これは、罰なのだろうか
「はあ」
靴箱の中身を見てため息をついた。ガシャンという蓋の落ちる音がやけに耳につく。
何かがあったわけじゃない。むしろ何もなかったのだ。
つまり、上履きを隠された。
あの時、とっさにうまく対応できなかったのがまずかった。理彩の話に全然そんなわけないじゃんって答えられれば良かったんだけど、上手く答えられなくて。口ごもって誤魔化すようになってしまった。
絶対に悟られた。だって、あんだけ不審な動きしてたら隠そうとしてるってわかるでしょ。麻希もすごく驚いた表情してたし。普段ならなんだかんだ庇ってくれるけど今回はさすがに無理だ。
もうおしまいだ。いろいろと。噂になるだろうし、当然和馬にも記憶喪失を偽装したことが知られちゃう。どうしようもないじゃん。
たぶん、教室のごみ箱の中かな。上履き。コンクリートの床がちょっと冷たい。夏だからいいけど、これが冬だったらと思うとぞっとする。いや、冬までに終わる保証もないんだけど。
完全に私が悪いんだ。嘘を吐いて。なのに、何も変わらない日々が送れると信じていてさ。別に理彩たちが悪いわけじゃないんだ。そうやって、誰かを傷つけているのは私の方だから。
麻希も裏切ったなんて思わない。思っちゃいけない。だって、どう考えても私が酷いから。どう考えても悪者は私なんだ。
いつもより早く登校してきてよかった。ちょっとだけだけど和馬に惨めな姿を見せなくて済む。
案の定上履きはゴミ箱の中だった。嘲笑されているのを感じながら上履きを拾って吐いた。
惨めだ。すっごく惨めだ。みんなから笑われて、かわいそうなやつだと嘲られて、ざまあ見ろと罵るような視線で見られる。何もかも失った。だけど、その理由は自分なんだよな。
これは、罰なのだろうか。今まで逃げてきた私への。和馬の気持ちとちゃんと向き合わなかったことに対する。いつまでも逃げてばっかで和馬を傷つけてばっかりだった私に、神様が下した罰なのだろうか。
それなら、それはそれでいいのかもしれない。少なくとも、積み重ねてきた罪悪感は少しは紛らわせられる。代わりに私は破滅という栄光を手にしたわけだけれど。
壊れちゃった。何もかも。和馬も私のこと嫌いになっちゃうんだろうな。まあ、それだけのことをやってきた自覚あるし。どうにでもならないからどうにでもなれ、だ。
これからどうしよう。とりあえず筆箱だけ持って教室を出て来たけど。正直に言っていく場所がない。トイレにこもるのもアレだし、図書室にでも言って音楽理論でも勉強しようか。
この世に及んで現実逃避をしている自分に愕然とする。これからどうするも何も、戻る場所なんてないのにさ。
和馬になんて言えばいい? どうしたらいい? わかるわけがない。
ずっと好きだった。失いたくなかった。それで嘘を吐いた。好きだった。だけど私は嘘を吐いたんだ。和馬を傷つけたんだ。
ずっと前から知ってたんだ。いつか壊れるって。だけど、もっと先だって思ってたんだ。こんなにあっけなく壊れてしまうなんて。
もう、いいや。どうせ、どうせ私なんて大した価値がないし。このまま流されるままでいいや。どうせどう転んだところで惨めな思いをするのだ。ならこのまま、糸の切れた凧みたいに流されるままずっとこのままでいい。
私が全部悪いんだ。それくらいずっと前から知っていた。
*****
昼休み。当然のごとく一緒にご飯食べようなんて人はいない。まあ、食堂にでも行って作って来たお弁当を食べよう。そう思っていた。
「咲、一緒にご飯食べない?」
「いい」
なのに、どうしてあんたが話しかけてくるかなあ、和馬。
私を笑いに来たってわけじゃなさそうだ。私のことを
「和馬、やめときなって」
「別に俺が誰と食べようが勝手だろ」
和馬、あんたはバカか。もし単純に私とご飯を食べようと思ってるならそれは大バカじゃないか。
私が和馬に何をしたか、聞いてないわけじゃないだろうに。私はあんたに嘘を吐いた。思いっきり傷つけたんだ。勇気を振り絞ったはずの告白をなかったことにして。そこにいる理彩や麻希から、私の話を聞いたはずだ。なのに。
「そいつ和馬のことをもてあそんでたんだよ? なのになんで」
「咲はそんなことしてない」
やめてよ。惨めになる。傷つけたはずの相手に庇われるなんて、私の罪悪感が止まらなくなる。
やめろよ。そんなことを言って、誰かが喜ぶとでも。もしあるとするなら和馬の正義感だけじゃない。勝手に庇うふりをしてさ、このままにしてよ。
全部私が悪いんだから。庇う必要なんてないんだからさ。庇われても、あんたに何させてるんだって惨めになるだけなんだよ。なら、ほっといてくれた方がよっぽどましだよ。
「記憶喪失になってないのになったなんて言って」
「咲はそんなことしない!」
うるさいよ!
弁当箱を投げつけた。はずみで蓋が取れて。米粒が和馬に飛び散った。
あ。
やっちゃった。我慢できなくて。和馬を責めるのはお門違いだってわかってたのに。
「っ!?」
「おい、咲待てって」
「いや! もう嫌!」
どこか、私を誰も知らない遠い所へ連れてって。
*****
かといって、部活にはなぜか律義に出ているわけで。でもギクシャクしているから麻希と何か話すわけじゃない。必要最低限のことも上手く話せない。ただこの曲をやるからと言われるだけ。それに合わせてベースラインを弾くだけ。
「ねえ、何かあったの?」
「私もよくは知らないんだけど、咲が和馬に酷いことしたって話があって」
深雪も柚樹も隠す気がないだろ。まあ、別に隠さなくてもいいけど。
悪いとは思っているんだ。弁当箱を投げる必要はなかった。あれはただの八つ当たりだ。ずっと前のことだって、私が悪意持って和馬を傷つけた。それもこれも私が悪い。
だから、庇わなくていいよ。むしろ庇わないでよ。そんなバカなことをされてると、私を蔑んであざ笑われているような、そんな気がするから。
私は悪人。憎まれて当然。それでいいじゃん。そうしてくれたら私もそれらしく退場できるのに。
そんなこと言いつつ、今だって音楽にすがって。自分が嫌になる。
私を、舞坂咲を一番好きな人は自分でいたい。だって、そうじゃないと、ちぐはぐなパンケーキみたいにぐちゃぐちゃになって、ボロボロになって。自分で自分を愛せなくなる。だからさ、和馬は私よりも舞坂咲のことを嫌いでいてくれよ。
そんな風に重すぎる行為を受け止めきれるわけがないじゃないか。
「そろそろ休憩しない?」
バイオリンを構える。めちゃくちゃに弾きたい気分だった。ツィゴイネルワイゼンでもいい、パガニーニでもいい。今はそれだけに夢中になれる、取っても乱れた曲。きれいに弾けなくていい。
指が壊れるまで。弾けなくなるまで弾いていたい。ぐじゅぐじゅな感情をちょっとでもどうにかしたい。
だけど。
パンッ
「っ!?」
弦が切れて。
もう、体を操っていた何かがなくなってしまった。
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