が大好きよ。だからお願い。あまり心配させないで。 今回は此処で筆を置きますが、くれぐれもよく考えておいてね。消えてしまったら、もう何もかもが手遅れなんだから。

                              敬具』

















 ……お袋か。


 手紙を読み終えてからの長い長い沈黙の後、俺が真っ先に思ったのは、そんな腹の足しにもならないような不毛な突っ込みだった。


「……あのお節介焼きめ」


 読み終えた手紙を乱雑に折り畳み、俺は懐に乱暴に突っ込んだ。 思い切り溜め息を吐いてみたのは、人間の真似をしてみただけだ。


 最初から期待はしていなかったが、やはりそんな事をしたって気分は少しも軽くならない。人間は気分が重い時によく溜め息を吐いているが、少なくとも俺は、そんな事したって全然、少しも楽になったりはしなかった。


 全く、嫌になる。


「あー……クソッ」


  割れた窓から入ってくる街灯の光が目に刺さる。 俺はは元から人気ひとけが無い暗い所に潜んでいるのが仕事だから、ああいう無粋な光は本当に苦手だ。暖炉の炎や燭台の灯火の光を窓の外から眺めているのはそこそこ具合が良かったが、次第にそれらに取って変わっていった瓦斯や電気の光はどうも未だに好きになれない。魂が無いクセに強烈に周囲を照らし出すあの光は何処までも無機質で、俺達をどうしようもなく拒絶するのだ。


「……」


 さっき読んだ手紙の内容が頭を掠め、俺はそれを振り払うように頭をガシガシと掻き毟った。


 分かっている。言われなくても分かっているのだ。 人間はどんどん俺達の事を忘れていっている。


  かつて俺達と彼等は善き隣人同士だったのに、 彼等の中に、俺の事が見える奴は殆ど居なくなってしまった。それだけならまだマシだったかもしれないのに、最近は俺達の仲間もまた彼等に見切りを付けて、故郷へ旅立ってしまう始末だ。


 曾て、俺達と彼等は善き隣人同士だったのに。古き善き、炎の光と夜の闇の時代は、人間の間でも俺達の間でも、過去のものになろうとしている。いや、もう過去のものになってしまった。……かもしれない。


「……あー、クソッ!!」


  今日は厄日だ。夜はまだ始まったばかりだと言うのに、俺はもうこんなにもイライラしている。 外の寒気がダイレクトに入ってくる窓ガラスに、ゴミや瓦礫が散乱している地面。この辺りは人間の街の中でも人気ひとけの無い区画で、中でも俺が今居るのは使う者が居なくなってすっかり荒れ果てた廃屋だ。 大声を出したり、目に付いたものを蹴り付けたりしてストレスを発散しようとも、迷惑に思う者は居やしないだろう。


「あのお節介め!! いちいち言われなくたって俺にも分かってるんだよそんな事ぁ!! クソッ!! クソがッ!! 胸糞悪ぃ!!」


  時代は変わった。 わざわざ諭されなくても現場に居る俺はその事を痛感している。時間が流れるのは仕方の無い事だし、俺もそれ自体を否定的に言う程ガキじゃない。


 ……でも、やっぱり思う所が無い訳ではないのだ。


「ったく、嫌な時代になったもんだぜ!! どいつもこいつも、ヒトを非現実扱いしやがって! 俺は此処にいるってぇのにッ!!」


 冷たい床の上に身を投げ出し、半ば自棄になっていた俺は喚き散らす。大の男がみっともない事をしている自覚は充分にあったが、一度吐き出してしまった感情ぐちは後から後から溢れ出て来て、どうしようもなく止まらなかった。


「くそ、くそ、人間共め!! 今に見てろ!! 力を取り戻して、実体化出来るようになれば、お前らなんか──」


 カツン、と石が転がる音が遠くから聞こえて来たのはその時だ。 俺は瞬時に全ての音を殺し、勢い良く上体を起こして耳を澄ます。聞こえてきたのは石を蹴り飛ばす音だけじゃない。複数の男女が互いに話し、笑い合う声も微かに聞こえる。 最初は微かだったけれど、段々と此方に近付いて来るのは確かに分かる。


「来たか……!」


 ゴミが散乱している地面を蹴飛ばしながら起き上がり、俺は光を避けつつも、伊孑志でガラスの割れた窓の脇へ移動した。此処は二階で、光に照らされるのを少し我慢して身を乗り出せば、通りの様子を見通す事が出来る。 まばらに並んだ街灯に照らされただけの暗い通りを、十代半ばから後半に掛けての若者達が連れ立って歩いて来るのを確認し、俺は急いで廃屋の一階へと走り、正面入口へ向かった。


「ったく最近のガキ共は……!」


 崩れかけの階段を駆け降り、他に比べればまだマシな状態を保っている廊下を駆け抜けて、廃屋の正面入口の前に立つ。 余り近くに立たず、俺自身の身体が闇の中に溶け込む位置に立つのがポイントだ。誰かが俺の姿を見つけ、“薄気味悪い”と思ってくれたらそれだけで此方としては万々歳である。 闇の中にボンヤリと佇み、俺は彼等が入ってくるであろう正面玄関をジッと見詰める。 やがて楽しそうな会話と共に、複数の男女が硝子扉を開けて堂々と入って来た。内何人かが提げている中身の詰まった紙袋から察するに、彼等はこの廃屋を溜まり場にでもしているのだろう。


(さぁ、俺を見付けろ……!)


 先頭を切って廃屋の中に入ってきた奴と目が合った。 俺は緊張を抑え込むようにそいつを睨み、そいつは不思議なモノでも見るように俺を見つめ返して来る。 これは……これは、もしかして、久々の当たりだろうか? 期待の余りどうしようも無く心が逸り、俺は柄にも無く興奮しながら“演出”の次の段階に移ろうとする。


 ……と、その時だった。


「アンタ何ボーッとしてんの?」


 次々と建物の中へ入って来たガキ共の内の一人が、最初に入って来た奴の様子に気付いて声を掛ける。同じ集団の中に居るのだから仲は良いのだろうが、何処と無くその声にはからかうような響きがあった。


「またお化けでも探してんの? アンタ本当に夢見がちだねぇ。居る訳無いじゃん、そんなの」


「バーカ。そんなんじゃねーし」


 ウンザリしたように顔を顰めながら、俺を見ていた最初の一人は、声を掛けて来た奴の方へ視線を移した。


「そういうのはガキの頃にとっくに卒業したよ。ほら、彼処のずっと閉まってた窓。なんか開いてね?」


「……うわっ、本当だ!」


「怪奇現象だ!?」


「こぇー!!」


「すげー!!」


 ちっとも怖いと思ってなさそうにゲラゲラ笑いながら、ガキ共はどんどん建物の中に入ってくる。


 ……いやいやいやいや!


 窓よりももっと異常なモノが此処に居るじゃねぇか! 確かにその窓を開けて侵入したのは俺だけど、それよりもっと注目すべき怪異が今、お前らの目の前に居るじゃねぇか!


「勝手に入った奴とか居んのかな?」


 おい!


「さぁなぁ?」


「うわ、二階とか荒らされちゃってたらどーしよー」


 おいって……!?


「……ま、少なくとも今この場には“誰も居ない”みたいだし。見付けたら見付けたで、適当にその時考えよーぜ?」


 ……。


 


 よりにもよって、最初に建物に入って来た奴がそんな事を言って、俺は思わず黙り込んでしまった。 同時に、ガキ共の内の一人が俺に正面からぶつかって来る。正面すら見ず、後ろ歩きに近い横歩きで歩いていたそいつは、俺の身体を容赦無く“突き破って”行き、そのまま何事も無く通り過ぎていく。


「…………ッ!?」


 息が詰まるような、それでいて力が抜けていくような、どうしようも無い程の喪失感。 自身の存在が散らされる苦痛に俺が絶句しているにも関わらず、ガキ共はどんどん俺の身体をすり抜けて行く。集まって何とか形を保っていた“俺”という存在を無遠慮に突き破っては拡散させていき、この世界から消してしまおうとする。


「あが……ッ」


 集団が一通り通り過ぎてしまった後は、立っている事すら出来なくなってしまっていた。 輪郭が揺らぎ、存在が幽霊のように半透明になっている事を自覚しながら、俺はその場に負け犬のように這いつくばってしまう。


「しかし此処、最初はいかにも“出そう”だとか話していたのにねー?」


「誰だよ、そんなガキっぽい事言った奴」


「あははははは!」


 それでも。


 ……それでも俺が歯を食い縛って立ち上がったのは、俺がからだ。


 ガクガクと震える四肢に無理矢理力を込めて身を起こし、俺は少しだけフラつきながらも背後の階段を登っていくガキ共を振り返る。


 もう、恥とか外聞とか気にしてられない。怖がられなくてもいい。ちょっと驚いて、そのまま家に帰ってくれればそれでいい。 両腕を大きく広げ、深く、深く息を吸う。 そのまま俺は大人が小さな子供を驚かせるように、馬鹿みたいに叫び声を上げながらガキ共に向かって突進していった。



「──ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ッッ!!!!」





 俺の名はブギーマン。人間じゃない。精霊ってヤツだ。


 闇の中に潜み、闇に近寄る悪餓鬼共を脅し付けて家に追い返すのが主な仕事だ。




 

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